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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第98話 避難

 目的地のアルーナ山の野営地には、あっという間に到着した。時間で言えば一時間もかかっていない。陸路だと半日はかかるだろう。飛行船は本当に便利な乗り物だ。もっとみんなが気軽に乗れるようになればいいのに、なんて思ってしまう。


 野営地は山のふもとに作られている。たくさんのテントが建ち、あちこちから焚き火の煙が立ち昇る。空の上からアリのようにせわしなく動き回る人々の姿が見えた。

 飛行船から降りて地面の土を踏み、ようやく私はホッと一息ついた。初めての飛行船は楽しかったけど、やっぱり空を飛ぶというのはどこか不安なものだ。


 野営地の人たちは、みんな忙しそうだ。討伐者の姿は見えないから、山頂へ向かったのだろう。ここにいるのはギルドの職員だけのようだ。料理を作っている人や洗濯をしている人、薪割りに荷物運びにと、ただの一人もじっとしていない。


「さて、我々も急いで別の集落へ向かおう。ここから山沿いに進んだ先に一つ、逆側にもう一つある。急いで回らないと間に合わんからな」


 クリフさんは地図をその場で広げた。私たちは一斉に地図を覗き込む。アルーナ地方を描いた地図には、いくつか丸で印がつけられていた。これは集落がある印だ。


「残った集落は二つだけ?」


 四つ子の一人がクリフさんに尋ねる。クリフさんは「そうだ」と頷き、話を続けた。


「他の集落は衛兵たちが避難させているはずだが、残る二つの集落は手が回っていないらしい。ドラゴンの異変に気づいて、先に避難してくれていることを願うが」

「分かりました。では早速出発しましょう」


 こうしているあいだにも、ドラゴンの目覚めは近づいている。今すぐにでも行動を始めたい。


「エルナ、張り切るのはいいが焦っては駄目だぞ。一か所ずつ全員で回っていては間に合わん。二手に分かれるとしよう」


 クリフさんは苦笑いしながら私をたしなめた。確かに、私は焦っていた。空を見上げれば、どす黒い雲が山頂を覆っているのが分かる。時々雲の中がピカッと光るので、山頂では恐らく雨が降っている。討伐隊はもう山頂に着いたのだろうか。

 アレイスさんがあの雲の下にいる姿が目に浮かぶ。そんなことを考えるあいだにも、地面から突き上げるような揺れは続いている。


「そうだよ、エルナ。落ち着いていこう」

「僕たちがついているから、安心してね」

「……そうですね、すみません。ちょっと焦ってしまって」

 

 四つ子たちになだめられ、私は恥ずかしくなった。いつもは私が討伐者さんを励まし、落ち着かせる立場だというのに情けない。


 私は四つ子のうちの二人、ケントさんとマーティンさんと一緒に行くことになった。残る二人とサディラさん、クリフさんの四人は反対側にある集落へ向かう。私たちが向かう集落の方が小さいので、住人も恐らく少ないはずだ。


「それじゃ、またここで会おう。みんな無事に戻ってこよう!」

「はい、みなさんもお気をつけて!」


 みんなで無事を祈りつつ、私たちは野営地を出発した。避難者を連れて、ここまで戻ってくる予定だ。どうか、何事もなくみんな無事に再会できますように。


「エルナ、ついていけそうになかったら戻っていいからね」

「平気です! こう見えて体力には自信があるんです」


 私を気遣うケントさんとマーティンさんに迷惑はかけられない。山歩きもできるように、足元は頑丈なブーツとズボン姿だ。

 私たちは集落までの細い道をひたすら歩いた。地図で見ると近いように見えたけど、現地までは結構距離がある。今にもドラゴンが目覚めるんじゃないかと心配で、何度も山を見上げていた。


 私の前をケントさんとマーティンさんが歩く。やっぱり彼らは現役討伐者なだけあって、軽やかな足取りで談笑しながら歩く余裕すらある。彼らは重そうな武器を背負っていて、装備品もかなり重量があるはずだ。

 一方の私はと言えば、歩くのは平気だけど少し息が上がってきている。一度呼吸を整え、周辺の景色に目をやる。道沿いに川が流れていて、時折吹き抜ける風がひんやりとして心地いい。こんな状況でなければ、もっと楽しい旅になっていただろう。

