第40話 変わることを恐れない
アレイスさんからもらったリボンをつけ、私は討伐者ギルドでいつものように働いていた。ギルドの様子もいつも通り。朝から多くの討伐者で賑わっている。
ある討伐者さんに依頼を紹介している時、討伐者さんは私に新調した武器を自慢げに披露した。
「じゃじゃーん! これ、いいでしょ?」
「わあ……凄いですね」
討伐者さんは私に短剣を見せてくれた。柄の部分の装飾が凝ってて、みるからに高そうな一品だ。
「わざわざアインフォルドまで行って、評判の鍛冶職人に注文したやつなんだよ。出来上がるまで半年もかかっちゃった」
「アインフォルドには、いい鍛冶職人が多いらしいですもんね」
「そうなんだよ。いい鍛冶職人が多いんだけど、その分値段も凄いんだよねえ……おかげで家を売らなきゃいけなくなっちゃった」
「えっ、家を!?」
「住むところなくなっちゃったよ。まあいいけどさ! それじゃ、行ってくるね」
討伐者さんは笑顔で私に手を振り、私は慌てて「お気をつけて!」と声を掛けた。住むところがなくなったというのに、何であんなに明るく振舞えるんだろうか。家を売らなければならないほどの短剣って、一体いくらするんだろう。でも討伐者にとっては、家を売ってでも手に入れたい武器があるということなのだ。
ふと入り口に目をやると、アレイスさんがギルドに入ってくるのが見えた。マントの下にしっかりと革の防具を身に着け、長杖を携えている。
アレイスさんはそのまま奥へ行こうとして、私の姿を見ると足を止め、こちらにやってきた。
「やあ、エルナ」
「こんにちは、アレイスさん!」
アレイスさんと会うのは私が絵を届けた日以来なので、五日ぶりだ。
「依頼ですか?」
「いや、今日は別件で飛行船に乗るんだ」
「別件?」
私が首を傾げていると、アレイスさんは私のリボンに気づいて笑みを浮かべた。
「エルナ、リボンをつけてくれてるんだね。良く似合ってる」
「あ、これ……気に入ったので、いつもつけてます」
私は顔が熱くなるのを感じながら、リボンに手を触れた。
「監視班がこれからアルーナ山の異変を調査しに行くらしくて、僕も同行させてもらうんだ」
「そうでしたか……お気をつけて」
アルーナ山で眠るドラゴンが目覚めの兆候があるので、アレイスさんは監視班と協力して現地を調べているようだ。私が知る限り、今の所すぐにドラゴンが目覚めることはないようだけど、だからと言って監視の手を緩めるわけではない。アレイスさんはあくまで討伐者だから、監視や調査はギルドに任せてもらえばいいんだけど、アレイスさんは自分で調べたいんだろうな。
「そうだ、君に伝えようと思ってたんだ。君の絵は祖父母の家に送ったよ」
「なんだか緊張しますね! 喜んでもらえるといいんですけど」
「きっと喜ぶよ。返事が来たらエルナにも知らせるね。それじゃ、また」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
アレイスさんは笑顔で頷き、飛行船乗り場へと向かった。颯爽と歩く姿は遠目から見ても綺麗だ。すれ違う女達が目を輝かせてアレイスさんを見ている。
ついぼーっとアレイスさんの姿を目で追っていたら、隣のリリアから「エルナ!」と声を掛けられ、ハッと我に返った。横を見るとリリアが含みのある笑みを浮かべて私を見ている。私がアレイスさんを見ていることに気づいたかもしれない。
リリアにはアレイスさんとのことをあまり話していない。私は『討伐者とは恋愛しない』とリリアにいつも話していた。リリアは私の父のことも知っているから、私の考えを理解してくれている。だから、余計にリリアには話しづらかった。
私は何事もなかったように前を向き「次の方、お待たせしました!」と順番待ちの討伐者を呼んだ。
お昼も過ぎ、受付はがらんとしていた。時々このように暇な時間がある。夜の交代まで後少しなので、暇だけど耐えるしかない。
「ねえエルナ。今は誰もいないし、ちょっと休憩しない?」
「今から? 受付に誰もいなくなっちゃうよ?」
隣のリリアもずっと退屈そうにしていた。気持ちはわかるけど、二人一緒に受付を離れるわけにはいかない。
「いいじゃない、少しくらい。長居しなきゃ平気よ」
