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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第33話 謎の女性

 アレイスさんが言った「ルシェラ嬢とは恋人でも友人でもない」という言葉に私は驚いてしまった。


「恋人でも友人でもないって……あの、ルシェラさんという方とは、何があったんですか?」


 二人の話に口を挟んだりして悪いと思ったけど、聞かずにはいられない。アレイスさんは困ったような顔で微笑みながら私を見た。


「ルシェラ嬢は、アインフォルド支団長の娘なんだ」


 そう言って、アレイスさんは私に彼女のことを話した。ルシェラ嬢は貴族の令嬢で、去年まで王都にある貴族だけが学べる学園にいたらしい。十八歳になり、学園を卒業してアインフォルドに戻って来た。そこでルシェラ嬢は、アレイスさんを一目見て気に入ってしまったようだ。


 無理もない、と思う。アレイスさんは並みの女性では叶わないほど美しい顔をしている。ミルデンのギルドに現れた時も、あの綺麗な顔をした男性は一体何者なのかとギルド内でちょっと騒ぎになったほどだ。


「――それで、支団長は僕とルシェラ嬢を結婚させると言い出したんだ」

「支団長はアレクシスが何者か知っているからな。家出中とはいえ、アレクシスは王都では知らぬ者がいない『ロズヴァルド家』の男。支団長にとっては願ってもないことだろう」


 ニヤニヤしながらジュストさんは口を挟んだ。


「僕はその場で断ったよ。僕のこれまでの経緯も説明したけど、それでも構わないと聞く耳を持たなかった。ルシェラ嬢はギルドにも僕の家にも押しかけて来るし、すっかり参ってしまったんだ」


 アレイスさんはため息をついた。ギルド内ではルシェラ嬢との噂で持ちきりとなり、二人は結婚するとの話ばかりが先走り、自分の知らないところで話が決まっていくのが怖くなったのだと。


「――それで僕は、アインフォルドを去ったんだ。逃げる形になってしまったのは申し訳ないけど、アメリアが、アインフォルドを出てミルデンのギルドに来ないかと誘ってくれたんだ。アインフォルドを去れば、ルシェラ嬢も諦めるだろうからと」

「だからアメリアさんは、アレイスさんをミルデン支団に誘ったんですね」


 アレイスさんがアインフォルドのギルドを辞め、ミルデンに来た理由はこれで分かった。ミルデン支団長であるアメリアさんとアレイスさんは元々知り合いで、アレイスさんが王都を出るときにもアメリアさんは協力していた。アメリアさんはアレイスさんが困っていることを知り、彼を勧誘したのだ。それにしても、女性に迫られることなんてアレイスさんにとっては珍しいことじゃなかったはずだけど、そんな彼が町を去ろうと考えるだなんて、よほど追い詰められていたんだろうか。


「どうやらルシェラ嬢は、なかなか思い込みが激しい女性のようだな。俺にはアレクシスのことを『将来を誓い合った仲』だと話していたから、すっかり信じてしまっていたよ」


 ジュストさんの言葉を聞いたアレイスさんの表情は冴えなかった。


「僕がいなくなれば、諦めると思ったんだけどね」

「彼女、まだ若いだろう? 今は熱に浮かされているようなものだ。すぐに目も覚めるさ」

「そうだといいんだけど」

「なんならこのまま王都へ俺と一緒に帰るか? 家に帰ればシリルが守ってくれるぞ」

「それは結構」


 目を輝かせて提案したジュストさんは、アレイスさんにあっさり断られて再び険しい顔に戻った。


「お前がアインフォルドに戻るつもりがないなら、俺と取引しろ。俺はルシェラ嬢に、お前は見つからなかったと話す。その代わり、お前は王都に戻れ」

「なぜ僕が君と取引しなくちゃならないんだ。何度も言わせないでくれ、僕は王都に戻る気はない。アインフォルドにも戻らない。ルシェラ嬢には本当のことを話せばいい。後のことは僕がどうにかする」


 二人は無言で睨み合い、私は横で一人ハラハラしていた。アレイスさんはジュストさんの言う通りにする気などさらさらない、と言った感じだ。ジュストさんは怖い顔でじっとアレイスさんを睨んでいる。

