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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第67話 リリアのお見舞い

 アレイスさんがお見舞いに来た日の夜。帰宅した母は、ダイニングテーブルの上に飾られた花瓶をじっと見ていた。


「綺麗な花ね。誰か来たの?」

「うん、昼間アレイスさんがお見舞いに来てくれたの」

「……アレイスさんが? そう」


 少しドキドキしたけど、母はアレイスさんの名前を聞いても特に反応を示さなかった。ただ、鮮やかなオレンジ色のバラをじっと眺めている。


「わざわざ花束まで持ってお見舞いに来るなんて、よほどあなたのことが心配だったのかしら」

「……どういう意味? アレイスさんは、自分のせいで私が怪我をしたと思ったから、こうしてお見舞いに来てくれたの」


 母の言い方が引っかかった私は、思わず言い返してしまった。母は少し困ったような顔で私を見る。


「エルナ。別に他の意味なんてないわよ。ただ、こんなに高いバラを花束にして持ってくるなんて、随分気前のいい人だって少し驚いただけ」

「えっ、そんなに高いの? このバラ」


 私は花に詳しくないから、ただこの花束が綺麗だとしか思っていなかった。母はため息をつきながら私に笑う。


「そうね、一本で銀貨二枚はするわね」

「銀貨二枚……!? お花一本の値段で、酒場に行けばエールと料理を頼めちゃう!」

「オレンジ色がこれだけ鮮やかに出ているものは珍しいわ。いいバラだから高いと思うわよ」

「そんなに貴重な花だったなんて知らなかった……こんな安い花瓶に飾っていいお花じゃないね」


 家にある花瓶はどれも少し傷があったり、色がくすんでいたりするものばかりで、ろくなものがない。真っ白な花瓶に飾れば、オレンジの美しさももっと引き立つだろう。本当なら、お金持ちのお屋敷に飾られるべきバラなのだ。


「どこに飾ろうがバラはバラ。あなたが気にすることじゃないわよ。さて、私はご飯の支度をしてこないと。あなたもお腹すいたでしょ?」

「私も手伝うよ、お母さん」

「あなたは怪我人なんだから、大人しくしていなさい。簡単なものでいい?」


 母は笑いながら私を制し、台所へ消えていった。大人しくしていろと言われたけれど、じっとしているのも退屈なので、私も台所へ行って母の手伝いをした。

 母は手早くかまどに火を入れ、昨日の残り物の野菜とベーコンを煮込んだものを温める。私は皿を食器棚から取り、母に渡す。母が皿に盛りつけた料理に、私は香草をちぎって散らした。あとはパンを用意すれば夕食の準備が完成だ。時間がないときは、大体こんな感じの食事で済ませることが多い。台所に立つのも嫌な時は、パンとチーズだけで済ませてしまうこともあるくらいだ。


「そろそろパンを買いに行かないとねえ」

「それなら、私が明日買いに行ってくるね」

「何言ってるの。その腕で買い物に行くつもり? 私が行くからいいのよ」


 二人で向かい合い、他愛ない会話をしながらご飯を食べる。怪我をしたのは仕方ないけれど、忙しい母にいろいろと負担をかけてしまい、私は申し訳ない気持ちになっていた。


「ごめんね。お母さんが持ってきてくれた塗り薬が効いたから、思ったよりも早く仕事に戻れそうなんだけど」

「それでもあと二、三日は休んでいなさい。また痛めたらどうするの?」


 買い物くらいなら平気だと思うんだけどな……と思いながら、私は渋々母の言う通り、大人しくしていることにした。


 

 ♢♢♢


 

 翌日はリリアがお見舞いにやってきた。玄関を開けると、リリアが弾けるような笑顔で立っていた。こうして改めて見ると、やっぱり私の友達は美人だ。


「ごめんね、お見舞いに来るのが遅くなって! ようやく今日休みなの。はい、これお見舞い」


 リリアは鞄の中から、綺麗にリボンがかけられた箱を取りだして私に渡した。


「わあ、これ『妖精の杖』のクッキーじゃない?」

「そうよ。ちょっと奮発しちゃった」

「嬉しい! すぐに紅茶を淹れるね。さあ、入って入って」


 リリアを家に入れ、私は急いでお湯を沸かしに台所へ向かう。『妖精の杖』はミルデンでは高級な菓子店だ。目にも美しいクッキーが名物で、あっという間に売り切れてしまうほどの人気。値段が高いので、私は自分で買ったことがない。前にアメリアさんが「もらったからおすそ分け」と言って私たちに食べさせてくれたことがある。そのとき味わったクッキーの美味しさは、いまだに忘れられないほどだ。


 紅茶を淹れ、リリアにリビングまで運んでもらう。テーブルの上には紅茶がたっぷり入ったポットと、『妖精の杖』のクッキーが並ぶ。クッキーは形がそれぞれ違っていて、見た目にも楽しい。花びらのような形で真ん中にジャムが乗っているものや、紅茶の茶葉が練りこまれたものなど、どれから食べようか迷ってしまう。


「美味しい……! リリア、ありがとう。すっごく美味しいね」

「いいのよ、私も食べたかったし。でも安心したわ、思ったより元気そうで」

「痛みもだいぶ引いたし、明後日には仕事に戻るつもり」

「良かった! あの時はエルナ、鞄が当たって倒れて気を失ったでしょ? 本当に心配したんだから」


 リリアは胸に手を当ててため息をついた。


「レイチェルさんが言うには、痛みで血の気が引いて気を失ったんじゃないかって。私も気絶するなんて驚いちゃった。心配かけてごめんね」

「いいのよ。元はといえば私が頭に血が上って、あのお嬢様と言い合いになったせいだし……セスにも怒られちゃった。お前はカッとなりやすいから気をつけろって」


 リリアは彼氏にも注意されたみたいで、しょんぼりとしていた。


「リリアのせいじゃないから気にしないで。それより、仕事はどう? ただでさえ受付は人手不足なのに私が抜けちゃって、みんなに負担がかかってないか心配なの」

「そんなこと心配しないで。そうそう! エルナに伝えようと思ってたの。ちょうど新しい受付嬢が入ることになったのよ。昨日挨拶に来てたみたい」

「新しい受付嬢?」

「そうなの。突然で驚いたんだけど、なんでもアメリアさんの紹介らしいわ。うちでは新人だけど、ルナストーンのギルドで受付嬢の経験があるから、基本的な仕事は分かるみたい。フローレって名前で、まだ二十歳なんですって」

「なら安心ね。よかった、これから少しは残業が減りそうかな」


 新人が来るという話は初耳だった。驚いたけど、アメリアさんの紹介なら間違いないだろう。受付嬢はずっと人手が足りなくて、よく残業することがあったから、新しい人が増えるのは大歓迎だ。フローレという新しい受付嬢はどんな子だろう。仲良くできるといいなと思う。

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