第46話 お手伝い
討伐された魔物が保管されている倉庫に私は向かう。
倉庫は地上二階、地下一階の大きな建物だ。エディさんが隔離されているのは一階らしい。正面入り口から中に入ると、すぐ横に警備担当の職員が常駐している小部屋がある。ここは貴重な魔物素材が沢山あるので、常に警備の人間がいるのだ。
「エルナじゃないか。倉庫に何か用かい?」
「こんにちは。一晩エディさんのお世話役をすることになったんです。手袋をお借りしても?」
「ほう、そいつはご苦労さん。例の討伐者は左に曲がって一番奥の部屋にいるよ。ほら、手袋だ」
「ありがとうございます」
警備の人から手袋を借り、私は倉庫の中へ。廊下を歩いて一番奥にある部屋の扉を開けると、そこはあまり広くない部屋だった。天井まで届きそうな大きな棚があり、中にはずらりと木箱が並んでいる。机と椅子もあったけど、しばらく使われていないみたいでうっすらと埃が積もっている。
エディさんは部屋の片隅で、ぽつんと膝を抱えて座っていた。ブーツは脱いだ状態で彼の隣に置かれていた。呪われたアイテムだから、呪術師が来るまで外に持ち出せないのだろう。
エディさんは私が入ってきたことに気づくと顔を上げた。
「エディさん、体調はいかがですか?」
「……あれ、エルナ? どうしてここに?」
「呪術師が来るまでの間、ここに隔離されていると聞いて。私がエディさんのお世話係として来ました」
「そ……そうなんだ。どうもありがとう」
ポカンとしながら頷くエディさん。見る限り、特に変化はなさそうだ。元気がないのは、いきなりこんな場所に隔離されたせいだろう。
私は部屋の中の様子を見てみる。沢山ある木箱には、それぞれ中身が何なのかメモ書きがある。どうやらここには牙とか爪とか、それほど貴重ではない魔物の小さな素材がまとめて保管されている場所のようだ。部屋には中から繋がる扉があり、開けるとそこにはトイレがあった。なるほど、ここなら隔離にちょうどいい。
「参ったよ……まさかこんなことになるなんてなあ」
エディさんは天を仰ぎながらため息をついた。そばに置かれたブーツは先入観のせいだろうか、不気味な気配を放っているように見えてくる。
「エディさん、そのブーツはどこで買ったんですか?」
「ああ……これ? あれだ、ええと……街に来ていた行商人から買ったんだよ。ロックワイバーンの素材を使ったブーツが安く売られててさ……ついお買い得だと思っちゃったんだ」
エディさんは私の質問に目を泳がせた。やっぱり、彼は怪しい商人からブーツを買ったのかな。誰から買ったのか言いたくなさそうだ。エディさんはブーツを買った後、それを履いて近場の依頼を受けて出発。討伐を終えてギルドに戻ってきた所で、呪いに気づいたという流れだろう。
「討伐の間、何か体調に異変とかなかったんですか?」
「いいや、全く。周りに言われて初めて気づいたんだよ。今も特に何も感じないしね」
エディさんに今の所異変がないのは良かったけど、この後何か変化が起こるかもしれない。私は今夜一晩エディさんを見守る為にここに来た。とりあえずエディさんは地べたに座ったままで環境が良くない。何か床に敷くものを持ってきた方がいいだろう。
私は一旦部屋を出てギルドの中に戻った。職員用の休憩室には仮眠の為のブランケットやクッションが置いてある。適当にそれを持ってエディさんの元に戻った。
「お待たせしました。これ、使ってくださいね」
「あ……ありがとう」
ポカンとしているエディさんに、ブランケットとクッションを渡した。ブランケットは床に敷いてもらい、クッションは枕にしてもらう。快適とは言えないけど、これで少しはましになったはずだ。後は机の上をちょっと掃除しておこう。
「私は今夜倉庫にずっといますので、また時々様子を見に来ますね」
「ずっと!? まさか一晩中起きているつもり?」
「はい、当然です! エディさんに何か異変があったら、すぐに他の職員を呼んできますから」
エディさんはずっとポカンとした顔で私を見ていた。突然こんなことになって、自分がいかに危険な状態であるか気づいていないのかもしれない。でもこのまま放置すれば呪いは広がり、命を落とす可能性だってある。こんな場所で一人きりにさせるのはあまりに気の毒だ。討伐者ギルドは、討伐者を支えるためにある――そのことを、彼に知ってもらいたい。
私は残ったブランケットを抱え、一旦部屋の外に出る。倉庫の中では他の職員が忙しそうに仕事をしていた。広い部屋ではテーブルの上にずらりと魔物の素材が並び、職員達がそれを見ながら紙に何かを書き込んでいた。ここにある素材は調査が終了して解体された魔物のもの。このあとは各ギルドや街の商人に売られていく。討伐者ギルドにとって重要な収入源だ。
「すみません、今夜一晩エディさんの見守りをするんですけど、どこか部屋を貸してもらえませんか?」
「ああ、エルナか。すまないね、手伝ってもらって。隔離部屋の隣を使っていいよ、あそこにはガラクタしかないから」
「ありがとうございます」
エディさんの隔離部屋の隣に入ると、そこは隔離部屋と良く似ていた。大きな棚に沢山の木箱が並び、床にも無造作に木箱が積まれていて雑然としている。箱の中身も多分隔離部屋と似たようなものだろう。机と椅子があったので、ここに座って時間を過ごそう。ブランケットもあるし、後でテーブルランプを持ってくれば、ここで本でも読めそうだ。
不謹慎かもしれないけど――非日常の状況に、私は少しだけワクワクしていた。




