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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第95話 決意

 今夜の仕事が始まる。

 隣には新人のフローレが立った。彼女は覚えが早く、仕事にはすぐに慣れた。まだ緊張しているみたいで、表情はこわばっているけど、この様子ならあと数日経てば独り立ちできそうだ。


 フローレの魔物に関する知識は、まだ二十歳とは思えないほど詳しくて頼もしい。フローレの両親は討伐者で、彼女自身幼い頃から討伐者を目指していたという。


「こう見えても、討伐者の訓練学校に通っていたんです。でも私、緊張しやすいタイプで……試験になると頭が真っ白になっちゃって、何度も失敗しちゃったんです。討伐者には向いてないなあって自覚しました」

「それで、受付嬢に?」

「ハイ! どちらにしろギルドに関わる仕事はしたいと思っていたので!」


 フローレはそう言って胸を張る。元々討伐者を目指していたのなら、魔物に詳しいのも当然だ。


「フローレが来てくれてよかった。これから大変だけど、一緒に頑張りましょうね」

「ハイ! 私もみなさんの力になれるよう、頑張ります!」


 頼もしい後輩ができてホッとした。さすが、アメリアさんが選んだだけのことはある。


 ドラゴン討伐隊に選ばれた討伐者たちは、日没ぎりぎりになってようやく飛行船でアルーナ山へ向かっていった。明日以降も討伐隊はアルーナ山へ向けて出発していくことになる。彼らはみんな覚悟を決めているのか、その表情に悲壮感はない。

 でも彼らを見送るために来た家族や友人、恋人たちはみんな暗い顔をしていた。見送りの人たちの顔を見ていると、私もつらくなった。



 ♢♢♢



 その日の仕事を終え、ギルドを出て広場に差し掛かったところで、大柄な男性が私に近寄ってきた。誰だろうと思わず身構えたけど、よく見ると彼は『夜猫亭』のヒューゴさんだった。


「ヒューゴさん? こんなところで会うなんて珍しいですね」

「ああ。あんたを待ってた」

「私を? 店はどうしたんですか?」

「空いてたんで店じまいだ」


 ヒューゴさんは夜猫亭の料理人だ。料理の腕は抜群だけど、彼は実は元討伐者でもある。だから遠目から見ても分かるほど体格がいい。最初はちょっと怖そうだと思っていたけど、ぶっきらぼうなだけで根は良い人だ。


「私に何か話ですか?」

「ギルドのやつに話を聞きたくてな。ドラゴンのことだ」

「ああ、なるほど……」


 元討伐者として、ドラゴンのことはやっぱり気になるんだろう。この時間になると、広場にいる衛兵の数はごくわずかだ。彼らは木箱に腰かけ、休憩でもしているのか談笑している。


「目覚めは近いのか?」

「はい……予想ですが、恐らく七日以内には目覚めるんじゃないかと」

「そうか。アレイスはどうしている?」

「アレイスさんは、監視活動に協力していただいていて……先にアルーナ山へ行っているみたいです」

「みたい? 話してないのか?」


 ヒューゴさんは首をひねった。


「そうなんです。私がギルドに行ったら、もう出発したあとだったみたいで」

「薄情な奴だな。最後になるかもしれんのに」


 ヒューゴさんが何気なく言ったその言葉にドキリとした。ため息をついたヒューゴさんは、私が動揺しているのに気づいたのか、急に焦りだした。


「あ、いや……最悪の場合、だぞ? これはあくまで」

「分かってます、ドラゴンと戦うんですから、何が起きてもおかしくないですし」

「すまん。あいつはアインフォルドでも評判の魔術師だった。魔術師のことは前衛の剣士が必ず守る。心配すんな、あいつはそう簡単に死なんよ」

「はい、私もそう思ってます」


 ヒューゴさんに慰められるなんて、珍しいこともあるものだ。でも実際にアレイスさんとも組んだことがある彼が太鼓判を押すんだから、きっとアレイスさんは無事に戻ってくる。


「討伐隊やら避難所やら……食料が必要だとかで、市場の肉や野菜が手に入りにくくなっちまった」

「食べ物もですか。じゃあお店も大変ですね」

「あるものでなんとかしてるが、そのうち店も開けられなくなるかもな。いい酒も手に入りにくくなってる」

「お酒も? それは困りますね……」


 ヒューゴさんのような小さな店では、仕入れがしにくくなっているのだろう。気の毒だけど、全てはドラゴン討伐隊のために物資を回さなきゃいけない。思ったよりも多くの人に影響が出ることを実感した。


