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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第81話 誰かのために

 私は急いでフローレさんの似顔絵を描くことになった。すぐに自宅へ戻って画材を取ってこようと思ったけど、アメリアさんは少し考えて首を振った。


「いえ、このまま教会に行きましょう」

「教会ですか?」

「あそこでは子供たちに絵も教えているから、画材があるはずよ。エルナの家に行くよりも教会の方が近いわ。私も一緒に行くから、すぐに向かいましょう」

「は、はい!」


 教会では休息日に子供たちに絵を教えていると聞く。確かにあそこなら、絵を描く道具は揃っているはずだ。場所も家に帰るより近い。

 私はアメリアさんと一緒に教会へ向かうことになった。



 ♢♢♢



 夜の教会は、昼の静けさを通り越して、恐ろしさを感じるほどの静寂が迫ってくる。暗闇の中、教会の周囲にある木々がざわざわと風で揺れる音、ホーホーという鳥の鳴き声、パキッと枝か何かが折れる音もする。鹿でもいるのだろうか。アメリアさんが一緒だから安心だけど、一人だと少し怖い。


 教会に入り、アメリアさんは応対に出た聖女に事情を話した。アメリアさんの頼みならと、聖女は快く私を部屋へ通してくれた。中に入ると、たくさんのイーゼルやキャンバスが雑然と置かれている。ここで子供たちに絵を教えているのだろう。

 部屋で待つように言われ、私は一人残された。アメリアさんは聖女と一緒にどこかへ行ってしまった。子供たちが描いたと思われる絵をなんとなく眺めていると、扉が開いて別の聖女が入ってきた。


「お待たせいたしました」

「……あ! ウィンドさん!」


 入ってきたのは、以前ラウロを教会に連れてきたときに案内してくれた聖女ウィンドさんだった。


「エルナさん、お久しぶりです。絵の道具をお持ちしました」


 ウィンドさんは微笑みながら、大きな紙と画材を机に並べた。


「急なお願いなのに、協力してくれてありがとうございます」

「いいえ。我が教会は討伐者ギルドへの協力を惜しみません。教会では子供たちに水彩画を教える活動を行っていますので、画材はたくさんあります。足りないものがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」

「助かります……! あ、そういえばラウロは勉強会に来ていますか?」

「ええ。真面目に頑張っていますよ。どうやら自宅でも勉強しているようで、成長が早くて驚いています」

「よかった……! これからも、よろしくお願いします」


 ウィンドさんの話を聞き、ホッとした。まだ勉強を始めたばかりとはいえ、彼が努力していることを知って嬉しかった。このまま勉強会に通い続ければ、訓練学校で学ぶための学力は身につくはずだ。討伐者になるための訓練はとても厳しいと言われているけれど、ラウロには頑張ってほしいと思う。


「それでは、私は外におりますので。何かあったらお呼びください」

「ありがとうございます」


 ウィンドさんは静かに部屋を出ていった。聖女である彼女たちは皆上品で、靴を覆うほどの長いローブを優雅に揺らしながら歩く。私だったら裾を踏んで転んでしまいそうだ。パタン、と扉が閉まり、部屋の中は再び静寂に包まれた。


 ここからは集中が大事だ。とにかく時間がない。急いで下絵を描き、色をつけていく。街の人たちにフローレさんの顔を覚えてもらうのが大事だから、顔の特徴をしっかり捉えなければ。人の顔を描くのは得意なほうだと思うけど、今回の絵は特に神経を使って描かなければならない。

 フローレさんは目が切れ長で、少し目じりがつり上がっている。鼻は高く、鼻先は鋭く尖っている。真っ赤な口紅に惑わされてはいけない。薄く固く結ばれた唇と、小鼻から伸びる線は、二十歳という年齢よりも上の印象を与える。多分、彼女の本当の年齢は二十歳ではないだろう。


 気づけば私は時間を忘れて、絵を描くことに没頭していた。何もなかったキャンバスの上に、フローレさんの顔が浮かび上がってくる。今まで何度も絵を描いてきたけれど、こんなに集中したのは生まれて初めてだった。


 ギルドの役に立ちたい。私には魔物を倒す力はないし、他に取り柄があるわけでもない。受付に立ち、ただ討伐者を見送ることしかできない。そんな私にできることは、今できることを精一杯やる――ただそれだけだ。


 

 ♢♢♢


 

「できた……」


 私は筆を置き、大きく息を吐いた。気づけば息をすることも忘れていた。フローレさんの絵を少し離して見てみる。急ごしらえにしては、よくできたんじゃないだろうか。心地よい疲労感と、完成させたことによる興奮が私を包む。


 私は急いで部屋を出た。廊下の先に扉が開いている部屋があり、そこを覗くと聖女ウィンドさんとアメリアさんがいた。


「エルナ、絵の進み具合はどう?」


 アメリアさんは椅子に腰かけ、ウィンドさんと何やら話をしていた。私が休憩に来たと思っている彼女に、絵が完成したことを伝える。


「まあ、もう出来上がったの!? ここで夜を明かすつもりだったけれど、予想外の早さね」

「急いで描いたので、出来は期待しないでください。でも、特徴が分かればいいかなと……」

「そのとおりね。さあ、絵を見せてちょうだい」


 驚くアメリアさんを連れて部屋に戻り、私は完成した似顔絵を見せた。


「……なるほど、これが『偽物のフローレ』の顔ね。素晴らしい出来よ。実は私も彼女の顔を知らないの。一度伝話(でんわ)で本人と話はしたのだけど」

「話をしたんですね。本物のフローレさんはどんな人でしたか?」

「若いのに勉強熱心な子だったわ。私が受付嬢を探しているという話を聞いて、自分からミルデンに行くと立候補してくれたそうよ。ご両親は討伐者で、魔物のことにも詳しいし、彼女が来てくれたら助かると思っていたのだけどね……」

「……今、どこにいるのか分からないんですよね?」


 アメリアさんは目を伏せ、ゆっくりと首を振った。


「捕らえた男の仲間は、他のギルドとも協力して行方を捜しているわ。きっとどこかで生きていると、願うしかないわね。さあ、急いで絵を持っていきましょう」

「はい、アメリアさん」


 絵を持った私とアメリアさんは、ウィンドさんにお礼を言って教会を出た。



 ♢♢♢



「エルナ、さっき聖女ウィンドに聞いたのだけど」

「何ですか?」


 魔石灯の明かりの下、広場へ向かっていたところでアメリアさんはふと口を開いた。


「ラウロに勉強会に出るよう勧めたそうね?」

「あ……はい」


 思わず私は足を止めた。


「ありがとう、エルナ。ラウロの力になってくれたのね」

「そんな大げさなものじゃ……彼が討伐者に興味を持っているみたいだったので、話してみただけです」

「それでも、彼にとっては大きな一歩よ。あなたは……本当に、ルーベンに似ているわね」

「私、お父さんに似てますか?」


 アメリアさんは目を細めて頷いた。


「ルーベンもあなたのように、誰かのために動く人だった。彼は不思議な人でね、こちらが助けようとしたつもりでいたのに、いつの間にか彼に助けられている。そういう人だった。私は……彼の存在に何度助けられたことか」


 アメリアさんが私の父について、こんなふうに話すのを見るのは初めてだった。アメリアさんと父はもともと友人だったと聞く。ギルドで働くアメリアさんと討伐者の父は仲がよく、父の紹介で母とアメリアさんは出会い、意気投合したらしい。


 もしかして、アメリアさんは父のことをただの友人以上の存在だと思っていたのかもしれない。

 私はアメリアさんの微笑む顔を見ながら、そんなことをふと想像してしまった。

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