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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第97話 初めての飛行船

 ギルドに戻ると、ロビーには数人の討伐者が集まっていた。


「エルナ! 君も一緒に行くって本当?」

「よろしくね、エルナ!」


 彼らは私を見て声をかけてきた。彼らの顔は全員知っている。いつも仲良しの四人組で、まだ三級だけど将来有望な討伐者パーティーだ。みんな雰囲気がよく似ているので、私は彼らのことを心の中で『四つ子』と呼んでいる。


「皆さんが一緒で心強いです……あれっ?」


 彼らの中に、一人の女性が混じっていた。彼女のこともよく知っている。高所恐怖症で飛行船に乗れない、ボウガン使いの討伐者だ。


「サディラさん!? あなたも立候補してくれたんですか?」

「まあ、ね。たまたまギルドにいたら、至急集落の避難を手伝ってやってくれって聞いたからさ……」

「で、でもサディラさん。大丈夫なんですか? 現地までは飛行船で移動するんですよ?」


 サディラさんは才能ある討伐者だけど、高所恐怖症のために近場の依頼しか受けない人だった。彼女が飛行船に乗れるのだろうか?


「……だって、緊急事態なんでしょ? アルーナ山までなら近いし……まあ、どうにかなるよ」

「そうそう! 僕たちがついてるから心配ないって、今も話してたところなんだよね!」

「うん! 飛行船は怖くないよって言ってたんだよ!」

「女性がいてくれた方が、現地の人たちも安心だと思うんだよね」

「サディラ、一緒に頑張ろうね!」


 彼らに励まされ、サディラさんは引きつった笑顔を浮かべながら頷いていた。どうやら彼らがサディラさんを説得したようだ。あんなに飛行船に乗るのを嫌がっていた彼女が決断してくれたのが、すごく嬉しい。


「サディラさん、勇気を出してくれてありがとうございます」

「別にいいよ。その……特別報酬も出してくれるって言うからさ」


 サディラさんは照れたように言い、顔をそむけた。


 私たちが集まっているところに、物品班のクリフさんがやってきた。


「これで全員か? エルナが来たら飛行船乗り場に集まってくれって言われてるんだよ」

「あ、私を待っていたんですね。ひょっとしてクリフさんも一緒に行くんですか?」

「ああ、よろしくな。まさか受付嬢が立候補するとは思わなかったけど、大丈夫かい? エルナ」

「大丈夫です! それじゃあ、行きましょうか」


 私を心配そうに見るクリフさんを安心させ、飛行船乗り場へと急ぐ。いよいよ出発だ。緊張するけど、よく知る彼らと一緒だから不安はなかった。



 ♢♢♢



 飛行船乗り場へ着くと、アメリアさんが待っていた。


「みなさん、ご協力感謝します」

「支団長! 我々にお任せください!」


 アメリアさんが挨拶すると、みんな背筋を伸ばして胸に片手を当てる。アメリアさんに対する敬礼の挨拶だ。


「本来、住人の避難は討伐者の仕事じゃないのだけれど……動ける職員のほとんどはドラゴン対応で手が空いていないの。協力を名乗り出てくれて助かるわ」

「支団長のためですから! なんでもやりますよ!」

「そうですよ! 支団長!」


 アメリアさんは嬉しそうに微笑むと、すぐに表情を元に戻した。


「では、全員揃ったところで詳しい説明をするわね。今からあなたたちが向かうのは、山のふもとにある集落よ。自主的に逃げた者がいるかもしれないけれど、まだ残っている者も多いはず。家を全て回って、逃げ遅れた住民を避難させてちょうだい」


 私たちはアメリアさんの話を聞きながら頷く。


「ドラゴンの目覚めまではまだ少し猶予があるはずだけれど、これはあくまで予想で、現地ではどのように状況が変わるか分からない。ドラゴンが目覚めてしまったら、すぐに逃げなさい」

