第51話 ギルド見学会
エディさんの解呪が終わった後、私は家に帰って倒れ込むように眠った。たっぷり寝たので翌日は元気復活、鏡に映る顔色もいい。いつもの化粧をして、髪を高い位置で一つに結ぶ。アレイスさんからもらったリボンを最後に結び、支度は完成だ。
アレイスさんはこのリボンを「お守り」だと言っていた。ただの冗談なんだろうけど、なんとなく私はいつもこのリボンをつけている。呪い騒ぎを目の当たりにしたこともあって、ますますこのリボンが手放せなくなった気がする。いつの間にか、本当のお守りみたいになっている。
ギルドはいつもと同じ日常に戻っていた。エディさんはあの後すっかり元気を取り戻して帰って行ったという。どうやらあのブーツは行商人ではなく、ストームクロウにある闇の市場で買ったものだったらしい。どこで買ったのか言いたがらなかったのは、そういう事情だったのだ。盗品だから安いと思ったらしいけど、まさか呪いがかかった品だったなんて……やっぱり闇の市場は危ない場所だ。
「ねえエルナ、明日ギルドの見学会だったわよね?」
受付の業務がようやく落ち着いた頃、隣にいたリリアが思い出したように言ってきた。
「……あ! そうだった。すっかり忘れてた……」
討伐者ギルドでは、街の子供たちに向けて見学会を開くことがある。討伐者の仕事について知ってもらうため、ギルドの中を案内するのだ。ゆくゆくは彼らに討伐者を目指して欲しい――それがギルドの狙い。今回の案内役は、私が担当することになっていた。
「呪い騒ぎで大変だったものね。大丈夫?」
「うん、ゆっくり休んだから平気。ありがとう」
明日のギルドは賑やかになりそうだ。見学会は週に一度の『休息日』の早朝に行われるので、明日は私も早起きしなければ。
♢♢♢
「みなさん、おはようございます!」
ギルドの受付ロビーには、子供たちが集まっている。みんな街の子供で、年齢は十歳から十四歳までといったところ。彼らは朝早くから元気いっぱいだ。まだ受付時間前なので、討伐者は来ていない。
「私は受付嬢のエルナ・サンドラです。今日はミルデン支団の見学会に来ていただき、ありがとうございます。皆さんにはギルドの中を実際に見学してもらおうと思っています。よろしくお願いします!」
子供たちの反応はバラバラだ。元気よく「よろしくお願いします!」と言う子もいれば、ぼーっと遠くを見ている子もいる。あの子は多分、興味がないのに親に言われて来たんだろうな。
「では、早速この受付ロビーから説明しますね! ここはギルドの窓口となっています。討伐者さんはここに来て、魔物討伐の依頼を申し込みます。私達受付嬢は、討伐者さんに合わせた依頼を紹介しています。無茶な依頼を進めたりすることはありませんので、ご安心ください!」
受付の次は討伐者に支給品を渡す場所、物品班のカウンターだ。
「討伐に向かう討伐者さんの為に、ギルドでは支給品をお渡しして、討伐の手助けをさせていただいています。薬品や双眼鏡、携帯用の食料などもあるんですよ」
子供達に支給品を見せて説明をする。彼らは双眼鏡に興味があるようで、私の説明そっちのけで双眼鏡を覗き込んでいた。双眼鏡なんて普段使わないから、珍しいんだろうな。
気が済むまで彼らに支給品を見せた後、次は隣接する討伐者用の食堂へ移動だ。ここでは実際に子供たちに料理を振舞った。メニューは見学会用に特別に作ったもので、大皿に盛りつけられたミートボールのトマト煮と豆のサラダがテーブルの上に置かれていた。子供たちは歓声を上げ、競うように料理を取り分け、我先にと食べていた。彼らはミートボールのトマト煮がとても気に入ったようだ。私も少し味見をしたけど、子供用に甘く味付けされたトマトソースがとても美味しい。これは討伐者も気に入るかもしれない、後で料理人に話してみよう。
そうこうしているうちに、ギルドが開いて討伐者達がやってくる。早速食堂に来る討伐者がいて、子供達は討伐者の装備に興味津々だ。大きな剣と背中に背負う大きな盾、更に重そうな金属鎧まで身に着けている。討伐者の装備は魔物の素材を利用することも多く、見た目や色も個性豊かで目立つ。子供たちは討伐者の見た目に憧れ、自分も討伐者になりたいと思うのだ。
