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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第61話 雨の中は憂鬱

 ルシェラ嬢がギルドに押しかけてきた翌日。

 私は窓の外に打ち付ける雨音で目を覚ました。まだ半分しか開いていない目を無理やりこじ開けてカーテンを引くと、どんよりとした雲からしっかりと雨が落ちている。


「今日は傘が必要かな……」


 雨はしばらくやみそうにない。朝から雨だと気持ちも沈んで、やる気も出てこない。それに心配なこともある。ルシェラ嬢とアレイスさんの話し合いはどうなっただろうか。うまく説得できていればいいけれど、もし説得できなかったら?

 あるいは、ルシェラ嬢の強い気持ちを知ったアレイスさんが、彼女との結婚を受け入れるかもしれない。ルシェラ嬢は可愛らしい人だったし、アインフォルド支団長の娘で貴族でもある。家柄だって彼に釣り合う。


 窓の外を見つめながらぼんやり考えていると、どんどん想像が嫌な方へと傾いていく。私は首を振り、気を取り直した。朝から嫌なことを考えるのは、きっと雨のせいだ。ベッドサイドテーブルの置時計を見ると、いつも起きる時間よりもだいぶ早い。どうりで外も薄暗いわけだ。


 今日は早く起きたから、絵でも描こうかと思い立った。温室に行けば題材はいくらでもある。買ったばかりのデッサン帳と鉛筆を抱え、私は静かに階段を下りて温室へ向かった。


 温室の中は相変わらず植物で埋め尽くされている。先日母が見事に咲かせた『太陽の花』は、もう薬師ギルドに持って行ったようで姿はなかった。太陽の花は強力な回復薬の材料になるという。母の話では瀕死の重傷さえ救える力があるらしい。そんな薬が本当にできたら、討伐者の命をより多く救えるかもしれない。


 本当は太陽の花を描きたかったけれど、ないので別の花を選ぶ。ワイルドパンジーは紫色の小さな花で、ちょうど満開だった。これにしよう。


 しばらく絵を描いていると、背中から「あら、随分早いのね!」と声がした。


「おはよう、お母さん」

「どうしたの? こんな早くに」

「雨音で目が覚めちゃったから、絵でも描こうかと思って」


 母は私の絵を覗き込み、うんうんと頷いていた。


「ワイルドパンジーを描いていたのね。あとで色もつけるんでしょう?」

「せっかくの綺麗な紫だもん、色も塗らないと。さて、私、朝ご飯の支度してくるね」

「あら、私が作るわよ?」

「お母さんは温室の手入れがあるでしょ? 気にしないで」


 温室を出ようとした私に、母は慌てて声をかけた。


「だったら、今日はパンケーキが食べたいわ」

「パンケーキ?」


 正直、面倒だな……と思いながら私は振り返る。


「今日は雨で気が滅入るし、美味しいものを食べて元気をつけたいのよ」

「そういうこと……まあ、いいけど」

「ありがとう! ベーコンもつけてね」


 母は無邪気な子供のような笑顔を見せた。私もパンケーキと聞いて急にお腹が空いてきた。急いで支度をしよう。


 

♢♢♢


 

 母と向かい合い、私は出来立てのパンケーキを口に運ぶ。

 お皿の上には薄いパンケーキが二枚と、こんがり焼けたベーコンが一枚。その上にバターとたっぷりのハチミツをかける。甘じょっぱくてとても美味しいこの組み合わせは、母の大好物だ。母は私が幼い頃、時々朝食にパンケーキを焼いてくれた。今思えばきっと、自分が好きだったからよく作っていたのだろう。


「今日は夜まで雨かしらね……雨だと調合が失敗しやすくなるから嫌だわ」


 母は窓の外に目をやりながらぼやいている。


「うちの気象師が言うには、あと二、三日は雨が続くみたい」

「そうなのね。雨だとお客さんが増えるから、今日も遅くなるかもしれないわ。先に夕飯食べていてちょうだい」

「分かった。頑張ってね」


 討伐者ギルドは雨の日はむしろ受付が減る傾向にある。雨の日は出かけずにゆっくりしたい、ということなのだろうか。雨は憂鬱だけれど、ギルドが空いている分、今日の仕事は楽かもしれない。


 食事を終えて部屋に戻り、支度を済ませた。いつもはアレイスさんにもらった夜空のような色のリボンを付けるけど、今日は雨だから大切なリボンを濡らしたくなくて、別のリボンにした。少しでも明るい気分になれるよう、鮮やかなオレンジ色のリボンを結んだ。


 家を出る時はきちんと傘を持った。あちこちに水たまりができていて、うっかり足を入れないよう慎重に歩いた。荷馬車から荷物を下ろしている人たちは、フード付きの上着を着て慌ただしく荷物を店に運び込んでいる。フードから雨が滴り、みんなびしょびしょだ。私は彼らの邪魔をしないようそばを通り抜け、ギルドへと急いだ。


 

♢♢♢


 

 やはり今日のギルドは空いていた。朝から数組の討伐者パーティーに依頼を紹介したあと、訪れる人の姿は途絶えた。

 リリアとお喋りしながら時間を潰していると、医師のレイチェルさんがやってきた。


「エルナ、あなたのお母さんから伝話があったの。時間が空いたら試作品を取りに来て欲しいそうよ」

「お母さんが? もう、いつも急なんだから……」

「今なら暇だから、もう行っちゃえば? エルナ」


 リリアが横から口を挟んできた。確かに、お昼休みまでまだ時間があるし、討伐者もあまり来ないからリリア一人に任せてもよさそうだ。


「そうね……バルドさんにちょっと聞いてくる。レイチェルさん、ありがとう」

「いいのよ。ジェマさんによろしく。あ、それとこの間作ってもらった塗り薬、効果てきめんだったってジェマさんに伝えてくれる?」

「はい、伝えておきますね」


 レイチェルさんが戻ったあと、私は奥の部屋で仕事中のバルドさんに許可をもらい、薬師ギルドまで外出することにした。まだ外は雨が降っているから、忘れずに傘を持つ。


「雨のなか大変ね、エルナ」

「人使いが荒いのよ、うちの母は」


 リリアにぼやきながらカウンターを出て、ギルドの外に出ようとしたその時だった。大きな音を立てて扉が開き、中に人が飛び込んできたのだ。


 私はその姿を見て驚いた。はあはあと荒い息をして、目をギラギラさせているその人はルシェラ嬢だった。ルシェラ嬢を追うように、侍女のマーニーが傘をたたみながら入ってくる。


「アレイス様をたぶらかした女は、一体誰!?」


 私とリリアは、ルシェラ嬢の言葉にポカンとなった。

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