「支団長、それは住民がまだ残っている場合でも、ですか?」


 サディラさんがアメリアさんに尋ねる。その瞬間、場の空気が緊張するのが分かった。


「ええ。たとえ誰かが残っていても、すぐに逃げなさい。あなたたちが全員を救えるだなんて思わないこと。私はあなたたちを一人も失うことを許さないわ。分かってくれるわね?」


 アメリアさんの凄みのある声に、私たちは息を飲んだ。彼女は私たちを全員ミルデンに帰すために、このような言い方をしているのだと分かった。


「分かりました、アメリアさん」


 私が真っ先に返事をすると、アメリアさんは安心したように微笑んだ。



 ♢♢♢



 いよいよ飛行船に乗り込む時がきた。飛行船の中に入り、壁沿いに設置された椅子に座る。四つ子たちは普段どおりだけど、サディラさんは緊張しているのか、顔色が明らかに悪かった。


「大丈夫ですか?」


 私の隣に座り、うつむいているサディラさんに声をかけた。


「……だ、大丈夫よこれくらい。心配ないって……」


 どう見ても大丈夫じゃなさそうだ。私は斜め掛けにした鞄の中から、小瓶を取り出してサディラさんに渡した。


「よかったらこれ、飲んでください。気分が落ち着く薬です。もしかしたら必要かと思って、持ってきたんです」


 本当はパニックになった避難者のために持ってきたものだけど、サディラさんに飲ませた方がよさそうだ。サディラさんは震える手で薬を受け取り「ありがとう」と呟いたあと、薬を一気に飲み干した。


「副作用で、ちょっと眠くなっちゃうかもしれないんですけど」

「そのときは誰かに頬をひっぱたいてもらうさ。ありがとう、エルナ」

「いえ、お役に立ててよかったです」


 多少眠気が出るくらいなら、飛行船でサディラさんがパニックを起こすよりはましだ。念のために持ってきてよかった。


 私は幼いころから、飛行船に乗ることを夢見ていた。討伐者や貴族のような特別な人しか乗れない乗り物で、私のような普通の人間には縁のないものだった。まさかこんなことで、私の夢が叶ってしまうなんて。嬉しいなんてとても思えず、複雑な気分だ。


「出航だよ。椅子に座って、ベルトをしなさい。危ないからね」

「わ、分かりました」


 クリフさんに指示され、私は急いで自分の体をベルトで椅子に固定した。急に胸がドキドキしてきて、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした。本当に空を飛べるのだろうか? うまく飛べなくて、落ちたらどうしよう? 私はサディラさんが怯える気持ちが分かった。サディラさんに視線を移すと、彼女はただじっと前を見ていた。どうやら薬が効いてきて落ち着いているみたいだ。


 ガタガタと振動が椅子から伝わってきて、緊張がピークに達したあと、急に体がふわりと浮くような気持ち悪い感覚を覚えた。次に上から体を押さえつけられるような重さを感じ、私は思わず歯を食いしばり目を固く閉じた。


 怖い。飛行船ってこんなに怖い乗り物だったんだ。もう二度と乗りたくない……そんなことを思っていたら、四つ子たちから「エルナ!」と声をかけられた。


「窓の外を見てごらんよ」


 私は恐る恐る目を開いた。もう体の重さは感じない。向かい側の小窓には、真っ青な空しか映っていない。振り返って近くの窓から外を見ると、もう飛行船が随分高いところまで飛んでいるのが分かった。


「凄い……」


 私は窓の外を見ながら、思わず呟いていた。アレイスさんと空を飛んだときとは比べ物にならないほど高い。あっという間にミルデンの街が小さくなっていく。どこまでも広がる小麦畑と点在する家々。そして遠目にはアルーナ山が見えた。周辺は晴れているのに山頂だけが真っ黒な雲に覆われていて、そこだけが不穏な光景だ。まるで夢の中にいるような、不思議な景色だった。


 私はさっきまで感じていた恐ろしさなど、どこかへ飛んで行ってしまった。

 これから集落の人たちを助けに行くという大事な役目があるけれど、今だけはこの奇跡のような風景を楽しんでいた。

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