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ギルド《対岸の火事》

作者: 小雨川蛙

 

 師と旅をしていた頃の話だ。

 故郷の炭鉱街を旅立ってからまだ三ヵ月くらいだったか。

 剣を振るうことにも、魔法の詠唱にも少しずつ慣れてきた頃か。

 いずれにせよ、私はその日のことをよく覚えている。


 その日、私と師は町に寄った。


「ルーガーさん。宿はどうします?」


 足が棒のようになっていた私は真っ先に師へ尋ねたが、師は無言で一点を見つめていた。


「ルーガーさん?」

「サフ。あれを見てごらん」


 そう言って師は町の一点を指差した。


「煙?」

「火事らしい」

「火事!? なら早く助けにいかないと!」


 師は当代有数の魔法の使い手だった。

 火や水、雷を操るのは当然として空を飛ぶことも重傷を一瞬で治癒させることも出来る。

 幼い私は何があっても師が居ればすぐに解決すると思っていたし、そう理解していた。

 この日の火事にしたってそうだ。

 師が現場に辿り着けばすぐに解決する。

 ――しかし。


「待て、サフ」


 慌てる私に対し師はあくまでも穏やかに辺りを見回す。

 すると私にも辺りをドタドタと駆けまわる町民達の姿が見えた。

 助けに行こうとする一団だろう。

 ならば当然、彼らを追えば現場に辿り着く。


「ルーガーさん! あっちみたいです!」


 腕を引っ張って進もうとする私に師はぽつりと言った。


「対岸の火事、か」

「は?」


 対岸の火事?

 何を言っているんだ?


