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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第26話 ヒューゴさんの秘密

 夜猫亭は大通りから細い路地に入った先、静かで人通りが少ない場所にぽつんとある小さな酒場だ。店の名前の由来である看板猫の「エボニー」は気まぐれなのでいつも店にいるとは限らない。明るい時間は近所を散歩したり、屋根の上で寝ていたりするらしい。


 私はアレイスさんを夜猫亭に連れて行った。アレイスさんはこの通りに入ったことがなかったみたいで、夜猫亭の存在すら知らなかったみたいだ。ここは商店が並ぶ大通りの裏側にあたる場所で、店自体が殆どない。商人以外はあまり用のない場所だから、ミルデンに来て間もないアレイスさんが知らないのは当然だ。


 看板猫エボニーは珍しく、店のドアの前で寝そべっていた。


「エボニー、ごめんね。中に入りたいんだけど」


 エボニーに声をかけると、エボニーは面倒臭そうな顔で私を見上げ、また目を閉じた。仕方がないので「ちょっと失礼」と声をかけてエボニーを抱き上げ、邪魔にならない場所へ下ろす。


「大人しい猫だね」

「そうですね、大人しいというか……ふてぶてしいというか」


 私に無理矢理抱き上げられても平然としているエボニーに、アレイスさんは目を細めていた。


「番犬よりも役に立ちそうだ」

「番犬より? エボニーは寝ているだけですよ」

「気づかない? エルナ。この子は普通の猫じゃないよ。エボニーからわずかに魔力を感じる」

「えっ!?」


 私は驚いてエボニーを見つめる。私から見るとごく普通の長毛の黒猫にしか見えないけど、アレイスさんには何か感じるのだろうか。だとしたら、どうしてエボニーがダナさんとヒューゴさんに飼われているのかも気になる。



 

 店の中に入ると、早い時間ということもあり他に客の姿はない。それどころかダナさんの姿もなかった。カウンターの中ではヒューゴさんが何やら作業をしている。


「こんにちは、ヒューゴさん。今いいですか?」

「ああ、あんたか。別に構わ……」


 顔を上げたヒューゴさんは、後ろに立つアレイスさんの姿に気づくと、明らかにその顔に動揺が浮かんでいた。

 私が人を連れて来たから彼が驚いたのかと思ったけど、そうではなかった。後ろのアレイスさんに目をやると、アレイスさんもヒューゴさんを見て驚き、目を丸くしていたのだ。


「久しぶりだね、ヒューゴさん!」

「……あんた……アレイスじゃねえか!?」


「二人は、知り合いなんですか!?」


 思わず大きな声が出てしまった。アレイスさんとヒューゴさんが知り合いだったなんて、想像すらしていなかった。だって王宮魔術師で討伐者のアレイスさんと、料理人のヒューゴさんに接点があるなんて思いもしない。


「まあ、知り合いっつうか……アインフォルドではたまに顔を合わせたな」


 ヒューゴさんは気まずそうな顔でアレイスさんを見ている。


「ヒューゴさんが討伐者を辞めて料理人になっていたなんて、ちっとも知らなかったよ。いつからミルデンに?」

「ここは二年くらいだな……アインフォルドを離れた後、ストームクロウに移ってレストランでしばらく働いて……その後姉さんと店を出すことになって、ミルデンに来たってわけ」

「なるほどね。ヒューゴさん、昔から料理が得意だったもんね」

「まあ、好きではあったからな」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。え? ヒューゴさんが元討伐者?」


 私は頭が混乱していて、二人の会話が理解できない。ヒューゴさんが元々別の町で料理人をしていたというのは知っている。ストームクロウに行ったことがあるとも話していた。ヒューゴさんは行ったことがあるどころか、ストームクロウで働いていたのだ。元々料理人で生きていた人だと思っていたから、まさか彼が討伐者だったとは驚きだ。


「黙ってて悪かったな。あんたがミルデン支団の受付嬢だって知ってたから、なんか話しにくくてな。討伐者を辞めてもう何年も経つし、昔の話ってことで。それより二人とも、座れよ。何か食うだろ?」


 私は戸惑いを隠せないまま、アレイスさんと並んでいつものカウンターに腰を下ろした。



 

 私とアレイスさんの前には、たっぷりとカップに入ったエールが二つ。アレイスさんがここのお勧めを食べたいと言ったので、私は魚のフライを注文した。アレイスさんはアーティチョークのフリットも一緒に頼んだ。アレイスさんはアーティチョークのフリットが好きらしく、いつも行く食堂でよく注文するらしい。やがて料理が出来上がり、私とアレイスさんは乾杯をした。


 いつものように美味しい料理とお酒。アーティチョークのフリットは、ここでは注文したことがなかったけど、お芋みたいにホクホクしてほんのり甘くて、凄く美味しい……でもそれどころじゃなかった。アレイスさんとヒューゴさんが知り合いだったという事実に、私の好奇心はもう体からあふれ出そうだ。聞きたいことは山ほどある。


「アレイスさんとヒューゴさんは、同じ討伐者仲間だったってことですよね? 一緒に討伐へ行ったりしたんですか?」

「うん、何度か一緒に戦ったよ。ヒューゴさんは頼りになる剣士でね。魔術師はどうしても力で押されるから……ヒューゴさんが盾になってくれると、安心して戦えるんだ」

「体だけは頑丈ってだけだ」


 カウンターの向こうで料理の仕込みをしていたヒューゴさんは、面倒臭そうに呟いた。


「ヒューゴさんが突然ギルドを辞めたって聞いた時は残念だったな。ヒューゴさんとは相性がいいと思っていたから」

「悪かったな。膝を怪我して、もう戦えなくなったんだ。ストームクロウで当時姉さんも暮らしてたから、姉さんを頼って移住したんだよ」


 私とアレイスさんは無言で目を合わせた。ヒューゴさんは膝を悪くして、討伐者としてはやっていけなくなったみたいだ。確かに怪我や病気で討伐者を引退する人は多い。第二の人生として、職人ギルドに入る元討伐者がいるという話もよく聞く。

 考えてみれば、ヒューゴさんは料理人にしておくにはもったいないくらいの体格の良さだった。腕まくりした袖から覗く硬そうな筋肉、大きな背中。元剣士だと言われれば、確かに納得できる。


「そういう事情だったんだ。でもヒューゴさんが元気そうで安心したよ」

「俺のことはいいんだよ。あんたこそ、アインフォルドにいたはずじゃなかったのか? ここで何やってんだよ」

「ミルデンで相変わらず討伐者をしているよ。この前、ようやく二級に上がったんだ」

「ギルドを変えると階級リセットだろ? よくやるよそんな面倒なこと」


 ヒューゴさんは呆れたような顔をしていて、アレイスさんは平然とした顔で魚のフライを食べている。アレイスさんのようにギルドを移る人はたまにいるけど、前のギルドでの階級は持ち越せないので再び最下級からのスタートになる。階級が低いと受けられる依頼のレベルも低いので、当然報酬も安い。よほどのことがなければギルドを移るようなことはしない。


「向こうのギルドでなんかあったのか?」


 ヒューゴさんの発した言葉に、アレイスさんは一瞬動きを止めた。その後ごまかすように笑い、エールを一気に流し込んだ。


「別に何もないよ。ここの支団長に来ないかって誘われて、新天地で頑張るのもいいかと思っただけさ」


 私はアレイスさんの言葉に、なんとなく嘘の匂いを感じた。だけどアレイスさんはそれ以上、そのことに触れて欲しくなさそうだったので、私は黙っておくことにした。

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