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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第64話 静かな病室

 病室に飛び込んできたアレイスさんは、すっかり慌てた様子だった。


「ようやく来たわね、アレイス」

「支団長。家にギルドの馬車が迎えに来て、急いで駆けつけたんです」

「いい加減、家に伝話でんわを置いたら? あなたと連絡が取りにくくて不便だわ」

「伝話を置くと、ルシェラ嬢からひっきりなしに連絡が来るので……今の家に越してからは置かないようにしているんです」

「ああ……そういうこと。なら仕方ないわね」


 アメリアさんは同情するようにアレイスさんへ視線を向けた。確かに、彼の家に伝話があるのを見たことはない。伝話はアインフォルドのような遠い街とも連絡が取れて便利だけど、その便利さゆえにアレイスさんは伝話を置くことができない。どこでも繋がる、というのは時に不便だ。


「まさかこんなことになっていたとは知らず……エルナ、怪我の具合は?」

「大丈夫です。軽い怪我ですから」


 肩で大きく息をしているアレイスさんは、私の腕に巻かれた包帯を見ると、ぐっと拳を握りしめた。


「僕のせいでエルナが怪我を。何と言ってお詫びしたらいいか」

「本当に気にしないでください。悪いのはルシェラ嬢です」


 ルシェラ嬢の問題は、もうアレイスさんのせいという次元を超えている気がした。これは彼女自身の内面の問題だろう。


「アレイス、エルナの言う通りよ。あなたが気に病んでも仕方がないわ。ルシェラ嬢は今から飛行船でアインフォルドに送り返しますから、もうあなたに近づくことはできない。ルシェラ嬢の父親には、私から手紙を書きますから、あなたは心配しないで」

「何から何まで、すみません」


 アレイスさんはずっと動揺した表情を浮かべていた。いつも冷静な彼がこんなに慌てているのを見るのは初めてだ。髪は乱れ、服もシャツ一枚という部屋着のような姿。馬車が迎えにきて、慌てて飛び出してきたのだろう。


「エルナは腕を怪我しているから、しばらく仕事を休ませるわ。あなたもしばらくギルドに来ない方がいいわね。当分はルシェラ嬢とあなたの噂で持ちきりでしょうから」

「はい。ギルドにもご迷惑をおかけしました」


「では、私は手紙を書いてくるから戻るわね」


 アメリアさんはそう言い残し、病室を出て行った。再びしんとなった病室で、アレイスさんはぼんやりと立ち尽くしていた。


「アレイスさん、本当に気にしないでくださいね」


 私が声をかけると、アレイスさんはハッと我に返り、ようやく笑みを見せた。


「ありがとう。エルナが怪我をしたと聞いて、生きた心地がしなかったよ。大怪我にならなくて良かった」


 彼は笑顔を浮かべながら、ベッド脇の椅子に腰かける。


「怪我をしたのは、腕だけ?」

「はい。転んで気絶してたみたいですけど、もうなんともないです。腕はちょっと痛いかな……」


 私は軽く右腕を持ち上げてみた。ずきっと痛みが走り、思わず顔を歪める。利き腕を怪我すると不便だ。母にも迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと、気が重くなった。討伐者ならこのくらいの怪我は『回復薬』で治せるけど、あれは討伐者だから耐えられるものだ。私のような普通の人間は、回復薬の副作用に体が耐えられない。こうして時間をかけて治すしかない。


「きっとすぐに治るよ。しばらく仕事を休むんでしょ? あとでお見舞いに行くから」

「大げさですよ。腕を怪我して仕事にならないから休むだけです」

「それでも、行くよ」

「……分かりました。それなら、お待ちしてます」


 苦笑いしながら頷くと、アレイスさんは私の頭の辺りをじっと見た。


「エルナ、僕があげたリボンは?」

「あ……今日は別のリボンに変えちゃったんです。雨だから濡れるといけないと思って……あのお守り、すごい効力ですね。リボンを外した途端にこうなっちゃうなんて」


 やっぱりアレイスさんのリボンを外すべきじゃなかった、と私は後悔した。お守りなんてただのおまじないだと思っていたけど、ひょっとすると本物だったのかもしれない。

 アレイスさんは私の話を聞いたあと、しばし黙り込んだ。どうしたのかなと思っていると、再び笑顔を浮かべた。


「雨なんて気にしなくていいのに。でもそうだね、替えのリボンがあってもいいかもしれない」

「替えなんていいですよ。一つで十分です!」

「今度お見舞いに行く時に、またリボンを持って行くよ」


 私は断ろうと思ったが、アレイスさんは一度言い出したら聞かない人だ。大人しく彼の気持ちを受け取ることにしよう。


 それからしばらく、彼は病室にいた。ルシェラ嬢がギルドに押しかけてきたときの話をすると、アレイスさんは呆れたようにため息をついていた。その後は世間話をしたり、二人でぼんやりと窓の外を眺めたりして過ごした。


 私はこの時間が、とても心地よかった。アレイスさんがそばにいてくれることが、心強くて安心できる。男性に対してこんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。


 

 ♢♢♢


 

 しばらくすると、近づく靴音が聞こえ、扉が開いた。アメリアさんが病室に入ってくる。


「飛行船の準備ができたから、今からルシェラ嬢を見送ってくるわね」


 ようやくルシェラ嬢がアインフォルドに戻る……ホッとした私は、アメリアさんに声をかけた。


「アメリアさん。私も彼女の見送りに行ってもいいでしょうか?」

「エルナ、何を言うんだ!?」


 アレイスさんは私の言葉に目を丸くした。


「エルナ。あなたが見送りに行く必要はないわ」

「分かってます。一言ご挨拶をしたいだけです」

「あなた、喧嘩をしに行くんじゃないでしょうね?」

「そんなことしませんよ」


 私が首を振ると、アメリアさんはフッと笑い、小さく頷いた。


「それなら、私と一緒に行きましょうか。アレイスは来ちゃ駄目よ。あなたは顔を見せないで」


 アレイスさんは「はい」と頷いた。私はゆっくりと体を起こし、アメリアさんと一緒に飛行船乗り場へ向かった。

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