第42話 私の仕事
話が終わった頃、ようやくダナさんが料理を持ってきた。
「お待たせしちゃってごめんなさい! さあ、どうぞ召し上がれ」
私達の前に出されたのは『羊肉のロースト』だった。先日の騒ぎの時に、ヒューゴさんが「何でも好きな物を食わせてやる」と言ったので、私は羊肉のローストが食べたいと言っていたのだ。
「わあ! すっごく美味しそう! どうして今日私が店に来るって分かったんですか?」
外側がこんがりといい色に焼けていて中は赤みが残る羊肉を切り分け、ソースをかけた目にも美しい料理だ。
「僕が今朝、店を訪ねて羊肉を用意してもらうようヒューゴさんに頼んだんだ」
「アレイスさんが?」
私が来るかどうかも分からないのに、料理を作ってもらうよう頼むなんて。アレイスさんは時々強引なことをする。ふとカウンターを見ると、ヒューゴさんが眉間に皺を寄せながらこちらを見ていた。多分、いきなり言われて迷惑だったんだろうな。
「とても美味しそうだね! 早速いただこうか、エルナ」
「は、はい!」
経緯はともかく、口に運んだ羊肉は柔らかくて、とても美味しかった。アレイスさんはワインが飲みたいと言い、ワインも注文した。
私はアレイスさんと、楽しい時間を過ごした。最初は彼と話すたびに緊張していたけど、今はリラックスしていることに気づく。アレイスさんは私に依頼先での出来事や魔物の話を沢山してくれた。彼の冒険譚はいくら聞いても飽きないくらい面白い。いっぱいお喋りして、たくさん食べて飲んで、すっかりいい気分の私とアレイスさんは店を出た。
「すっかり長居しちゃったね、家まで送るよ。今日はマントを持ってきてないから、歩きだけど」
「大丈夫です!」
私はアレイスさんと並んで歩く。空を見上げると、目の前に迫るような星空が広がっていた。ひんやりとした風が私の火照った頬をほどよく冷やしてくれる。
「エルナ、アトリエは遠慮しないでいつでも来ていいんだからね」
アレイスさんはふと私に言った。実はアレイスさんにアトリエをもらってから、まだ一度もあそこへ行っていない。アレイスさんにもらった鍵は、部屋のアクセサリーボックスの中に大切にしまってある。
私のもの、と言われても、実際にあそこはアレイスさんの家だし、やっぱり気軽には行けない。自宅の庭で植物の絵を描いたりはしているけど、本格的なものを描いているわけじゃない。
「分かりました。そのうち、行きますね」
「僕がいてもいなくても、気にしないで使ってね。僕は家にいる時、大抵部屋で勉強してるか外で修行してるかだから、声もかけなくていいよ。台所も自由に使っていいからね。あ、そうだ! アトリエにベッドを運んでおこうか? 仮眠したくなる時もあるでしょ?」
「あの、本当にお気遣いなく……」
「遠慮しなくてもいいのに」
なんでここまでアトリエを使って欲しいのか分からないけど、彼の気持ちはありがたく受け取っておく。しばらくアトリエを使う予定はなかったけど、近いうちに行ってみようかな。
家の前に着き、私はアレイスさんと別れる。アレイスさんは笑顔で私に手を上げ、元来た道を戻って行った。私は彼の姿が見えなくなるまで、その場でずっと見送っていた。
♢♢♢
今日もいつもの朝が始まる。
高い位置で一つ結びをした髪にアレイスさんからもらったリボンを結ぶ。私は部屋の鏡の前で「よし」と呟き、鞄を持って部屋を出る。階段を駆け下りて、リビングの父の絵に挨拶をする。大慌てで支度している母に「行ってきます」と声を掛け、私は家を出る。
いつもの道、いつも見かける人。割れている石畳に躓かないよう気をつけて。曲がっているパン屋の看板を見上げ、大量の荷物が置かれて邪魔な道をすり抜けるように通り、私はギルドへ向かう。
ギルドに着いたら制服に着替え、監視班に立ち寄って情報収集をしてから私は受付へ。バルドさんに挨拶をしてからカウンターに向かう。
今日も沢山の受注書がある。私はそれを一枚一枚チェックする。扉が開き、待ちかねた討伐者さん達がぞろぞろとギルドに入ってきた。
ギルドの中は賑やかになり、私は早速討伐者さんに依頼を紹介する。彼らの実力に見合ったものを選び、依頼先の情報を伝え、私は彼らを送り出す。
「お気をつけていってらっしゃいませ!」
私は討伐者ギルドの受付嬢、エルナ・サンドラ。これが私の仕事だ。




