第73話 協力者に話を聞こう
翌日、制服に着替えて更衣室を出たところで、書庫の担当者とばったり出くわした。
「おはよう、エルナ! ちょうどよかった、この間のことなんだけど」
「おはようございます。なくなった本のことですよね?」
「ええ、そのことなんだけど、本が元に戻っていたのよ」
「戻っていた?」
担当者は腕を組みながら話した。
「そうなの。今朝書庫を見たら、本が元の場所にあったのよ」
「そうですか……とりあえず、元に戻ったならよかったです」
「そうねえ。アメリアさんが戻ったら一応報告しなければと思っていたところだったから、一安心というところね。きっと誰かが間違って持ち出して、こっそり戻しに来たんでしょうね。まったく、いい加減な人もいるものね……心配かけてごめんなさいね、エルナ」
「いえ、見つかってよかったですね」
担当者はため息混じりに言い、去っていった。本が戻ったのはよかったけど、彼女の言う通り、うっかり本を持ち出した人がいたのだろうか。そして、それをこっそりと戻したのだろうか? 本の問題は解決したけれど、なんだかすっきりしない。まるで幽霊がギルドの中をふらふらと歩き回って、いたずらしているかのようだ。
受付に行くと、リリアが既に来ていた。リリアはさっそく昨日、サイラスさんに伝話をしてくれたようだ。サイラスさんの知り合いは、ルナストーンのギルドに所属する討伐者だという。その人に頼んで、フローレさんのことを知る人がいないか聞いてもらえるそうだ。
リリアはなんだか眠そうな顔をしていた。もしかして、サイラスさんと長話をしていたのだろうか? 眠そうなわりに彼女の機嫌はとてもよかった。
♢♢♢
お昼を過ぎた頃、アレイスさんが依頼から戻ってきた。見るとアレイスさんのマントが焦げていて、ブーツにも焼け焦げたような跡がある。
「お帰りなさいませ! アレイスさん」
「ただいま、エルナ」
「防具が破損していますね。怪我はないですか?」
「薬を飲んだから体はこの通り平気だよ。うっかり『炎狼』に噛みつかれたんだ。やれやれ、新調したばかりのマントがこの有様だよ……靴も修理をしないといけないな」
「炎狼は集団で襲ってくるから大変ですよね。でも、無事でよかったです」
炎狼は文字通り、体が炎に包まれている狼で、山や森を燃やしてしまうやっかいな魔物だ。普段は普通の狼に見える大人しい魔物だけど、何かの拍子に炎を纏って暴れだし、周囲を燃やしてしまう。パーティーを組んで戦えば、決して怖い敵ではないけれど、アレイスさんは一人だから、集団行動をする炎狼とは相性が悪い。
アレイスさんが依頼を受けた時は、私は夜の担当だったのでその場にいなかった。私だったら彼に炎狼を紹介しないけど、ひょっとしたら他に誰も依頼を受けなくて、彼が自ら行くと言ったのかもしれない。
依頼達成の手続きを終えたあと、アレイスさんに報酬を手渡す。炎狼をたくさん倒してくれたので、報酬にボーナスがついていた。
「お待たせしました。こちらが報酬です」
「ありがとう。そういえば、支団長は王都から戻ってきた?」
「まだなんです」
「そうか……アインフォルドの支団長との話がどうなったのか、聞きたかったんだけどね」
アメリアさんは恐らく、ルシェラ嬢が私に怪我をさせたことへの対応を話し合っているはずだ。おそらく、私への謝罪金が支払われるだろうと周囲は噂している。私はお金のことはどうでもいいけど、こういうことはけじめとして必要なのだと母は言っていた。これで母の怒りが収まるのなら、謝罪金は受け取るべきなのだろう。
「近いうちに戻ると思います。戻ったら、手紙で知らせましょうか?」
「そうだね。僕はしばらくミルデンにいるから、何かあったら知らせてくれる?」
「分かりました」
アレイスさんは「じゃあ、またね」と笑顔でギルドを出ていった。
♢♢♢
そろそろ仕事が終わりの時間というころ、討伐者のサイラスさんがギルドにやってきた。彼は真っ先にリリアのところへ行き、何やら顔を寄せてひそひそ話をしている。サイラスさんは背がとても高く、鍛えられた体はいかにも強そうな討伐者という感じだ。しょっちゅう長い前髪をかきあげながら話す仕草はちょっと鼻につくけど、それに色気があると言う女性もいる。見れば見るほど、リリアの好みだ。リリアの横顔は、遠目から見ても明らかにはしゃいでいる。
話を終えたサイラスさんはリリアに片手を上げ、気取った歩き方でギルドを出ていった。
「エルナ、サイラスさんが知り合いに連絡を取って色々聞き出してくれたから、この後一緒に話を聞きにいくわよ」
「私も行っていいの?」
思わず口から出た私の言葉に、リリアはムッとした顔で私を睨んだ。
「何誤解してるの? サイラスさんは協力者なのよ?」
「ごめん、そういう意味じゃないんだけど」
いけない、つい思っていたことを言いそうになってしまった。でもやっぱり、リリアはサイラスさんに心変わりしているんじゃないかと思ってしまう。リリアは素敵な人を見るとすぐに恋に落ちるけど、恋人と長続きした試しがない。友人としてのリリアは大好きだけど、彼女の恋愛に関する考え方はちょっと理解できないところがある。そもそもよく知りもしない男性のことを、どうして好きになれるんだろう。もしかしたら、すごーく悪い人かもしれないのに。
「エルナ、リリア、お疲れ様!」
夜の担当の受付嬢が、交代の為にやってきた。今日フローレさんは休みのようで、私はなんとなくホッとした。
♢♢♢
急いで着替えをすませ、私とリリアは街で一番大きな酒場である『ミルデン酒場』へ向かった。ミルデン酒場は大通りに建つ三階建ての建物で、とにかく広い。ここに来れば大抵誰か知ってる人が飲んでいる。討伐者もよく利用するので、見知った顔もちらほら。私とリリアはさっそく顔見知りの討伐者から声をかけられた。
「二人で飲みにきたなら、こっちで一緒に飲もうよ」
「ごめんなさーい、今日は他の人と約束があるの」
既に相当酒を飲んで顔が赤らんでいる討伐者たちを、リリアは軽くかわす。この店は少し苦手だ。どこで知り合いに会うか分からないし、秘密の話には向かない場所だと思う。本当は別の店がいいんだけどな……と思いながらリリアについていくと、リリアは店員に話しかけ、サイラスさんと待ち合わせしていることを告げた。
店員に案内してもらい、階段を上って二階まで行く。二階のテーブルにも多くの客がいて、店内はかなり賑わっていた。二階の隅にあるテーブルに一人で座っていたのが、サイラスさんだった。
「待ってたよ。さあ、二人とも座って。君、お嬢さんたちにエールを二つ頼む」
「はい、二つね」
店員が戻っていくのを見送りつつ、店内の様子を眺める。店の喧騒が、ちょうどよく私たちの内緒話をかき消してくれそうだ。二階はテーブルの間隔が広く、一階と比べるとゆったりとしている。見たところ、近くにギルドの関係者はいないみたいでホッとした。
エールはすぐに私たちの前に置かれた。三人でまず乾杯をしたあと、早速本題に入る。
「ルナストーンの友人と話して、フローレのことについて尋ねたよ。だが……少し妙なんだ」
サイラスさんの口から出た「妙」という言葉に、私とリリアは首を傾げた。




