第45話 隔離
ギルド内はにわかに騒がしくなった。調査班や監視班の人たちが集まり、呪われたブーツと思われるものを履いて呆然としているエディさんを取り囲む。
「とにかく急いで呪術師を呼ぼう」
「彼はどうします? このままここに置いておくわけにもいきませんよ」
「調査班で使っている倉庫があるだろう。あそこに隔離してはどうだ?」
私は彼らが話し合っているのを横目で見ながら、地面にへたり込むエディさんに声をかけた。
「すぐに私たちが対処しますので、安心してくださいね」
「あ、ありがとう……エルナ」
エディさんの様子を見ると、顔色は悪いけど目の色はしっかりしているし、変な汗もかいていない。まだ呪いが足で止まっているみたいだ。エディさんのブーツは近くで見ると本当に立派なものだった。革は『ロックワイバーン』のものを使っているのだろうか。ワイバーンの中でも特に頑丈で、並みの刃では歯が立たないと言われている魔物だ。ロックワイバーンの革を使ったブーツだから、値段も相当高いはず。
話し合っていた職員たちは慌ただしく奥へと駆け出していく。きっと呪術師に連絡を取りに行ったのだろう。呪術師は魔物の呪いを解くことができる職業で、ギルドではこうした事態に備えて呪術師と連絡を取れるようにしている。呪術師に呪いを解いてもらえば心配はいらないはずだ。
話し合いの末、エディさんは調査班が魔物の素材を保管している倉庫に移動してもらうことになった。このままロビーに置いておけないし、呪術師が来るまでの間だけだ。
「すみません、エディさん。少しの間だけですので辛抱してもらえますか?」
「……まあ、仕方ないね」
私がエディさんにお願いすると、エディさんは渋々といった顔で立ち上がった。呪いの伝染は、直接呪われた装備品に触れなければ平気だと言われているけど、念のために彼と同行する職員の手には手袋がはめられる。不用意に素手で彼の体に触れたりして、万が一のことがあってはいけない。
エディさんはロープをまたぎ、職員と一緒に飛行船乗り場へ向かう扉から出て行った。調査班の倉庫は飛行船乗り場へ向かう途中にある。討伐者が魔物を討伐して戻ってきたら、飛行船から倉庫へと倒した魔物を運ぶことになっているので、倉庫と飛行船乗り場は隣り合った場所にあるのだ。
倉庫は普段あまり行くことのない場所だけど、頑丈な建物で中はとても広い。中は魔物の死体や素材でいっぱいだ。できれば行きたくない所の一つでもある。もう死んでいるとはいえ、急に動き出すんじゃないかと思って怖くなることがある。
エディさんがいなくなった後、誰もいなくなった受付ロビーで私とリリアはロープを片づけていた。
「今日はこの後暇そうね、エルナ。みんな帰っちゃったし」
「そうね……飛行船で戻ってくる人達くらいかな」
まだ昼過ぎだというのにがらんとしているギルドは珍しい。呪いのブーツ騒ぎでみんな帰ってしまったし、依頼を終えて戻ってくる人も少ないだろうから、今日はもうあまりやることがなさそうだ。二人で世間話をしていると、受注担当官のバルドさんが頭をかきながらやってきた。
「今日は受付業務を閉めることになったから、二人とももう帰っていいよ」
「いいんですか?」
「ああ。後は飛行船で戻ってくる討伐者がいくらかいるだろうが、俺が対応しておくから」
「やったあ! ありがとうございます!」
リリアは目を輝かせながら満面の笑みを浮かべている。思わぬ形で早く帰れることになったけど、私はエディさんの呪いのブーツのことで頭がいっぱいだった。
「エルナ、帰ろう?」
「リリアは先に帰りなよ。私はもう少し残ろうかな」
「何で?」
キョトンとするリリア。バルドさんも私の言葉に不思議そうな顔をした。
「遠慮せず、帰っていいんだよ? エルナ」
「実は私、呪術師が呪いを解く所に立ち会ったことがなくて、一度見てみたいんです。エディさんが隔離されるなら、お世話役も必要ですよね? 私にやらせてもらえませんか?」
「そりゃ、エルナが世話してくれるならありがたいが……」
「エルナ、本気なの?」
バルドさんとリリアは眉をひそめながら私を見る。これまで何度か呪いのアイテムがギルドに持ち込まれたことはあるみたいだけど、私がその場に立ち会ったことはなかった。呪術師の仕事も見てみたいし、これは私の単純な好奇心だ。
「私は平気です。どうせ明日は仕事休みですし」
「こっちは助かるが……だがエルナ、呪術師が来るのは丸一日かかりそうだぞ」
「丸一日もかかるんですか?」
「ああ。間の悪いことに、呪術師は今田舎の村に行っていて、呪いの解呪をしているそうだ。それが終わってから急いで移動したとしても、到着までには丸一日はかかるだろうね」
「そんな、他の呪術師は?」
「他の呪術師はもっと遠い所へ行っているんだ。その呪術師が一番近い場所にいるというわけだよ」
呪術師はいつも街の中にいるわけではない。各地から頼まれて出向き、呪いにかけられた人々を救う役目がある。彼らは数も少なく、ミルデンのギルドで契約している呪術師は二人だけだ。
「じゃあ、エディさんは倉庫で丸一日過ごすことになるんですか?」
「そういうことになるね」
「呪いは大丈夫なんですか? 進行してしまわないんですか?」
丸一日倉庫で過ごす彼も気の毒だけど、それよりも呪いの進行が心配だ。
「一日くらいでは心配はいらんだろう。エディには気の毒だが、一日辛抱してもらうしかないな」
「そうですか……」
「エルナ、本気であの討伐者さんの世話をするつもり?」
リリアは腰に手を当て、呆れた顔をしている。
「丸一日隔離されるなら、むしろお世話役は必要でしょ? 私は平気よ」
「お人よしね、エルナは。私は先に帰るわよ?」
「気にしないで帰っていいわよ。私が好きで残るんだから」
バルドさんはうーん、と顎に手を当てて唸った。
「エルナがそう言ってくれるなら、世話役をお願いしよう」
「はい、お任せください!」
私は胸を張った。こうして、私はエディさんのお世話をすることになった。




