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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第70話 妙なことは続く

 変なことは他にもあった。


 仕事復帰して三日目。ギルドに出勤して更衣室に入ると、交代の受付嬢が何かを必死に探していた。


「何か探し物?」

「あ、エルナ! テーブルに置いてた櫛が見つからないのよ」

「本当に、ここに置いてたの?」

「……置いてたと思うんだけど……お昼休みまでは確かにあったの」

 

 更衣室には休憩用のソファとテーブルがある。彼女はテーブルの辺りを見回しながら困った顔をしていた。


「櫛を見つけたら、知らせるね」

「ありがとう。もしかしたら別のところに置いてきちゃったかな……とりあえず、私は帰るわね」

「お疲れ様」


 彼女が帰ったあと、制服に着替えた私は久しぶりに書庫へ向かった。ギルドの中には、職員だけが入れる書庫がある。中はそれほど広くなく、壁一面の本棚にぎっしりと本が並んでいる部屋だ。本の中身はすべて、魔物に関するものばかり。

 ギルドで働き始めた頃は、よく書庫で本を読み漁っていたものだ。監視班や調査班が長年調べた資料がここに揃っているので、職員たちはよく書庫にやってきては調べ物をしている。当然ながらここにある資料は門外不出。外に持ち出すときは、書庫の担当者に許可をもらわなければならない。


 ここへ来た目的は、ミルデン近くの街道沿いに出現した、魔植物である『トラップフラワー』について調べるためだ。トラップフラワーにはいくつか種類があり、今回出現したタイプは私の知らないものだったので、書庫に資料があるんじゃないかと思ったのだ。


 目的のものはすぐに見つかった。魔植物ばかりを集めた本を開くと、受注書に書いてあるトラップフラワーと同じものがあった。どうやら今回出現したものは、見た目が違うだけでなく周囲に毒の霧を放つらしい。山のふもとにある洞窟内などに生息しているので、このタイプが街の近くで見つかるのは珍しい。

 すでに一度、討伐者がトラップフラワー退治に出かけ、すべて刈り取ったはずだったけど、再び別の場所で見つかったのだという。繁殖力も強いらしく、なかなか厄介な相手だ。

 

 ギルドには再びトラップフラワーの討伐依頼が届いていた。依頼主の『商業ギルド』からは特別報酬が出るらしい。商業ギルドからの依頼は、難易度のわりに報酬が高いことで知られている。そのため討伐者たちは、奪い合うように依頼を受けて出発していったようだ。商人からの依頼はギルドの報酬に上乗せされることが多く、討伐者にとっては『美味しい依頼』なのだ。


 私は書庫の担当者に本を借りたいと告げ、貸出書に自分の名前を書いた。これはいつもの流れで、資料を借りたい人はみんなそうする。ちなみに資料をギルドの外へ持ち出すことは禁止だ。読むときはギルドの中で、というのが鉄則。ここにあるのは貴重な資料ばかりで、討伐者ギルドと同じく魔物を狙う『異端討伐者』が欲しがる情報もある。だから勝手に外に持ち出したり、人に見せたりしてはいけない。


 本を借りたあとは、休憩中に職員食堂でじっくりと本を読み、その日のうちに本を返した。夕食はフローレさんと交代で食堂へ行き、軽く食べる。今日はビーツの赤が鮮やかな野菜煮込みとパンを食べた。そのあといつも通りに仕事をして、家に帰ってお風呂に入り、ベッドに潜り込んですぐに眠りに落ちた。



 ♢♢♢


 

 そして翌日。ギルドへ向かうと書庫の担当者に呼び出された。何だろうと思い、書庫へ入ると担当者は困った顔をしながら私を手招きしている。


「ごめんなさいね、急に呼び出したりして。ねえエルナ、実は本が一冊なくなってるんだけど……心当たりない?」

「本がなくなった?」


 私は担当者に思わぬことを言われて驚いた。


「今朝、本棚を見ていて気づいたの……ほら、ここ」


 そう言って彼女は本棚を指さした。確かに、本一冊分の隙間ができている。


「ここにあった本がないんですか?」

「そうなの……貸出書のサインもないし。昨日までは確かにあったから、昨日本を借りた人にこうして確認しているというわけなのよ」

「私が借りたのは魔植物に関する本ですし、他に本は借りてないですよ」

「ええ、もちろんあなたを疑っているわけじゃないのよ。念のため、みんなに確認しているの」


 担当者は困惑しているみたいだ。もしも本が紛失したとなれば大問題になる。


「ちなみに、ここにあった本はどういうものですか?」

「ここにあったのは、アルーナ地方の歴史について書かれたものよ」

「アルーナ地方ですか」

 

 アルーナ地方はミルデンから近い。大きな湖と深い森、アルーナ村、そしてドラゴンが眠ると言われる『アルーナ山』がある。確かに大事な資料の一つではあるけど、ギルドの情報としてはそんなに重要なものではない。教会の図書館にも、似たようなものはあると思う。


「エルナ、本のことで何か分かったら教えてくれるかしら? 誰かが書庫に出入りしているのを見たとか、何でもいいの」

「分かりました」


 書庫を出て、考え事をしながら廊下を歩く。

 支給品の回復薬が三本なくなった。今度は書庫から本がなくなった。そういえば、同僚は櫛がなくなったと言っていたけどこれも偶然? どうしてこんなに紛失が続くんだろう。ただの偶然ならいいけど、誰かが盗んでいるとしたら?

 だとしたら、何が目的なんだろう。回復薬を盗んだとして、それを三本全て店に売ってもせいぜい銀貨一枚とちょっと、というところだろう。回復薬はギルドから支給品でもらえるし、薬師ギルドに行けばいつでも買える。討伐者以外には用途のない薬だから、高く売れるものでもない。

 

 アルーナ地方の本だって、中身はただの歴史書だ。アルーナ地方に興味があるなら読みたいだろうけど、盗むほどの価値があるものでもない。


 回復薬はきっと担当者の数え間違いだろう。本はきっと誰かがサインをし忘れて持って行ったに違いない。二つの異変は偶然起こったことで、誰かが盗んだわけじゃない。


 私は自分に言い聞かせながら、受付に向かう。今日は受注担当官のバルドさんがいる。バルドさんは私と入れ替わりで休みを取っていたので、こうして会うのは随分久しぶりのような気がする。


「おお、エルナ。怪我は大丈夫かい?」

「もう大丈夫ですよ。ご心配おかけしました」

「それは良かった。あ、そうそう。フローレの補佐をしてくれて助かったよ。もう彼女は一人で平気そうだから、明日からまた昼の担当に戻ってもらっていいかい?」

「はい、明日からですね」


 フローレさんは私の補佐など殆ど必要がない人だ。もう私がいなくても一人で受付に立てる。夜の部は楽な仕事だけど、私はやっぱり昼の方が好きだ。夜に働くと帰りに夜猫亭でエールを飲むこともできないしね。

 元の生活に戻れることにホッとしながら、私は受付カウンターに向かうのだった。

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