第8話 突然のお誘い
ギルド近くの広場には中央に円形の噴水がある。噴水の周りには常に人々が集まり、ベンチで休んだりお喋りしたりしている。今の時間はアコーディオンを持った芸人が来ていて、軽快な音楽が広場の人々を楽しませていた。
広場を抜けた先には街の市場があり、屋台がずらりと並んでいる。野菜や肉だけでなくミートパイとかお菓子とか、売っているものは多岐に渡る。今の時間は殆ど店じまいをしていて、営業している店は僅かだ。お酒とおつまみを売っている店では、仕事を終えた人達が乾杯をしているのが見える。
「一度、ここに来てみたかったんだよ」
アレイスさんは嬉しそうに話しながら、市場の中を見回している。アレイスさんがミルデンに来てからそう日は経っていないから、まだ街のことをよく知らないんだろう。
「今の時間はあまりお店も開いてないですけど、朝の市場は賑やかで楽しいですよ。新鮮な野菜とか果物とか、ここに来ると何でも揃うんです」
「へえ、僕は家で食べることが殆どないから知らなかったよ」
「それじゃあ、ご飯は外で食べるんですか?」
「うん。僕は一人暮らしだし、料理は面倒でね。大抵食堂辺りで食べてるよ」
アレイスさんは気まずそうに笑った。アレイスさんとこうして世間話をするのは初めてなので、彼の普段の生活を知れるのはちょっと嬉しい。噂ではアレイスさんの家は、豪邸ばかりが並ぶ地区にあるらしい。討伐者の中でも階級が上になると稼ぎは相当のものになるようで、彼らは揃って豪邸を買う。どの家もみんな大きくて、彼らは贅沢を競い合っているみたいだ。
成功した討伐者が住む地区は、私が住む住宅地とは広場を挟んで正反対の場所にある。実は私も直接行ったことはない。家ばかりで何もない所だし、向こう側に用はない。
私達は空いている屋台に立ち寄った。エールの樽をテーブルにして、ぐらぐらと不安定な木箱を椅子にしている。テーブルの上には大きなカップにたっぷりと注がれたエールと、店主が乱暴に切り分けたハムがどっさりと皿に盛り付けられている。
密かに憧れているアレイスさんと、こうして一緒にお酒を飲んでいる今の自分が不思議で仕方がない。アレイスさんは美味しそうにごくごくと喉を鳴らし、エールを飲んでいる。私もアレイスさんの真似をして、エールを一気に飲んだ。昼間の失敗を早く流し込んでしまいたい。
「美味しそうに飲むね。少しは元気が出た?」
ふと見ると、アレイスさんは笑いながら私の顔を見ていた。じっと見られていたのかと思うと急に恥ずかしくなる。
「はい……ありがとうございます、誘っていただいて」
「ここの市場でお酒が飲めるって噂を聞いて、気になっていたんだ。それに、誰かと話していると気が紛れるでしょ?」
「……そうですね、確かに」
アレイスさんは本当に優しい人だ。私が仕事でミスをして落ち込んでいると気づいたから、私を誘ってくれたのかな。私の心はこの時、弱っていたのかもしれない。ハムを食べて「美味しいね」と笑顔を浮かべるアレイスさんに、つい今日の出来事を話してしまった。
「――なるほど、ラウロという少年か……」
「私が彼から目を離したばっかりに。全て私の責任なんです」
しょんぼりしながら話す私の話を、アレイスさんは黙ったまま聞いてくれていた。
「エルナが責任を感じることはないよ。支団長もそう言ったんだろう?」
「そう言ってくれてはいるんですけど……アメリアさんが優しいのが逆に辛いんですよね。彼女を失望させてしまったことが、悲しくて」
アレイスさんは私の顔をじっと覗き込み、微笑んだ。
「そんなことで失望するような人じゃないよ、彼女は。それにラウロという少年が受注書を盗んだとして、それを『裏の市場』に売る前に彼を見つければ問題ないじゃないか。ギルドがラウロの行方を追っているはずだ、まだ落ち込むのは早いよ」
「アレイスさん……」
私は思わず彼の顔を見た。アレイスさんが、こんなに親身になって話を聞いてくれる人だとは知らなかった。いつも穏やかな人だけど、ギルドで会う彼はあまり人と深く付き合うタイプには見えなかったし、顔立ちのせいで初対面の時はちょっと冷たそうだなんて思ってしまっていたのだ。でも彼の表情は、全てを包み込むような温かさがあった。
「ありがとうございます、話を聞いてくれて。おかげで元気が出ました」
「それは良かった。君が笑顔じゃないと、心配しちゃうからね」
ニコニコしながら私を見つめるアレイスさんの顔を真っすぐ見れなくなって、私はごまかすようにエールで顔を隠したのだった。