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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第75話 隠れる

 アレイスさんに顔を伏せるように言われ、私は慌てて言われたとおりにした。テーブルの上でうつむく私に、アレイスさんは顔を寄せてくる。


「そのまま、僕に寄り添うようにしていて」

「よ、寄り……?」

「恋人同士に見えるように」


 アレイスさんの声が、私のすぐ耳元で聞こえる。アレイスさんも私に顔を寄せていて、彼の息遣いが感じられそうなほど近い。いや、むしろ私の胸の音が彼に聞こえてしまうんじゃないだろうかと気が気じゃない。アレイスさんはそんな私の動揺に全く気づく様子もなく、頬杖をつきながらフローレさんの姿を目で追っていた。


「彼女、テーブルに着いたね。誰かと待ち合わせかな」

「あの……本当にフローレさんなんでしょうか?」


 私は目で彼女の姿を確かめていないので、本当にフローレさんなのか分からない。


「間違いないと思うけど、今なら見ても平気そうだ。そっと振り返ってみて」


 言われたとおり、私は恐る恐る振り返ってみた。離れた場所に彼女は背を向けて座っていたけど、一瞬見ただけでフローレさん本人だと分かった。髪色も髪型も全く一緒だ。顔を戻すとアレイスさんが目の前にいた。こんなに近くで彼の顔を正面から見るのは初めてで、緊張してしまう。


「間違いない、です」

「やっぱりね。今動くとまずいから、しばらくこうしていよう」

「は、はい」


 動揺していることにどうか気づかれませんように。固まったまま動けずにいたら、アレイスさんは私の様子に気づいて、耳元で「フフッ」と笑った。


「……何ですか?」

「いや、あまりに動かないと不自然だよ。エールでも飲んでて」

「はい……」


 こんなに緊張してるのは私だけだと思うと恥ずかしくなる。意識しないようにと思えば思うほど、彼を意識してしまう。私は気を紛らわせるように、エールを一気に飲んだ。


「来た! やっぱり誰かと待ち合わせしていたみたいだね」

「連れがいるんですか?」


 アレイスさんはフローレさんの方を見ながら頷いた。


「相手は一人ですか? どんな人です?」

「落ち着いて、エルナ。相手は一人、男のようだね……妙だな、外套と帽子を脱ごうとしない。ここからじゃ顔が分からないな」

「帽子を脱がない?」

「ああ、まるで人に見られたくないみたいだ」


 それからしばらく、アレイスさんによる二人の観察が続いた。フローレさんと連れの男はエールを一杯飲み、すぐに席を立ったようだ。


 二人の様子を、アレイスさんから聞くしかないのがもどかしい。ミルデンに来てまだ数日の彼女が、ここで誰と待ち合わせをしているんだろう。討伐者たちに食事に誘われていたけど、相手が彼らなら顔を隠す必要はないはずだ。


「どうやら二階へ行くようだよ。エルナ、見てごらん」


 私はパッと顔を上げ、階段に目をやった。二階の宿屋へ向かう階段を上るフローレさんと、その後ろを歩く謎の男の姿が目に入った。外套なんていらない気温なのに、男はしっかりとした外套を着込み、つばの広い帽子を深く被っている。明らかに人目を避けている雰囲気だ。


「二階に行ったってことは、フローレさんの部屋へ……ってことですよね」

「恐らくね。今日はこのまま出てこないだろうな」

「フローレさんの恋人でしょうか。でも、確か恋人も友人もいないって言ってた気が……」

「見た感じ、二人は初対面っていう雰囲気じゃなかったけどね」


 フローレさんと一緒に部屋へ消えていく謎の男。ますます彼女の正体が分からなくなる。でも今日はこれ以上分かることはなさそうだ。


「アレイスさん、ありがとうございました。あとは明日、ベケット副長に相談してみます」

「それがいいね。エルナ、あまり彼女に深入りしない方がいいと思うよ」

「どうしてですか? 私はギルドが心配で……」


 アレイスさんは再び、私に顔を近づけてきた。


「君の気持ちは分かるけど、あの男はどうも只者じゃなさそうだ。ギルドの問題は、上の人らに任せた方がいい。いいね?」

「……分かりました」


 アレイスさんの真剣な表情に、私は頷くしかなかった。

 


 

 その後、アレイスさんにお礼を言って私は先に帰ることにした。


「アレイスさん、では私は帰りますね」

「家まで送るよ」

「いえ、近いので平気です。アレイスさんはゆっくりしていってください」

「本当に大丈夫?」


 アレイスさんは心配そうに私を見る。


「明るいところを通りますし、いつも一人で歩いてるから大丈夫ですよ」

「そうか……ミルデンは確かに安全な街だけど……」 

「一応、警戒はしてるんで大丈夫です。ではおやすみなさい」

「おやすみ、エルナ。いい夢を」

 

 アレイスさんはまだ心配そうにしていたけど、軽く笑みを浮かべて私に手を振った。急なことなのに、嫌な顔ひとつせず私に協力してくれた。やっぱりアレイスさんは優しくて素敵な人だ。アレイスさんはいつも、私が夜道を一人で歩くことを異常に心配する。彼が以前暮らしていたアインフォルドは、そんなに治安が悪かったのだろうか?

 

 私はミルデン育ちで、小さいころから飽きるほど歩いている街だから、ここがとても安全な場所だということを知っている。大通りから私が暮らす住宅街までは、魔石の力で道を明るく照らす『魔石灯(ませきとう)』があるので、怖い思いをしたことはほとんどない。近所の人たちは何かあったらすぐに飛びだしてくるし、怪しい人がいたら武器を持って追いかけ回すような人たちだ。さすがに夜の担当で帰宅が深夜になるときはちょっと心配だけど。


 そんなことを考えていたら、いつもの夜道が急に怖くなってきた。思わず後ろを振り返るけど、当然ながら怪しい気配など感じない。だけどいつの間にか早足になっていた。

 

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