第79話 みんなで探そう
ギルドに到着すると、受注担当官のバルドさんがロビーにいて、青ざめた顔で私に駆け寄ってきた。
「エルナ! 聞いてくれ。大変なことになったんだ」
「フローレさんのことですよね?」
「驚いたな、どこで聞いた?」
バルドさんは目を丸くした。私がさっきまで衛兵の詰所にいたことを伝えると、彼は深いため息を吐いた。
「急に衛兵が朝早くやってきて、何事かと思ったよ……とりあえずフローレが出勤したら話を聞こうとなったんだが、衛兵はすぐにフローレを捕らえるべきだと言うんでね、ベケット副長と他の職員とで『樫の食卓』に向かったところだ」
「そうですか。確かに、捕まえるなら早い方がいいですよね」
「ああ、じきにフローレを連れてギルドに戻ってくるはずだ。申し訳ないが、フローレの対応があるから受注業務はカートに頼むことにしたよ。あとはよろしく」
バルドさんは険しい顔のまま、慌ただしく去っていった。フローレさんが捕まったら、まず確かめたいことがある。本物のフローレさんがどこにいるのか。彼女は果たして無事なのだろうか。
気になることは山ほどあるけれど、このあとはいつものように受付の仕事だ。更衣室に行って制服に着替えていると、リリアがやってきた。
「おはよう、エルナ。ねえ、フローレのこと聞いた!?」
「リリア、おはよう。さっき聞いたところよ」
「アレイスさんがフローレの仲間を捕まえてくれたんでしょ? 彼、凄いわね。エルナが頼んだの?」
「違う……けど、昨日ミルデン酒場を出たあと、実はフローレさんのことが気になって樫の食卓まで行ったの。そこで偶然アレイスさんに会って、彼女の話をしたんだけど……」
私はアレイスさんに聞いた話をリリアにも話した。リリアはあっけにとられたような顔をしていた。そりゃそうだ。昨日の今日で、あまりに急展開すぎる。
「アレイスさんて、謎よね」
「謎?」
私の話を聞いていたリリアは、ぽつりと呟いた。
「どう見てもただの魔術師じゃないわよね。異端討伐者をあっさり捕まえちゃうなんて。彼、本当は何者なの?」
私はリリアの言葉にぎくりとした。彼女はアレイスさんが元王宮魔術師だったことを知らない。でも、彼がただの魔術師ではないことは、さすがのリリアも気づいている。
「アインフォルドでは一級討伐者だったんだもの。凄い魔術師なんじゃない?」
「それだけかしら。彼、どうも只者じゃない気がするわ。貴族の令嬢に求婚されたり、アメリアさんとも親交があるみたいだし。エルナ、何か知ってるんじゃないの?」
リリアは私を射るような視線で見た。リリアに隠し事をしたいわけじゃないけど、このことだけは話せない。
「……知らないわよ。私が知ってるわけないじゃない」
「ふうん、そう」
リリアに嘘をついたことに、胸がちくりと痛んだ。リリアは私の顔をじっと見たあと、それ以上は何も言わなかった。
♢♢♢
ギルドが開く時間になると、いつものように多くの討伐者が受付にやってくる。私は平静を装って仕事をこなしていたけれど、正直言ってフローレさんのことで頭がいっぱいだ。隣に目をやると、リリアも意味ありげな視線をこちらに送ってくる。きっと彼女も同じ気持ちなのだろう。
正面から入ると目立つから、ひょっとしたらフローレさんは別の入り口から中に入るのかもしれない。受注担当官のカートさんに何度も尋ねたけど、そのたびに「まだフローレが来たという知らせはないよ」と返されるだけだった。
朝の混雑がひと段落した頃、またカートさんに様子を尋ねに行くと、彼の姿がそこになかった。
「あれ? カートさんはどこに?」
「カートさんなら、さっき誰かに呼ばれて出ていったよ」
他の職員が私に話した。受注担当官が二人ともいないなんて、次の依頼が来たらどうするんだろう。仕方なく受付に戻ろうとしたら、カートさんがバタバタと慌てた様子で戻ってきた。
「大変だ、フローレに逃げられた!」
「えっ!?」
私は思わぬ言葉に聞き返した。
「ギルドに連れてきて、裏口から回ろうとしたところで、急に姿を消したらしい」
「姿を消したって、他に何人もついていたんですよね? ベケット副長も」
「わからん、俺も今聞かされて混乱してるんだ。とりあえず、衛兵とうちの職員がフローレを探しているんだが……」
カートさんは「何がなんだか分からない」という顔をしていた。私も事態の急展開についていけない。大の男が何人もついていて、逃げられるなんてどういうことだろう。
そのあとのギルド内は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。フローレさんは建物に入る寸前で姿を消したらしいけれど、ひょっとしたら建物の中に侵入した可能性もあるので、あらゆる部屋を調べた。扉を開けたり閉めたり、倉庫をひっくり返して調べたり、トイレの中まで確認していた。
私は受付に戻り、その場にいた討伐者さんたちに説明した。
「――というわけで、受付嬢に成りすました女が逃げたんです。もしも街の中でフローレさんを見かけたら、すぐにギルドまでお知らせ願います」
討伐者たちはざわざわとしていた。
「成りすましだって……? フローレが?」
「信じられないな、いい子に見えたけどなあ」
「とりあえず、俺たちも探そうぜ!」
彼らは次々と協力を申し出た。こういうとき、すぐに動いてくれる彼らは本当にありがたい。
「みなさん、ご協力感謝します!」
私は討伐者たちに頭を下げた。
「気にすんなよ、エルナ」
「知り合いにも当たってみるわね」
「私、ギルド街に行ってみる。あの辺はごちゃごちゃしてるから、身を潜めるのにぴったりだもの」
討伐者たちはギルドを飛び出していく。私は彼らの背中を見送りながら、胸が熱くなった。
どうか、早くフローレさんが見つかりますように。




