第82話 お手柄
街の人々が集まる広場には掲示板がある。祭りのお知らせや税金の支払い日など、さまざまな告知が貼られている。新聞もあるけれど、すべての人が読むわけではない。手っ取り早く街の人に知らせるなら、掲示板が一番だ。
掲示板に貼られたフローレさんの絵は、広場を訪れる人々の目に留まり、それが次々と他の人へと伝わっていった。フローレさんの目撃情報は、早速ギルドに集まり始めた。
「市場で買い物をしてたよ」
「ミルデン酒場の片隅で、男と飲んでる金髪の女がいたな」
「うちの店に来た女がよく似ているね。ストールを買っていったよ」
情報はどれも曖昧で、フローレさんだという確証は得られなかった。絵を貼り出してからまる二日が経った朝、職場へ向かって歩いていた私は、遠くから血相を変えて自分の名を呼ぶ少年の姿を見つけた。
「エルナ! エルナ!」
「あ……ラウロ!?」
私の名を呼んでいたのはラウロだった。一気に私のもとへ駆け寄ると、肩で大きく息をしながらまくしたてる。
「掲示板の絵の女、俺、見たかもしれない!」
「えっ、本当? どこで?」
「荷馬車通りだよ。荷物を積み込んでたら、荷馬車に乗せてくれって頼んできた変な女がいたんだ。一緒にいた仲間が断ったらどっか行ったんだけど……その女は他にも声をかけてたみたいで、別の荷馬車が女を乗せて行ったらしいんだ」
「それ、いつの話?」
「絵が貼られた前の日だよ。女がいなくなった日なんだろ? 絶対そいつだって!」
ラウロは興奮気味に私へ詰め寄る。確かに時期は合うし、街の外へ荷物を運ぶ荷馬車に乗り込んでこっそり出ていくことは十分あり得る。
「ラウロ、その人は金髪だった?」
「ああ、間違いねえ。ストールで顔を隠してたけど、風が吹いてストールが外れたんだ。確かに金髪だった」
早朝でまだぼんやりとしていた私の意識が、一気に冴えわたるのを感じた。
「ラウロ! 今から一緒にギルドに来て!」
私はラウロの肩をがしっと掴む。ギルド、という言葉を聞いたラウロは急に目を泳がせた。
「い、いや。俺は行かねえよ。エルナに伝えようと思って来たんだから」
「いいえ、一緒に来て! あなたが直接説明して。ギルドのために、私に知らせようと走ってきてくれたんでしょ?」
私はラウロの細い肩を掴み、戸惑う彼の目を覗き込む。ラウロは以前、ギルドの受注書を盗むという罪を犯したから、ギルドに行ってはいけないと思っているのだろう。でもラウロは反省しているし、何より彼は重要な証言を持っている。彼が一緒に行くべきだ。
「でもさ、エルナ。俺は……」
「いいから行こう! 私がついてるから!」
ラウロは目を泳がせながら、ようやく「分かった」と呟いた。私はラウロと一緒にギルドへ向かって走った。
♢♢♢
ギルドに着いた私は、真っ先にラウロを連れてアメリアさんがいる支団長室へ向かった。本来なら約束がなければアメリアさんとは自由に話せない。でも今は緊急事態で、何かあったらいつでも支団長室まで来ていいことになっている。
アメリアさんは支団長室にいて、誰かと『伝話』で話をしていた。彼女も各地と連絡を取り合い、フローレさんと仲間の男の行方を捜している。アメリアさんに手招きされ、私とラウロは部屋に入り、彼女の話が終わるのを静かに待った。
「ごめんなさいね、お待たせして。ラウロ、久しぶりね」
アメリアさんが笑顔をラウロに向けると、ラウロは照れくさそうに目を伏せて「……どうも」と答えた。
「アメリアさん。ラウロがフローレさんの目撃情報を教えてくれました。信憑性は高いと思います」
「すぐに聞かせて」
私はラウロから聞いた話をアメリアさんに伝えた。アメリアさんは真剣な表情で頷き、ラウロにもいくつか質問をした。ラウロは最初こそ気まずそうだったけど、次第に落ち着き、しっかりとアメリアさんの目を見て話すようになっていた。
「――なるほど、確かにフローレの可能性が高いわね。彼女を乗せた荷馬車の行き先はストームクロウで間違いないのね?」
「間違いないよ。フローレを乗せて出て行った荷馬車は、ストームクロウ行きだから」
「ありがとう、ラウロ。あなたの情報に感謝します。やはり行き先はストームクロウね。あの街の市長にあまり借りを作りたくはないけれど、逃げられるよりはましね……急いで市長に連絡をして、協力を仰ぐわ」
ストームクロウは誰でも受け入れる街なので、犯罪者が身を隠すにはうってつけの場所だ。しかも港町でもある。早く捕まえなければ、船に乗って遠くへ逃げてしまうかもしれない。そうなれば、もう彼女を捕らえることはできなくなる。これは時間との勝負だ。
アメリアさんはすぐにストームクロウの市長に連絡すると言い、私とラウロは部屋を出た。ラウロは仕事を抜け出して来ていたので、急いで戻るという。ラウロを出口まで見送ったあと、アメリアさんが飛行船でストームクロウへ向かうというので、私は急いで飛行船乗り場へ行き、出航準備を頼んだ。
私にできるのはここまでだ。あとはアメリアさんにすべてを任せよう。アメリアさんは慌ただしく飛行船に乗り込み、ストームクロウへと飛び立っていった。こういうとき、自由に使える飛行船があるって本当に便利だ。
アメリアさんの出発を見送ったあと、私はようやく制服に着替えた。いつもなら監視班に立ち寄って情報収集をしてから受付に向かうのだが、今日は時間がなかったので近隣の天気予報を確認しただけだった。監視班のビルさんによれば、今日は大きな問題はなさそうだというし、大丈夫だろう。
♢♢♢
――フローレさんは、あっさりとその日のうちに見つかった。
ストームクロウから戻ってきた飛行船には、アメリアさんと一緒にフローレさんが乗っていた。
こうして、お騒がせの『偽の受付嬢』は、ようやくギルドに戻ってきたのだった。
事件はようやく解決です。次回からはアレイスとエルナのお話です。




