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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第31話 追ってきた騎士・1

 絵を描いている途中で、一旦休憩することにした。テーブルの上を片付け、私が持ってきたサンドイッチを置いた。アレイスさんは紅茶を淹れてきてくれた。紅茶にはハチミツをほんの少しだけ垂らす。ほのかな甘みが美味しくて、疲れも飛んで行きそうだ。

 サンドイッチを食べてもらうのはちょっと緊張したけど、アレイスさんは美味しいと言ってパクパク食べてくれたのでホッとした。切って挟んだだけだからまずくなりようがないんだけど、それでも緊張はする。


「本当に美味しいね、お金を払うからまた持ってきて欲しいくらいだよ」

「褒めすぎですよ……サンドイッチくらいならいつでもお持ちします。このパン、美味しいでしょ? うちの近くにあるパン屋なんですけど、小さい頃からうちはずっとここのパン屋で買ってて……」

「確かに美味しいね。じゃあこのパンは、小さい頃のエルナを知ることができる味なんだ」


 アレイスさんはパンを見ながらしみじみと呟く。パンを通して、私の過去をアレイスさんに知ってもらえるのは嬉しい。

 

 私は突然、幼い頃の思い出が蘇った。お父さんとお母さんと私、三人で母が作ったサンドイッチを食べた。あれは何をした時の思い出だろう? 近くに川が流れていて、流れる水がキラキラとお日様に反射していてとても綺麗だった。お父さんは大きくてごつごつした手で、サンドイッチを二口くらいで食べてしまって、お母さんに食べ過ぎだと怒られていたっけ。

 あの時の私は、とても幸せな気持ちだったのを覚えている。心地いい風が吹き抜け、風に乗って両親の笑い声が流れていく。ぽかぽかと暖かくて、サンドイッチを食べた私はお腹いっぱいで――


「――エルナ? どうしたの?」


 アレイスさんの声に私は我に返る。いけない、父のことを思い出したらなんだか胸が詰まって涙が出てきそうになった。もう十年も経つのにな、普段はこんなこと思い出さないのに。


「ごめんなさい! ちょっとお父さんのことを思い出しちゃって」

「……討伐者だった、お父さん?」

「はい。お父さんもこのパンが大好きだったから」


「……聞いてもいいかな。お父さんは、どんな討伐者だったの?」


 アレイスさんは遠慮がちに、私の顔を見た。


「お父さんは、とっても強い剣士でした。一級討伐者になった時は、お母さんが凄く喜んでいたのを覚えてます。でも、ドラゴンの討伐をすることになって、ミルデン支団からも希望者を募って……父は一級討伐者だったから、自ら志願したと聞いてます。父が亡くなった後、母は『一級になんかならなければ良かった』と言ってました。一級討伐者でなければ、ドラゴン討伐に行くことはなかったでしょうから」


 アレイスさんは無言のまま、黙って私の話に耳を傾けていた。


「父が亡くなってしばらくの間、母は荒れていました。家の中はぐちゃぐちゃで、あの頃のことはあんまり思い出したくなくて……私はあんなに好きだった絵を描くこともやめてしまいました。元の元気で明るい母に戻るまで、随分時間がかかりました。でも母はどこかで、今もギルドを憎んでいると思います。私は父に憧れていたから、いつか自分も討伐者になりたいと思ったこともありました。でも母は、討伐者になることだけは絶対に駄目だと。本当は私が受付嬢になることすら、嫌だったかもしれません」


 私はいつの間にか、アレイスさんに全てを話していた。こんなことを話されても困るだろうと思ったけど、言葉は止まらなかった。私はおずおずと彼の顔を見る。アレイスさんは真剣な表情で私の話を聞いてくれていた。


「討伐者になることは諦めたけど、受付嬢となって討伐者の手助けをしようと思いました。母はギルドを憎んでいるかもしれないけど、私はギルドを憎んではいないんです。もちろん、父が亡くなったことは悲しいんですけど……父のおかげで大勢の人が助かったわけですし、私にとって父は誇りなんです」


「エルナ。君のお父さんは自分を犠牲にしたとは思っていないと、僕は思うんだ。僕も討伐者として、同じ状況になったら君のお父さんと同じ選択をする。そのことに後悔はないし、僕の大切な人達にもそう思って欲しくない」


 ハッとなった。そんなはずはないんだけど、私はこの時、アレイスさんの言葉が父の言葉に聞こえたような気がした。


「ありがとうございます、アレイスさん」


 私がお礼を言うと、アレイスさんはゆっくりと笑顔で頷いた。




 カラン、カラン……その時、廊下からベルの音が聞こえた。この家はとても広いので、玄関でベルを鳴らすと二階の廊下に取り付けられたベルからも同時に音が鳴る。『伝話』の仕組みを利用したものらしい。私の狭い家には必要ないけど、温室にいる母を呼び出すのに便利そうだなあなんて思ったりする。


「お客さんですね、アレイスさん」

「そうだね、誰だろう」


 アレイスさんはすっと真顔に戻ると椅子から立ち上がった。


「君はここにいて」


 そういい残し、アレイスさんは部屋を出ていく。そう言えば、騎士のジュストさんがアレイスさんの家を訪ねてきていたと聞いた。ひょっとしたら、またジュストさんが訪ねてきたのかもしれない。

 ここにいて、と言われたけど私はアレイスさんの後を追った。階段を下りると玄関から話し声が聞こえる。


「久しぶりだっていうのに、随分冷たいじゃないか? アレクシス」

「だから、今は帰ってくれないか。来客がいるんだ」


 やっぱりジュストさんの声だ。思わず足を止めると、ジュストさんは私に気づいて更に大きな声を上げる。


「来客とは、女か! ルシェラ嬢という恋人がいながら連れ込んだ女の顔を、俺にもぜひ見せてくれ」


 ――ルシェラ嬢という恋人? ジュストさんの言葉を聞き、私はその場で動けなくなった。玄関のドアの隙間から見えるジュストさんのギラギラとした瞳が、こちらを品定めするように見ている。私はとにかくこの場から逃げなければと思い、再び二階へ戻ろうとした。


「お嬢さん、逃げることはないじゃないか! こちらに来て自己紹介をしてくれ!」

「エルナ、来なくていいよ」

「何だ、俺に紹介できない女なのか? アレクシス」


 アレイスさんの低い声から、静かな怒りと戸惑いを感じる。それに構わず中に入ろうとするジュストさんに向かって、私は声を張り上げた。


「紹介できない女じゃありません。私はミルデン支団の受付嬢、エルナ・サンドラです」


 私はゆっくりと階段を下り、二人の元へと向かった。

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