第4話 ギルドのお仕事・2
カウンターの前で、依頼書を睨めっこしながら考え込んでいる討伐者さんを前に、私はじっと待っている。
「うーん……」
討伐者である彼女とは、何度も会っているから私とも顔見知り。背中にボウガンを背負っていて、アレイスさんと同じで仲間を作らず、一人で討伐に行くタイプだ。
「……じゃあ、これにしようかな」
「はい、確認してきますので、少々お待ちください」
長い時間悩んでいた彼女がようやく選んだ依頼は、町の近くに出た魔物を倒す依頼だ。彼女は絶対に近場の依頼を選ぶ。
何故なら彼女は『高所恐怖症』なので、飛行船に乗ることができない。魔物は基本的にあまり人が住んでいない場所に生息しているから、討伐に行く為には飛行船を使って長い距離を移動する必要がある。町の近くに出現する魔物は大きさも小さいし、報酬も安い。町の近くでの依頼は初心者が受けるもので、彼女のようなベテランが本来受けるべき依頼ではないのだ。
「はああ……」
受注担当官の所へ向かおうとしている私の背中に、彼女の大きなため息が届いた。本当は彼女、もっと大きな依頼を受けてお金を稼ぎたいはずなのだ。気の毒だなと思うけど、飛行船が怖いのなら仕方ない。
討伐者はギルドに入る前、訓練学校に入って技術を学ぶ。彼女は訓練学校で優秀な成績を収めていて、周囲の期待も大きかったらしい。でも卒業前の試験で、乗っていた飛行船が運悪く『本物の』ワイバーンとぶつかってしまい、墜落してしまった。幸い森の中に落ちたので全員助かったけど、彼女はそれがきっかけで高所恐怖症になってしまったそうだ。
それでも討伐者を続けている彼女は偉いと思う。私はひっそりと彼女を応援しているのだ。
受注担当官のバルドさんから許可をもらい、受注書を持ってカウンターに戻った私は、最後にいつもの言葉を言って討伐者さんを見送る。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがと。行ってくるね」
重そうなボウガンを軽々と背負った彼女は、笑顔で私に手を振るとギルドから出て行った。
その後も討伐者達の依頼を受け、私は彼らをお見送りする。出発で混雑するのはやっぱり朝だ。お昼近くになると、今度は飛行船でギルドに戻ってくる討伐者が増えて来る。
「お帰りなさいませ!」
私は笑顔で討伐者を出迎える。怪我もなく無事に戻って来た彼らを労い、討伐者から受注書を受け取る。受注書には『回収班』のサインが書いてある。回収班は依頼先に同行していて、退治した魔物を回収してギルドまで持ち帰る役割がある。確かに依頼を達成したことを証明する為に、討伐者は回収班からサインをもらうのが決まりだ。
「はい、確かにサインを確認しました。それでは報酬の手続きに入りますね」
「ああ、よろしく」
討伐者から受け取った受注書を持って、私は受注担当官バルドさんの元へ行く。
「依頼達成確認お願いします」
「はいはい、確認ね……なにこれ、五日もかかったの? ちょっと時間かかり過ぎじゃない? まあいいか……これでよし、と」
ぶつぶつ独り言のように言いながらバルドさんは受注書に目を通し、確認のサインを書いた。次に私が向かうのは、別室にある『金庫室』だ。文字通り、この部屋には討伐者に支払う報酬が置いてある。カウンターに座る不愛想な金庫番に受注書を渡す時は、いつもちょっと緊張する。金庫番の人はいつも「こいつにお金を渡して大丈夫か?」みたいな顔で私を見るからだ。お金を扱う仕事だから常に疑う癖がついてるのかもしれないけど、もう何年も顔を合わせてるんだからいい加減信用して欲しい。
金庫番が確認した後、布袋に入れた報酬金を受け取る。袋はずっしりと重くて、沢山の銀貨や銅貨が入っているのが分かる。
「確かに受け取りました」
金庫番に一礼し、部屋を出て討伐者の元へ戻る。討伐者に報酬を渡し、彼らが嬉しそうに報酬金を受け取って帰る瞬間が一番嬉しい。誰もが安心した顔で、本当に嬉しそうに笑うのだ。
「お疲れ様でした。またよろしくお願いします」
「ありがとうエルナ。またよろしくね」
討伐者が上機嫌で帰っていく後ろ姿を見送った後は、順番待ちの討伐者もいなくなり、ようやく一息つく。そろそろお昼かな。
横のリリアはまだ討伐者と話し込んでいた。カウンターから身を乗り出すように話している討伐者の男は、必ずリリアの前に並ぶので彼女狙いなのは明らかだ。
「――でさ、俺が仲間を庇ったからほら、この肩のところに傷がついちゃってさ……」
「大変でしたね。それでは、受注書の確認してきますね」
リリアはさらりとかわし、担当官の所へ向かう。残念そうな顔でリリアを見送った男が、ふと私の視線に気づいてこちらを見たので目が合ってしまった。まずい、と私は慌てて目を逸らす。見たところ肩に傷のようなものは見えないけど、きっと色々大変だったんだろう、うん。
リリアが戻ってきたら先にお昼に行こうと思っていたその時、飛行船乗り場に繋がる出入口からガヤガヤと賑やかな声がした。
数人で入って来た男達の中に、リリアの恋人セスがいた。セスは他の仲間に比べて頭一つ大きく、筋肉も大きくて迫力があるので、遠目から見てもすぐに分かる。
「お帰りなさい! セス」
「エルナ! ただいま。リリアはいる?」
「いますよ、すぐに戻ってきます。他の方はこちらへどうぞ、手続きしますので!」
なんだか急に忙しくなってきた。セスの仲間はみんな声が大きくて、ちょっと粗雑な印象がある。カウンターに寄りかかり、大声で笑いながら仲間同士で話をしていて、私の話を全然聞いてくれない。
「あの……あの! 受注書を出してもらっていいですか? 確認しますから!」
三回くらい声を張り上げて、ようやく彼らから受注書を受け取った。私が裏の部屋へ行こうとすると、ちょうどリリアが戻ってきた。
「セス! お帰りなさい!」
リリアは花が咲くような笑顔を浮かべ、小走りでセスの元へ。リリアにデレデレしていた男は、彼氏が戻って来たので急に大人しくなった。
リリアとセスが見つめ合う姿を見ると、恋人がいるっていいなあなんて思うこともある。私は今までギルドの仕事に熱中していて、恋人を作るなんてどこか遠い世界の出来事みたいに思っていた。リリアとは仲良しだけど、多分彼女と私はどこか違う。いつも誰かに恋していて恋人がいなかったことのないリリアと、仕事ばかりしていてろくに恋もしたことのない私は、きっと別世界の人間なのだ。
そんな時に思い浮かべるのが、いつも優しいアレイスさんの顔だけど、彼はあくまで『憧れ』だ。彼に恋をしているかと聞かれたら、それはちょっと違う気がしている。
……でも、やっぱりアレイスさんの顔が早く見たい。アレイスさんはいつ、依頼先から戻るんだろう。