食事が終わり、次は飛行船乗り場へ彼らを連れて行く。子供たちはみんな行儀がいい。元々討伐者に憧れている子供も多いし、見学会を楽しみにしていたのだろう。キラキラした目でギルド内を見回す子供たちを見ていると、私も嬉しくなってくる。
私も子供の頃、一度だけ見学会に参加したことがある。あれは十歳の頃で、まだ父が生きていた時だ。私は父に憧れ、将来は父と同じ討伐者になりたいと思っていた。この子たちと同じように、ワクワクしながら見学会に参加したのを思い出す。
♢♢♢
「――はい、ここが飛行船乗り場です!」
飛行船を間近で見た子供たちは、わっと歓声を上げて駆け寄った。空を飛んでいる姿はよく見かけるけど、こうして間近で見る機会は滅多にない。飛行船は楕円形で、両翼にワイバーンを模した翼がついている。今は飛ぶ予定がないので、翼は折りたたまれた状態だ。
「せっかくなので、中に入ってみましょうか」
私の言葉に、子供たちは再び歓声を上げた。飛行船へは階段式のタラップを置き、そこから中へと入る。飛行船の中は椅子が壁を背に置かれていて、中央は荷物や退治した魔物を置くスペースとなっている。沢山ある小窓からは外が見える。飛行船に乗る人達は、窓から見える外の景色が最高だと話す。
「これは飛ばないの?」
「残念だけど、今日は飛ばないんです。討伐者にとっては、飛行船が依頼先へ向かう主な移動手段になります。飛行船ならアインフォルドだってほんの数時間で行けちゃうんですよ」
「すげえ!」
「でも……危なくないの? 落ちたりしない?」
一人の女の子が心配そうに呟いた。
「この飛行船は魔石の力で飛んでいるので、通常の運航で落ちることはありません。船長が安全に討伐者さんを目的地までお届けしますので、心配はいりませんよ」
私の説明に、不安そうな女の子がホッと表情を緩めた。実は不幸な事故というのは少ないながらもある。突然ワイバーンが現れて衝突し、墜落したこともあった。そのせいで高所恐怖症になった討伐者さんもいるけど……このことは話さない方がいいだろう。
飛行船の案内が終わり、子供たちを中庭に移動させる。ここではミルデン支団長のアメリアさんが挨拶をすることになっている。少し待つとアメリアさんが中庭に現れ、子供たちの前に笑顔で立った。
「皆さん、ミルデン支団長のアメリア・クロウハートです。私のことはぜひアメリアと呼んでくださいね。討伐者ギルドは、討伐者に魔物討伐を問題なく遂行してもらう為、あらゆるサポートをしています。魔物を監視する『監視班』や、現場で魔物の回収を行う『回収班』など、様々な職員の協力があって、魔物討伐は行われているの」
子供たちは真剣な眼差しでアメリアさんの話を聞いている。アメリアさんは目を細めて子供達を見回し、話を続けた。
「魔物の力は、私達の生活を便利なものにしてくれているわ。例えば皆さんご存知の『伝話』もその一つね。遠くにいる人とも伝話のおかげで連絡が取れるようになり、便利な世の中になったわ。夜の街を安全に歩けるのも、魔石の力で明るく照らす『魔石灯』があるおかげ。飛行船で空を飛び、馬車で何日もかかる場所に一日もかからずに行けるようになった。魔物は人間を襲う恐ろしいものだけど、私達は彼らのおかげで便利な生活を手に入れ、生かされている……このことを忘れないで欲しいの」
「はい!」
子供達の顔を見ると、最初ぼーっとしていた子供の目にも力が宿っていた。あの子の心にも、今日のことがいい思い出として残るといいな。
見学会は終了し、私は子供たちを近くの広場まで送った。彼らはギルド見学を楽しんでくれたみたいで一安心だ。ギルドを出て坂道を下り、広場に到着したところで解散となる。親が迎えに来ている子や、友達同士で帰る子、それぞれ別れの挨拶を交わしていた。
賑やかな子供たちを見守っていると、ふと視線を感じた。そちらに目をやると、見覚えのある男の子が立っていた。よれよれのシャツを着て、長めの前髪から鋭い視線を覗かせている。
「ラウロ?」
間違いない、ギルドの受注書を盗んだ少年だ。ラウロはじっとこちらを見ていた。
私と目が合ったラウロは、パッと目を逸らすと逃げるように去って行く。
「あ、待って!」
私は思わず彼の後ろ姿を追いかけた。




