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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第2章 魔術師アレイスの望み

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第49話 解呪

 エディさんの部屋に戻り、彼にブランケットをかけて体を温めた。エディさんはどんどん顔が青白くなり、昨夜に比べて明らかに体調が悪そうだ。持ってきたお茶を飲ませると、彼は震える手でカップを持ち、少しずつ口にした。


「はあ……温まる」


 ホッとしたようにエディさんは呟く。部屋の中は寒くないのに、彼はよほど寒かったのだろう。


「すみません、私がついていながらエディさんの体調に気づけなくて」

「いや、エルナは気にしなくていいよ! 今朝までは本当に大したことなかったんだ。急に寒気が酷くなってきたんだよ」


 エディさんは慌てて私に首を振る。アレイスさんも私を慰めるように微笑んだ。


「呪いが恐ろしいのはこういうところなんだ。しばらくは体に変化がなく、気づくのが遅れる。呪われた場所が手足だったりすると、体調に変化が出ないこともある。でも、ある程度進むと急激に悪化してくるんだ。エルナ、呪術師はいつ来る予定?」

「多分、お昼過ぎかと……」

「お昼過ぎなら間に合うかな……僕も解呪を見届けたいから、ここでエディを見守ることにするよ」


 アレイスさんが見守ると言い出し、私とエディさんは驚いて顔を見合わせた。


「いいんですか? 今日は依頼を受けに来たんですよね? 呪いに詳しいアレイスさんがいてくれるなら心強いですけど……」

「まだ依頼は受けてないし、問題ないよ。それよりも彼のことが心配だからね」

「ありがとうございます!」


 私はお礼を言い、頭を下げた。エディさんも動揺しながら「あ、ありがとう」とつられて頭を下げる。アレイスさんはいつもの穏やかな笑顔で「気にしないで」と言い、近くの机の椅子を引いて腰を下ろした。


「エディは僕が見ていよう。エルナは呪術師が来るまで少し休むといいよ。昨日寝てないんでしょ?」

「でも、討伐者さんに見守り役なんて……」

「いいから、少し寝ておいで。呪術師が来るまでまだ時間があるんだから」

「……分かりました。じゃあ、隣の部屋にいますから、何かあったらすぐに呼んでください」


 アレイスさんに強く言われ、私は彼の言葉に甘えることにした。


 

 ♢♢♢


 

 呪術師が乗った飛行船が到着したとの知らせを受け、私は急いで乗り場へと走った。まだ昼前で、予定よりもだいぶ早い到着だ。


 乗り場へ着くと、ちょうど飛行船から降りてきた支団長のアメリアさんが、私に気づいて笑顔を見せた。


「お帰りなさい! アメリアさん」

「ただいま、エルナ。呪術師を連れて来たわよ」


 振り返るアメリアさんの視線の先に、年老いた女性の呪術師がいた。やせ細った体を隠すかのように、フード付きのローブには鳥の羽根やカラフルな石がたくさん飾りつけられている。フードから覗く顔は青白く、深い皺が刻まれていた。


 ジャラ、ジャラ、と歩くたびに音を立て、アレイスさんが持つような長杖を手にし、反対の手には大きな鞄を提げていた。呪術師という存在は知っているけど、目の当たりにするのは初めてだ。


「アメリアさんが直接迎えに行ったんですか?」

「たまたま手が空いていたのよ。それに呪術師の予定に無理やり割り込むのだから、こちらとしても誠意を示さないと。エルナ、こちらは呪術師のノアラよ」


 ノアラさんはゆっくりとこちらに近づいてきた。私は慌てて片膝を下げて挨拶をした。


「受付嬢のエルナと申します。お忙しいところ、来ていただき感謝します」

「……ああ、よろしく」


 かすれた声で一言。小柄な身体から溢れ出る迫力に思わず怯みそうになったけど、気を取り直して倉庫へ案内した。気づけば出迎えに来た職員たちで乗り場は急に騒がしくなっていた。


