第7話 無くなった受注書
討伐者ギルドの最上階に、ミルデン支団長であるアメリアさんの部屋がある。私は彼女が座る机の前に立ち、背筋を伸ばしたまま片膝を下げる。
「来たわね、エルナ」
「……はい、アメリアさん」
アメリアさんは笑顔で私を見たけど、いつも通りなのが逆に怖い。よほどのことがなければ、ここへ呼ばれることはない。
討伐依頼の受注書は、当たり前だがギルド関係者しか見ることのできないものだ。受注書には魔物の種類、生息域が詳しく書いてある。受注書はとても貴重な情報源なのだ。
魔物は恐ろしいものだけど、魔物の素材は私達の生活を豊かにしている。魔物を倒して手に入った素材は高く売れる為、魔物を狙うのは討伐者ギルドだけではない。町の外には『異端討伐者』と呼ばれる組織があり、彼らは討伐者の獲物を横取りしようと狙っているのだ。
異端討伐者達にとって、受注書は苦労せずに魔物の居所を知ることができるものだ。彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいもの。だからこそギルドでは、受注書の取り扱いは慎重にと言われている。
つまり、今のこの状況は「大問題」というわけである。
「――なるほど、目を離した隙にその少年が受注書を盗んだというわけなのね?」
「はい! 申し訳ありません!」
「少年の顔に見覚えは? 手がかりはラウロという名前だけ?」
「はい! 申し訳ありません!」
「落ち着いて、エルナ。私の質問に答えなさい」
「……すみません」
正直言って落ち着いてなどいられないけど、アメリアさんはずっと穏やかな表情で話していて、その顔を見ていたら段々冷静になってきた。
「……私の知らない顔です。ラウロという名前以外の手がかりはなくて……」
「そう、分かったわ。後のことは私に任せて、あなたは仕事に戻りなさい」
「はい、あの……あの子がもし、異端討伐者に受注書を売る目的で盗んだとすると……」
「その可能性はあるけれど、まだ断定はできないわ。とにかく今はラウロという少年を探すのが先。あなたはいつも通り、受付の仕事に戻って討伐者のお手伝いをしなさい。いいわね?」
「……はい」
支団長室を出た私は、その場で大きく深呼吸をした。もしも無くなった受注書が異端討伐者の手に渡れば、私はその責任を取らなければならない。
昔、ある受付嬢が悪い男に騙されて、貴重な魔物の情報が載った受注書を男に渡してしまった事件があった。男は金でその受注書を異端討伐者に売ってしまい、ギルドよりも先に異端討伐者の手によって魔物は倒され、素材も全て奪われた。
受注書を渡した受付嬢に対して、アメリアさんはクビを言い渡した。いつも優しい彼女だけど、こういうところはとても厳しい。特に受注書の取り扱いとか、監視班の情報とか、異端討伐者に知られたくないことに関しては。
「私もクビかなあ……」
どうしても嫌なことを考えてしまう。でも今はアメリアさんの言う通り、仕事に戻らなきゃいけない。
♢♢♢
夕方に仕事を終えた私は、制服から丸襟のブラウスと若草色のプリーツスカートに着替える。今日は真っすぐ帰る気分になれないから、行きつけの酒場にでも行こうかな……そんなことを考えながら、ギルドの外に出た。
ギルドは高台の上にあるから、ここから綺麗な街並みが良く見える。仕事が終わった後に見るこの景色が好きだ。あちこちの建物からはもくもくと煙が出ている。夕食の支度をしているのかな、酒場やレストランでは開店準備をしているのかな。太陽はもうすぐ一日の仕事を終え、眠りにつく頃だ。
いつもの景色を見ていたら、ほんの少し元気が出てきた。坂道をひたすら下り、町の広場に出た所で後ろから私を呼ぶ声がした。
「エルナ!」
その声に聞き覚えがある気がして、まさかと思いながら振り返るとそこに立っていたのはアレイスさんだった。
「アレイスさん! こんばんは」
アレイスさんはいつものようにマントを羽織り、手に長杖を携えていた。これからギルドに向かう所なのだろうか。アレイスさんは心配そうに眉を下げ、私に近づいてきた。
「どうしたの? 何かあった?」
「え? 何かって……」
「今にも死にそうな顔で歩いているから、思わず声をかけたんだ。具合でも悪い?」
自分では元気なつもりだったけど、アレイスさんから見れば顔色が悪かったみたいだ。どうしよう、変に心配させてしまったな。取り繕うように、私はアレイスさんに微笑んだ。
「大丈夫です! ちょっと仕事で失敗しちゃって……」
「失敗?」
「ええ、まあ……多分、ギルドに行ったら誰かに聞くと思いますけど……ごめんなさい、討伐者さんにお話しすることじゃなかったですね。アレイスさんはこれから依頼を受けに?」
「いや、討伐者階級が上がるって知らせを受けて、新しいバッジをもらいにきたんだ。そうだ……エルナ、この後何か用事ある? 時間があるなら、少し僕につき合ってくれない?」
私は思わずポカンとして、言葉がすぐには出てこない。
「え……ええっと、用事はないです」
「なら良かった」
アレイスさんは私に優しく微笑んだ。動揺したまま、私はアレイスさんと一緒に歩き出した。