「いいから! いきますよ!」




 ***



 現場に着いた私は信じ難いものを目撃した。


「おーおー、よく燃えてるな」

「ひっでえなぁ……何が原因だ?」

「大方、火鼠が巣でも作っていたんだろ。あいつの家、藁も多いしな」


 先ほど駆けて行ったはずの町民達が火事を見物しているのだ。

 いや、それだけならば不謹慎であるが野次馬として理解出来る。

 だが、彼らは皆がまるで花見や酒盛りをしているかのように酒を飲みながら見物しているのだ。


 思わず言葉を失う私の隣で師は再び辺りを見回すと見物人の中で大泣きしている若い夫婦を見つけた。

 どうやら、あの家の主らしい。

 二人の周りには幾人かの町民が集まり話を聞いている。

 流石に彼らは酒盛りなどはしていない。

 だが、その当然の光景が却ってこの状況の異質さを際立たせているように見えた。


「行こう。サフ」


 そう言って師は私を連れて夫婦の方へ向かう。

 二人は既に町民達から質問攻めにあっていた。


「原因はやっぱり火鼠かい?」

「ええ……しっかり追い払っていたはずなのに」

「どうやって追い払っていた?」

「猫が……」

「あぁ、なら大方、猫が仕留め損じたんだろう。巣はしっかり潰したのかい?」

「それは……」


 しどろもどろになる夫を見て私は悟る。


 なるほど、火事の原因が見えた。

 火鼠は一見するとただの鼠と同じだが、驚くと体毛から僅かに発火する。

 藁を好むため藁が積まれた場所などに巣を作るが、だからこそしっかりと追い払わなければならないのだ。

 しかし、夫婦は火鼠対策を猫任せにしていたせいでこの様となってしまったのだ。

 猫なんて最もあてにならない友人なのに。


「念のためお聞きしますが避難はもうお済なのですか?」

「え? あぁ……はい」

「燃え広がりの可能性は――」

「……大丈夫です。もうそこら辺はギルドの人達が対策をしてくれました」


 唐突に現れた師の言葉に夫婦は力無く頷き、それを見た師は意図の取れない頷きを一つするとあっさり踵を返した。


「ルーガーさん? どこへ?」

「宿を取りに行こう」

「え?」


 まだ燃えている家を見て私は呆然としていたが師は小さく笑う。


「対岸の火事が来ている。ここはもう任せよう」


 意味の理解出来ない言葉を受け取り困惑したままの私を他所に師はそのまま歩き出してしまった。



 ***



 火事は私達が去ってからすぐ消火されたらしい。

 と言うよりは私達が着いた頃にはもう消えるのを待つ段階だったとするべきか。

 いずれにせよ、私はその日の夜にもやもやとしたまま師へ尋ねた。


「ルーガーさん。何故、あの火事の消火に協力しなかったのですか?」

「サフ。原則としてその土地にはその土地のルールがあるものさ。あまりよそ者が首を出すべきじゃない」

「しかし――」


 開きかけた口を私は閉じる。

 反論をしたかったのだが、同時に浮かんだ光景が蘇ったのだ。


「……集まった人達の多くは何故、あんなにも暢気に野次馬をしていたのでしょうか?」


 反論に変わって口を出た問いに師は笑う。


「もう必要がないからさ」

「必要がない?」

「あぁ。避難は既に完了していてあの家からの延焼もない」

「――だからといって、それを酒の肴にするなんて」

「驚くのも無理はないさ。私も初めて《対岸の火事》を見たときは同じ感想を抱いたものさ」

「あの、気になっていたんですが、何ですか? 対岸の火事って。諺ですよね?」

「あぁ。諺にもあるが、とある大ギルドの名前でもある」

「ギルド?」


 師は頷く。


「要するに何か災いが起きたらそれを見て楽しみましょうってギルドさ」

「え、何ですか。その業の深すぎるギルドは……」

「困惑するのも無理もない。だけどな、結構理にかなっているんだよ――相互扶助さ」


 相互扶助?

 他人の不幸を笑うことのどこが?

 私の疑問が顔に出たのだろう。

 師、ルーガーは教えてくれた。


「要するにだ。誰かの不幸を皆で笑って酒の肴にするが、反対に自分に不幸が起きた時には笑われる……」

「いや、どう考えても最悪な構図じゃないですか?」

「まぁ、それはそうなんだけども……だけど、その後のフォローはしっかりするさ」

「自分の不幸を酒の肴にされた後にどんなフォローを受けたってモヤモヤしませんか?」

「ここで普段、他人の不幸を酒の肴にしていたことが生きてくるのさ。自分は普段笑っていたのに、いざ自分が笑われる番になった途端腹を立てるなんて通るはずもない」


 はぁ?

 何言っているんだ? 

 こいつ……。


「君がそう思うのも無理ないさ。さぁ、明日の朝に現場へ行ってみよう」


 師はそう言うとさっさとベッドへ入ってしまった。



 ***



 翌日、師と共に火事の現場へ行くと町民達が皆で協力しながら火事の後処理をしているところだった。

 あの夫婦も当然、その中に居て協力をしてくれている町民達に何度も頭を下げていた。


「気にすんなよ。お互い様だ」

「それに昨日は馬鹿笑いしちまったしな」

「そうそう。その謝罪も兼ねているんだよ」


 そう聞けば夫婦も顔をしかめて文句を言い始める。

 その文句を町民達は笑い、時には軽く殴られながらも作業を続けていた。


「分かったか? ギルド《対岸の火事》は皆で不幸を乗り越えるためのギルドなんだよ」

「うぅーん?」

「私もかつてそんな反応をしたものだ。だけど事実として《対岸の火事》は各地に支部を持つ大ギルドなんだよ――それだけ需要があるってことだ」


 師は笑う。

 師自身もしっくり来ていないのかもしれない。


「お前らの家が燃えた時は絶対に大笑いしてやるからな!」

「その時に備えて酒だって用意してやるんだから!」


 夫婦の言葉を受けて町民達もまた煽り返す。


「そりゃ楽しみだ!」

「おう! 次は誰の家に不幸が訪れるんだろうなぁ」


 そんな会話が悲惨であった昨日を笑って流せる過去へと変えていっている――のだと私は無理矢理自分を納得させていた。




 師と別れてもう随分と経つ。

 長い旅の中で様々な不幸を経験した今となっては――あの奇妙で不謹慎なギルドの存在価値が少しだけ分かったような気がする。


 ……多分。

思いついた時は穏やかで温かい話を思いついた! 

って感じだったんですが、書いていて「何言ってんだ? こいつ」みたいな気持ちになってしまいました。

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