第28話 不思議な石?
今日のギルドもいつもと同じ。私は笑顔で討伐者を迎え、彼らに適した依頼を紹介する。朝から賑わっていたギルドも、昼頃には段々落ち着いてくる。
一緒に受付に立つ相棒は、友達のリリア。リリアは特に男性討伐者に人気があるので、彼女の受付はなかなか列が途切れない。彼らの様子を見ていると、なんとか話す時間を引き延ばそうと必死だ。過去の武勇伝、新しい武器の自慢、どれだけ報酬を稼いだか……聞いていると恥ずかしくなってくるほどだけど、リリアはそれを全部「凄いですね!」の一言で受け流している。私には真似できない。
「……でね、この剣はミルデンでも持っている討伐者は殆どいないんだよ」
「そうなんですか、凄いですね!」
また「凄いですね」でリリアが乗りきっているので、思わず隣の私は吹き出しそうになった。恋人のセスは依頼で各地を忙しく飛び回っているので、自分にもチャンスがあると思っているんだろうけど、セスは私の目から見ても強そうでカッコいい。勝ち目なんてないのにな。
そんなことを思っていると、飛行船が到着したみたいで討伐者が戻って来た。彼らはパーティを組んでいる一行で、その中の一人が何かを上着でくるみ、大事そうに手に抱えていた。
「お帰りなさいませ!」
「ただいま。もうクタクタだよ……早く手続きを頼むね」
「お任せください。あの……ところで、その抱えているものは何ですか?」
私は討伐者さんが抱えているそれを指さした。討伐者さんは「ああ、これ?」と包んでいたものを外し、私に見せてくれた。それは艶がある丸くて大きな石のようなものだった。全体が淡い青色で、ところどころに濃い青が点状に広がっていて綺麗だ。両手で抱えなければ持てないほどの大きさと重量がありそうで、形だけなら大きな卵にも見える。
石を私に見せる討伐者さんを、他の仲間達は困ったように見ていた。
「エルナからも言ってやってくれよ。こいつ、いいもん見つけたって勝手に持って帰ってきちまったんだ」
「別にいいだろ? 俺が見つけたんだから。これは恐らく『ブルーオパール』だよ。宝飾ギルドに持って行ってこいつを売れば、いくらかにはなるだろ?」
彼は丸い石を抱え、大事そうにぎゅっと抱え込んでいる。これが本当に石なら構わないけど、私はブルーオパールと彼が言う石を見ていて、なんだか見覚えがあるような気がしていた。実はギルドの決まりで、依頼先から街の中に持ち帰ってはいけないものがある。例えば『卵』だ。魔物がいるところで見つかった卵は、動物ではなく魔物の卵かもしれない。だから規則として、生き物や卵を持ち帰るのは禁止されている。
彼が持つ青い石。本で見た魔物の卵に色合いが似ているのが気になる。違うならいいんだけど、念のために確認した方がいいかもしれない。
「そちらの石はどこで見つけたものですか?」
「森の中だよ。洞窟がすぐ近くにあったんだ」
ブルーオパールが森の中に転がっているかな。やっぱり怪しい。
「申し訳ないんですが、ひょっとするとそれは魔物の卵かもしれません。ギルドの規則で卵を持ち帰ることは禁止されているので、そちらは一旦ギルドでお預かりしますね」
「これは魔物の卵なんかじゃないって。ほら、いくら叩いたってびくともしないし、生き物の気配なんてしないよ」
彼は怪しい石を乱暴にガンガンと叩いた。彼の仲間達はその様子を呆れたように見ていた。ため息をつきながら仲間の一人が彼の説得に出る。
「ほら、エルナもこう言ってるんだからそれを預けて帰ろう」
「嫌だよ! これは卵なんかじゃないって」
「いい加減にしろよ。俺達まで規則違反で処罰されたらどうすんだよ!」
「あ! ちょっと勝手に触るなよ!」
仲間達の間で言い争いが始まってしまった。困ったな、バルドさんを呼んできた方がいいだろうか……そう思っていた時、ギルドにアレイスさんが現れた。
「外まで声が聞こえたけど、一体何の騒ぎ?」
「アレイスさん!」
助かったとばかりに、私はアレイスさんに状況を説明した。アレイスさんは石をじっと見て、眉をひそめた。
「それ……卵だね。早く調査班に引き取ってもらった方が良さそうだよ。そろそろ孵りそうだ」
「え?」
驚いて卵を見ると、さっきまで何ともなかった卵にヒビのような線が入っていた。討伐者達も卵の変化に気づき、動揺している。
「うわあ、ヒビだ!」
「馬鹿、離すなよ!」
卵を抱えていた彼は驚いて、床の上に放り投げるように置いた。卵はガタガタと揺れていて、ヒビがどんどん大きくなってゆく。
「アレイスさん、これ……!」
「ああ。もうすぐ孵るよ」
卵を遠巻きに、その場にいた全員が固唾を飲んで見守る。ただの鳥や動物なら問題はない。でももし、中身が魔物だったら……?