 このまま喧嘩にでもなったらどうしよう……そう思っていたら、ジュストさんは突然大声で笑い出した。


「お前は相変わらず頑固だな。王都にいた頃とちっとも変わらない。まあ、だからこうして俺は何度もお前に会いに来ているというわけだが」

「すまない、ジュスト」

「今更謝られても困る。とりあえず、今回はこのまま帰るとしよう」


 アレイスさんはジュストさんが帰ると言ったことに驚いていた。


「……本当か?」

「ああ、本当だ。ルシェラ嬢とお前の話が間違いと分かった以上、彼女の力にはなれんよ」

「ありがとう、ジュスト。恩に着るよ」

「だが、これでお前の説得を諦めたわけじゃないぞ。シリルはお前が王都に戻るまで、説得を諦めるつもりはない。また来るから、その時は荷物をまとめてもらうぞ」

「荷物はまとめないけど、君がミルデンに来たら歓迎はするよ、ジュスト」


 二人はまるで仲のいい友人のように笑い合う。良かった、二人が笑っているのを見ていると私も嬉しくなる。喧嘩にならなくて良かったし、アレイスさんがミルデンを出て行かなくて済んだのも嬉しい。

 ジュストさんは私が思っていたよりもいい人だ。アレイスさんのお兄さんに頼まれて、長旅をしてきているのだから、凄く義理堅い人なのかもしれない。


「さて、俺はそろそろ失礼しよう」

「分かった。アインフォルドに戻るんだろう? 出発は明日?」

「ああ。一晩休んで明日出るよ」

「ここへはどうやって来たんだい? まさか馬じゃないだろうね」

「当然、馬だ。騎士団と言えば馬だろう? ……と、言いたいところだがストームクロウまでは汽車で来た。ストームクロウで馬を借りたんだ」


 アインフォルドとストームクロウの間には鉄道が通っている。王都を始め、大きな都市間は鉄道で移動できるけど、ミルデンのような小さな街にはまだ鉄道がない。私も一度乗ってみたいと思っている憧れの乗り物だ。大きな箱が物凄いスピードで大量の荷物と乗客を運ぶらしい。アインフォルドはミルデンから凄く遠い場所にあるので、汽車か飛行船を使わないと移動にかなり時間がかかる。

 

「アインフォルドは遠いし大変だろう。そうだエルナ! 明日の朝にジュストを飛行船に乗せてもらえるよう、ギルドに頼んでもらえないかな?」

「お任せください! 手配しておきますね」


 私とアレイスさんが話を進めていると、ジュストさんはちょっと困った顔をした。


「別に俺は陸路で構わないんだが」

「そう言わずに。長旅続きで疲れているだろう? 飛行船を使わせてもらった方がいいよ」

「そうですよ! 遠慮しないでください」


 私達の説得にジュストさんは渋々頷き、先に帰ると言って家を出て行った。彼を見送り、ようやく一息つく。絵はまだ途中だけど、今日は随分長居してしまった。あとは自宅に持って帰って続きを描くことにしよう。


「急いでないし、またここへ来て描けばいいのに」

「あとは家でできますから。完成したらこちらにお持ちしますね」


 二階に戻り、私は絵を軽く巻いて紐で閉じた。アレイスさんは「仕方ないなあ」と言いながらテーブルに近づき、絵の具を手に取った。


「これも忘れないでね」

「あ! そうでした。すみません、完成までお借りしますね」

「いや、これは君にあげるよ」


「え?」


 私はぽかんとしてしまった。画材は全てアレイスさんが用意したもので、私のものじゃない。絵が完成したら当然これは返すつもりだったのだ。


「いえ! これはいただけません! あとできちんとお返し……」

「ここに置いていたって埃を被るだけだよ。それにこれは元々、君にあげるつもりで用意したんだ。もらってくれないとむしろ困る」

「あ……あの」


 アレイスさんにじっと見つめられ、私は彼の勢いに断れなくなってしまった。こんなにいい画材をもらえるなんて、嬉しいよりも申し訳なさが勝つ。だけど、せっかくの彼の気持ちだから、私は有り難く受け取ることにした。

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