 思えばこんなに遠出をしたのは、いつ以来だろうか。幼いころ両親とアルーナ湖に一度だけ行ったことがあるくらいだ。学校を卒業してすぐにギルドで働き始めたから、私はミルデンの外の世界を知らないままに生きてきた気がする。



 ♢♢♢



 しばらく歩いていた私たちは、ようやく目的地の集落に着いた。森を切り開いた場所に、平屋建ての木造住宅が寄せ合うように建っている。集会所のような広場に行ってみると、そこでは大荷物を抱えた住民が集まっていた。


「みなさん、討伐者ギルドミルデン支団のものです」


 私が声を張り上げると、輪の中心にいた中年男性がこちらへやってきた。


「あんたら、ギルドの連中がなんでこんなところへ?」

「みなさんを避難させるために、ここへ来たんです。ドラゴンの炎に巻き込まれる前に、私たちと一緒にミルデンの避難場所へ行きましょう」


 男性はずっと硬い表情だったけど、私の言葉を聞いて安心したように眉尻を下げた。


「おお、ありがたい! ドラゴンの目覚めが予想よりも早まりそうでな、急いで避難しようと準備していたところだったんだ」

「目覚めが早まりそうなんですか?」

「ああ。今朝から山の様子がおかしい」

 

 私はケントさん、マーティンさんと目を合わせる。現地の人がそう言っているのなら、避難の猶予は思ったよりもないかもしれない。

 

「では避難を急がなければなりませんね。彼らは討伐者のケントさんとマーティンさん。避難のお手伝いに来てくださいました」

「道中、もしも魔物が現れたら僕たちが退治しますので、ご安心を!」

「さあ、急いで避難を始めちゃいましょう。まずはこの先にある野営地まで移動を――」


 二人が話していたときだった。今までにないほどの強い揺れが襲い、周囲から悲鳴があがる。見ると幼い子供たちが母親らしき女性にしがみつき、泣いていた。

 ここはドラゴンが棲む山頂のすぐふもとにある。私はさっきから感じる変な臭いが気になっていた。今まで嗅いだことがない臭いだけど、とても不快な気分になる。炭の燃えかすみたいな臭いと、何かが腐ったような臭いが入り混じっている。

 見上げると、まるで雲が地上まで降りてきたみたいに辺りがぼんやりと白くなっていた。これが、ドラゴンの目覚めに何か関係しているのだろうか。


「みなさん、落ち着いてください。集落の住人はこれで全員ですか?」


 私は気を奮い立たせ、集落の男性に尋ねた。


「いや、まだだ……来ていない者もいる」

「それなら、急いで他の住人を探してきます」

「わしも行こう。みんなは先に避難を始めてくれ」


「ケントさん、マーティンさん。みなさんをお願いします!」

「分かった。任せて」

「ケントはみんなを先導して。僕はエルナたちが来るまで待つよ」


 ケントさんとマーティンさんは、無言のままお互いの肩を叩く。ケントさんは頷くと「それじゃ、あとで」と言い残して避難者の誘導を始めた。

 

 私は集落の男性と一緒に、離れたところにある家々を回った。


「おい、酒なんか置いていけよ!」

「でも、この酒は最高の出来なんだよ。これだけは持って行かせてくれよ」


「ばあさん、荷物が多すぎるよ、減らして!」

「どれも大事な荷物なんだよ!」


 住人たちは集落の男性にどやされながら、慌てて支度を進めていた。男性と住人は何やら言い合いになって避難がまったく進まない。しびれを切らして「別の家を見てきます!」と言い残して一人で先に進むことにした。


 白いもやはどんどん濃くなってきて、嫌な臭いも強くなった。服の袖で鼻と口を覆いながら歩いていると、ポツンと離れた場所にある小さな家を見つけた。


 その家の庭に、一頭のヤギが囲いの中にいた。私は急いで囲いを開ける。


「さあ、早く逃げなさい」


 ヤギは逃げようとせず、ただじっと私を見ていた。


「逃げないと死んじゃうんだよ。早く逃げて!」


 大きな声を出したら、ヤギは体を跳ね上がらせ、囲いから出て行った。


 よかった……と胸を撫でおろしたその時、私は今まで聞いたことのない音を聞いた。山頂の方角から、山が割れたのかと思うような恐ろしい音だ。


 私は白いもやの向こう側に、空を覆うほどの大きなドラゴンの姿を見た。

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