リリアは上目遣いで「ね?」と私を見る。確かに今はガラガラだし、少しくらいならいいのかな。戸惑う私を、リリアは「行こう!」と無理矢理引っ張って奥の部屋へ向かう。部屋の中では、バルドさんがペン先で頭をかきながら机に向かっている姿があった。
「バルドさん、今誰もいないので、私達ちょっと休憩してきてもいいですよね? すぐに戻りますから」
「ん? ああ……まあ、いいよ。誰か来たら俺が対応しておくから。なるべく早くね」
「はーい! ありがとう」
リリアは「ね? 大丈夫だったでしょ?」と私に囁いた。バルドさんはなんだかんだ言ってリリアに甘いのを知っている。リリアにお願いされると断れないのだ。私はため息をつきながら、リリアと一緒に職員食堂へと向かった。
♢♢♢
食堂の料理人にフルーツティーを淹れてもらい、二人で椅子に座る。甘酸っぱいベリーがたっぷりと入ったフルーツティーは、すっきりとした甘さが美味しい。飲み終わったら紅茶でふやけたベリーも食べられる。食事時間以外は、疲れが取れるハーブティーとかフルーツティーが用意されていて、いつでも飲むことができるのだ。おやつにクッキーやパウンドケーキなんかも置いてある。私とリリアは揃ってパウンドケーキを一切れもらった。ぶどうとベリーのドライフルーツとくるみがたっぷりと入ったパウンドケーキは、ギルドの人気メニューで討伐者用の食堂でも売っている。日持ちするから討伐に持って行く討伐者さんもいるくらいだ。
「あっちじゃ聞きにくいからここで聞くけど。エルナ、アレイスさんとはどういう関係なの?」
リリアは身を乗り出し、興味津々と言った顔で私に聞いてきた。彼女が急に休憩しようだなんて、何かあると思ったのだ。
「別に、何もないけど」
「他の子も噂してるわよ? アレイスさんって親切だけど、ちょっと近寄りがたいところがあるじゃない? 他の討伐者と仲がいい様子もないし。でもエルナとはよく話してるって」
「それは……そう見えるだけよ。アレイスさんは優しい人だし、誰にでも親切なの」
「ふうん?」
リリアは頬杖をつき、私を探るような目でじっと見る。前に私とアレイスさんが市場でお酒を飲んだ時、ギルド内でちょっとした噂になったけど、リリアにはちゃんと誤解だと話した。リリアもその時は納得してくれたと思ったけど、やっぱり私とアレイスさんのことを疑っているみたいだ。
これ以上黙っているのも良くないし、私は思い切って彼女にアレイスさんとのこれまでのことを話してみた。もちろん、彼が貴族であることや王宮魔術師であることは伏せて、偶然彼の絵を描くことになったことや、夜猫亭での出来事など、だいぶかいつまんで話した。
「……それって、アレイスさんもエルナを気に入ってるんじゃない!?」
リリアはまるで自分のことのように興奮しながら私を見る。
「そんなんじゃないよ。リリアの考えすぎ」
「だってリボンに、アトリエまでもらったんでしょ? 私だったらもう、彼に好きって言っちゃうな」
「あのね、リリアはそうだろうけど、普通はもうちょっとこう……お互いのことを知ってからじゃないと」
「えー? でも、私は今までそうしてきたけど? 女が真剣に気持ちを伝えれば、男の人は必ず答えてくれるものよ?」
私は思わず頭を抱える。リリアは心からそう思っている顔で私を見ているけど、それが通用するのはアナタだけです!
「……とにかく、私とアレイスさんは友人なの。それにいつも話してるでしょ? 私は討伐者さんを好きになることはないの」
「エルナって頭が固いのね。恋人になったらそれでいいし、友人のままでもいいんだから、もっと軽く考えたら? もしもジェマさんが怒ったら、私が一緒にジェマさんを説得してあげるわよ」
「え……」
リリアの言葉に私はポカンとしてしまった。そうだ、確かに私は頭が固い。母の言葉に怯え、私は討伐者と必要以上に仲良くしてはいけないと思い込んでいた。この先のことなんて誰にも分からないんだから、自然体でいればいいんだ。
「リリア! ありがとう! なんだか目の前がぱあっと晴れたような気がする!」
「え? え? ……ああ、そう。なんだか分からないけど、良かったわね?」
リリアはキョトンとしていたけど、私は上機嫌でパウンドケーキをほおばるのだった。