「出迎えありがとう。あなた達は持ち場に戻りなさい。仕事を放り出すつもり?」


 野次馬達はアメリアさんにピシャリと言われ、残念そうに散っていった。彼らも呪術師の仕事を見たかったのだろう。こんな機会、そうそうないもんね。




 エディさんの部屋に案内すると、アレイスさんが目を見開いて椅子から立ち上がった。


「……お久しぶりです、クロウハート支団長」

「あら、アレイスが彼を見ていてくれたの? 助かるわ」

「いえ、討伐者として仲間を助けるのは当然のことです」


 二人が古い知り合いだとは聞いていたが、実際に話す姿を見るのは初めてだ。アレイスさんは背筋を伸ばし、胸に手を当てて軽く頭を下げた。


「思ったよりも早い到着でしたね。昼過ぎと聞いていましたが」

「私が無理を言ってお願いしたのよ。彼女はノアラ。ミルデンで最も頼りになる呪術師よ」

「おだてても報酬はおまけしないよ、支団長」


 ノアラさんは挨拶もそこそこにエディさんへ近づき、顔をじっと覗き込んだ。相変わらず青白い顔の彼は困惑している。


「……で、呪われたブーツというのはそれかい」


 傍らのブーツを見ながらノアラさんが呟く。大きな鞄を床にどさりと置くと、中からいくつかの道具を取り出した。黒い石の付いた大きなネックレスをエディさんに掛け、銀の燭台に蝋燭を灯し、さらにウルティカの葉を束ねたものを持たせる。ウルティカは魔除けに効果があるとされ、薬にも使われる植物だ。


「少し痛いよ」


 ノアラさんはそう告げてエディさんの前にあぐらをかいた。彼は震える声で「……はい」と返す。私とアレイスさん、アメリアさんは固唾を飲んで見守った。


 長杖を胸に当て、ノアラさんが小さく呪文を唱えると、杖の先が光を放ち、エディさんの体に流れ込んだ。


「うああ……!!」


 痛みに顔を歪める。


「動くんじゃないよ」


 低い声で叱責し、再び呪文を唱える。下半身から黒い煙のようなものが立ち昇り、私はぎょっとした。エディさんは目を見開き、汗をだらだら流している。さっきまで寒さで震えていたのに、今は顔が真っ赤だ。


「こりゃあ、相当だね……」


 独り言を漏らしながら呪文を続ける。彼はガタガタと震え、黒い煙を見つめながら唸り続けた。見ているだけでも辛い。


 永遠に続くかと思われたけど、やがて黒い煙は消え、苦しみの声も止んだ。


「……ふう、終わったよ」


 ノアラさんがため息をつき、私達に振り返る。額には汗が滲み、相当疲れているようだ。


「ありがとうございました!」


 私は頭を下げた。アメリアさんもアレイスさんも安堵の表情で礼を述べる。駆け寄ったエディさんは、疲労困憊といった様子で呆然としていた。


「エディさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……大丈夫」


 力なく呟き、弱々しく笑う。私は無事に解呪が終わったことに胸を撫で下ろした。


「このブーツはすぐに火で燃やしなさい。素手で触れてはいかんよ。それと、この男には綺麗なお湯で体を洗わせなさい」

「分かりました、すぐに手配いたします。ノアラさん、お疲れでしょう。少し休んでいかれては」

「そうさせてもらうよ。この呪いはなかなか手ごわくてね、少し手こずった」


 ノアラさんは長杖を支えに立ち上がり、大きくため息をついた。


「エルナ、アレイス。二人とも協力してくれてありがとう。二人には後で特別に報酬を支払うわ。後は大丈夫だから、二人とも帰りなさい」

「は、はい。ありがとうございます!」

「ありがとうございます、支団長」


 こうして、ようやく私の長い一日が終わったのだった。

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