「酒が飲みたいなら、早めに来いよ。それじゃあ、俺は店に戻る」

「はい、ダナさんとエボニーにもよろしく」


 ヒューゴさんは「ああ」と頷き、去っていった。彼の後ろ姿はその辺の衛兵にも劣らないほど大きい。でも彼が歩く姿は、少し片足を引きずっている。ヒューゴさんは討伐者として生きていたけど、膝を怪我して引退せざるを得なくなったらしい。

 本当は、もどかしい思いをしているのかもしれない。怪我がなければ、ドラゴン討伐隊に名乗りを上げることもできただろう。


 私は彼の後ろ姿が、なんだか寂しく見えた。



 ♢♢♢



 それから二日後のことだった。


 今日も夜の担当だけど、朝にバルドさんから伝話(でんわ)があった。来られる職員は、全員今からギルドに来てほしいとのことだ。

 何かあったのだろうか。私は急いでパンをかじり、家を出た。母は早朝から薬を作らなきゃいけないと言って、とっくに家を出ていた。母もここ数日は忙しく、ろくに話もできていない。普段の薬に加えて、ドラゴン討伐隊用の薬も大量に作らなきゃいけないので、薬師ギルド総出で薬作りに追われているのだという。


 ギルドに到着し、集合場所である職員食堂に急いだ。食堂の中は職員が集まっているけど、その人数は前回の集会よりも少ない。アルーナ山の野営地に行っている人や、他の仕事で来られない人も多いのだろう。私は辺りを見回してリリアを探した。


「エルナ!」


 手を上げて私を呼ぶリリアを見つけ、急いで彼女の元へ向かう。


「おはよう、リリア。急な呼び出しだけど、何かあったの?」

「私も今来たばかりで何も聞いてないのよ。今朝出勤したら、急いで食堂に行ってくれって」


 なんだろう。ざわつく心を落ち着かせようと、私は胸に手を当てて深呼吸をした。


 周囲がざわつく声と共に、アメリアさんが食堂に入ってきた。見たところ、深刻そうな顔はしておらず、いつも通り凛とした彼女に見えた。


「みんな、おはよう。急に呼び出したりしてごめんなさいね」


 アメリアさんのよく通る声が食堂内に響いた。私たちは息を飲みながら彼女の話に耳を傾ける。


「現在、アルーナ村での避難活動は順調に進んでるわ。今日の昼頃から順次、避難者がミルデンに到着するはずよ。みんなには、避難者のお手伝いをしてもらいます。食事の世話や、テントの管理……やることが沢山あって大変だと思うけれど、よろしくね」


 私たちは無言で頷いた。アメリアさんは私たちの顔を見て頷いたあと、話を続けた。

 

「村の避難者については心配はないけれど、実は他の集落まで手が回っていません。どうしても、住民の多いところから避難を進めないといけなくてね。ふもとの集落ではまだ住民が残っているようなの」


 あちこちからざわめきが聞こえた。アルーナ村は湖の近くにあり、山からは少し距離がある。村といっても規模は大きく、住民は多い。ほとんどの避難者はここからやってくることになっている。アルーナ村の他にも小さな集落が点在している。そのすべてを避難させるのは大変だろうとは思っていたけど……。


「このままでは間に合わないから、我がミルデン支団では避難の協力をすることにしました。討伐者に声をかけ、協力してくれる彼らに避難者の誘導をしてもらう予定よ。それともう一つ、あなたたちの中で彼らに同行してくれる者がいたら、ぜひ名乗り出てほしい。討伐者だけを派遣させられませんから、職員にも同行してもらい、彼らの手伝いをしてもらいたいの。現地は山に近い場所であり、危険が伴うわ。無理にとは言いませんから、よく考えて決断してちょうだい」


 みんなが息を飲む音が聞こえたような気がした。もうすぐドラゴンが目覚めようとしている中で、住民を避難させる手伝いに行くというのは、簡単に決断できることじゃない。


「もしも行ってくれるという者がいたら、このあと支団長室まで来てちょうだい。話は以上よ」


 アメリアさんの話は終わった。みんな動揺していて、すぐに動こうとする人はいない。


「手伝いって……すごく危険なのに、誰が立候補するのかしら。ねえ、エルナ?」


 リリアが困惑しながら私に声をかけたけど、私の気持ちはとっくに決まっていた。

 

「私が行く。避難する人たちを手伝う」

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