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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第76話 魔術師アレイスはいつも見守る・1

 アレイスは特に心配性というわけではない。

 ただ、エルナのこととなると話は別である。


 エルナが先に帰ったあと、アレイスは残りのエールに手をつけず、すぐに席を立った。テーブルにやってきた女店員に銀貨を二枚渡し、椅子にかけていた黒いマントを羽織る。


「もう帰っちゃうんですか? もっとゆっくりしていけばいいのに」


 媚びるような笑顔で話しかける女店員に、アレイスはちらりと視線を送る。その瞳には何の感情も宿っておらず、女店員は思わず怯んだ。アレイスはいつも優しく紳士的に振る舞うようにしているので、このような態度を取るのは珍しい。


「もう遅いですから」

「そ……そうですか。今度は時間のあるときに来て、ゆっくりしていってくださいね」


「ありがとう。()()はもうありませんが」


 アレイスはこわばった表情で立ち尽くす女店員ににっこりと微笑み、樫の食卓を出ていった。エルナのエールを乱暴に置いたこの女に、彼は静かに腹を立てていた。もう彼が樫の食卓で食事を取ることはないだろう。

 


 樫の食卓に来る前、自宅にいたアレイスはふと思い立ち、魔術で彼女を覗いた。エルナが髪に結んでいるリボンはアレイスが贈ったもので、そのリボンには彼の魔術が仕込まれている。遠く離れた場所にいても、水に指をつければエルナが今どこで何をしているのか、鮮明に彼女の姿を映し出すことができる。

 彼は時々、こっそりとエルナの様子を見ていた。夜道を一人で歩くエルナが心配で、家に着くまで見守ることもあった。ミルデンは平和な街だが、エルナは若く誰に対しても愛想がいい。変な男に絡まれるのではないか、引ったくりに遭うのではないかと、アレイスは心配でたまらないのだ。

 

 今日のエルナは、友人のリリアともう一人の知らない男と三人で、何やら深刻な相談でもしているようだった。気になってしばらく見ていると、やがてエルナだけ二人と別れて店を出る。夜道を歩き、エルナは『樫の食卓』の前で立ち止まった。そこでエルナの姿が急に見えなくなってしまった。アレイスはそのことに驚き、慌てて出かける支度をする。


 まさか、エルナに何かあったのではないか。リボンの魔術は彼女が身に着けているあいだしか機能しない。心配になったアレイスは黒いマントを羽織り、勢いよくバルコニーから空へ舞い上がった。念のために樫の食卓を覗いてみると、彼女は髪を下ろした状態で一人、テーブルに座っていた。異変があったわけではないことにホッとしたが、急に髪を下ろして人目を気にしている彼女が気になったアレイスは、偶然会ったふりをしてエルナから話を聞いたのだ。

 


 

 夜の街に出たあと、周囲を気にしながら、彼はふわりと舞い上がった。彼が身に着けている黒いマントは、妖精の羽を織り込んで作られたものだ。そのままでは空を飛べないが、彼の魔術で手助けをすれば、空を自由に飛ぶことができるようになる。


 そのまま樫の食卓の屋根の上まで飛び、屋根から突き出た煙突の上に腰かける。アレイスは樫の食卓から出てくる人物を監視するつもりだ。彼が気になるのは、フローレだけではない。むしろ、フローレの連れの男が何者なのかを気にしていた。


 どれだけ時間が経っただろうか。街はすっかり眠りに落ち、大通りを歩く人の姿もなくなったころ、ようやく目当ての男が出てきた。アレイスは男の姿を見てニヤリと笑う。


(ああいう男は、太陽の下を歩くのを嫌う。思った通りだな)


 アレイスはふわりと浮き上がり、ゆっくりと男の頭上を飛びながら後を追う。男はひたすら通りを歩き、どんどん街外れへ向かっていく。家が少なくなり、大きな畑や牧場が見えてくる。周囲に身を隠す場所がなくなり、アレイスは男から少し距離を取りながら慎重にあとを追った。


 一体どこまで行くつもりなのかと思いながら飛んでいると、大きな木の下で馬と共に待つ一人の男が見えてきた。アレイスは木の上まで飛び、その場にとどまりながら二人の様子をうかがった。


「マイヤの様子は?」

「疑われてはいないようだ。受付嬢として完璧に仕事をしているよ」

「そうか。明日には終わらせて街を離れるぞ」

「了解した」

「誰かに後をつけられていないだろうな?」


 アレイスはぎくりとした。だが男は「問題ない」と答えたのでホッと胸を撫でおろす。

 待っていた男は馬にまたがり、街の外へと馬を走らせていった。残された男は去っていく男を見送ったあと、再び歩き出して近くの納屋に行き、扉を開けて中に入った。どうやら農場の納屋に身をひそめているようだ。


 フローレの本名はマイヤというらしい。エルナが懸念する通り、フローレという受付嬢は中身が別人だ。そしてアレイスはもう一つ、確信を持ったことがあった。


(あの男たちは『異端討伐者』か。なるほど、人の目を気にするわけだ)


 異端討伐者――各地にアジトを持つ悪の集団と言われている。その名の通り、彼らの多くは元討伐者である。規則を破り追放された者、金に困って闇に落ちた者、その動機は様々だ。魔物を奪って金を稼ぐ彼らは、討伐者ギルドにとってやっかいな存在であることは間違いない。

 アレイスも彼らの噂は時々耳にしていた。アインフォルドでも異端討伐者を捕らえるために、ギルドに協力したこともある。彼らは全員、異端討伐者である証として体のどこかに入れ墨を入れる。なので彼らは肌を見られることを極端に嫌う。討伐者ギルドに顔も知られているので、彼らは顔も隠す。フローレと一緒にいた男を最初に見たときから、アレイスはピンときていた。


(あの男が異端討伐者だとして、フローレは違うのか……?)


 フローレは見た目こそ派手だったが、特に顔を隠したりしている様子はなかった。堂々とギルドに入り込んでいることから見ても、異端討伐者とは関わりのない女のようである。

 恐らくこの件での首謀者は異端討伐者だ。フローレはただの協力者にすぎない。


(異端討伐者に入り込まれるなんて、ミルデンも随分平和ボケしているな)


 ため息をつき、アレイスは地上に降りた。ゆっくりと歩いて近づくのは、男が潜んでいる納屋である。

 アレイスの青く美しい瞳は、夜の闇に溶かされ、湖の底のような暗い色に変わっていた。

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