私はカウンターの引き出しを開け、中にある『対魔銃』を手に取った。対魔銃は、力のないギルド職員でも魔物に対抗できる武器だ。仮にギルド内に魔物が持ち込まれた場合、私達の身を守る為にこれを使う。とはいっても私は実践で対魔銃を使ったことはない。銃弾には魔力が込められているけど、これ一つで魔物に勝てるわけでもない。あくまで、逃げる為の時間稼ぎに使うものだ。
ここにはアレイスさんを始め、多くの討伐者がいるから危険はないと思う。でも私は反射的に対魔銃を持った。隣のリリアも私と同じ行動を取っていて、私達は無言で目を合わせる。
緊張感の中、卵の殻がいよいよ割れた。そこから現れたのはどす黒い足だった。まるで大きな昆虫の足みたいだ。間違いない、これはただの動物なんかじゃない。
私は対魔銃を構え、魔物に狙いを定めた。その時、アレイスさんは長杖を持って胸の前で構えた。
「下がっていて」
卵の殻が半分以上割れると、魔物はずるりと外に出てきた。よくそんな大きな体を卵にしまい込んでいたと思うほど、長くて大きな足を持つ虫のような魔物だった。あれは森の中に棲むと言われる『青蜘蛛』だ。非常に成長が早く、最大まで育つと人間を遥かに超える大きさになるという。大きい体に似合わず素早く動き、糸を吐いて獲物を捕らえる。
討伐者達は一斉に武器を構えた。アレイスさんは一歩前に出ると、長杖をトンと床に突く。床が青白く光ったかと思うと、周囲の気温が一気に下がったのを感じた。長杖から床を這うように放たれた魔術は、青蜘蛛の体をあっという間に覆いつくし、それは氷の塊となった。
周囲の人達はみんな、アレイスさんの魔術に呆然としていた。戦うまでもなく、アレイスさんは魔物を氷漬けにしてしまったのだ。
「凍らせているだけだから、死んではいないよ。これを調査班に渡せば、いい調査資料になるだろう」
アレイスさんは振り返ると、私に笑顔でそう告げた。
「わ……分かりました! すぐに調査班を呼んできます!」
私は我に返って、急いで調査班を呼びに走った。私の背中に、周囲の歓声とアレイスさんを称える声が聞こえた。この間空を飛んだ時にも思ったけど、やっぱりアレイスさんの魔術は凄い。汗一つかかずに魔物の動きを無効化するなんて。しかもアレイスさんは殺さなかったのだ。生きた魔物が手に入れば、調査班は魔物の生態をより深く知ることができる。ギルドの為に、アレイスさんはあの一瞬で最善の行動を取った。
その後調査班を連れて受付に戻り、氷漬けの青蜘蛛は慎重に調査班の手によって運ばれていった。アレイスさんはいつも通りに依頼を受け、飛行船に乗って依頼先へ出発していった。卵を持ち込んだ討伐者は何らかの処分を受けることになるが、これは仕方がない。
ギルドの混乱が収まった頃、扉が大きく開いて男の人が一人入って来た。最初衛兵かと思ったけど、よく見るとミルデンの衛兵ではなかった。王都の紋章を付けたマントを着けていて、立派な剣を携えている。彼は衛兵じゃなく、王都の『近衛騎士団』だと分かった。王都の外に出ることのない近衛騎士団の騎士が、なぜミルデンのギルドに現れたのだろう?
その騎士は歩いてこちらに近づき、ふと足を止めて床を見つめた。そこはさっきまでアレイスさんが氷漬けにした魔物がいた場所だ。騎士はその場にしゃがみ、床に指を這わせた。床にはまだ氷の粒が少し残っていて、騎士はそれを指にとって匂いを嗅ぐとニヤリと笑った。
「懐かしい匂いだな……」
私はその騎士を見て、嫌な空気を感じた。騎士は小麦畑みたいな綺麗な金髪で、整った顔立ちをした男だけど、挨拶もせずにギルドの中へずかずかと入ってきて、なんとなく傲慢な雰囲気がある。
騎士はすっと立ち上がると私の前にやってきた。
「この魔術を使った男がどこにいるか話せ」
「……それをあなたにお伝えする理由は?」
私はムッとしながら騎士に答える。騎士は目を丸くして私を見た後、アハハと大きな声で笑った。
「ミルデンの受付嬢は威勢がいいな。結構、結構。私の名はジュスト、王都トリスヴァンの近衛騎士だ。人探しをしていてね、この魔術の使い手が今どこにいるのか知りたい」
私は思わず息を飲む。このジュストという騎士は、アレイスさんを探しに来たのだ。




