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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第22話 お願い事

 お茶を淹れて来ると言い残し、アレイスさんはこの場を去った。私は床が紙だらけの部屋の中で、彼が戻ってくるのを待つ。それにしても勉強していたとは言え、この散らかりようは尋常ではない。足の踏み場もないほど床には紙が散らばり、ソファやテーブルの上には服が無造作に置かれていて、物を置くスペースすらない。部屋の中はとにかく『散らかっている!』の一言しかなかった。


 さすがにこのままでは座る場所もないので、悪いと思いながら私は彼の服を片付けることにした。シャツとかズボンとか、どれも普段着のようだ。ここは寝室ではないようだけど、なぜこの部屋にこんなに服があるのだろう。服を全てどけると今度は空になったカップやらネックレスが出てきた。アレイスさんはこの部屋で生活をしているのだろうか。こんなに大きな家なのに、まるで小さなアパート暮らしみたいな生活感だ。


 しばらく待っていたけど、いつまで経ってもアレイスさんは戻ってこない。さすがに気になったので、部屋の外に出てアレイスさんを探すことにした。待っている間に日はすっかり落ちてしまい、廊下は真っ暗だ。一か所だけ明かりが漏れている所があったので、あそこにアレイスさんがいるのだろうか……そんなことを思っていたら、ガタン、カラーンなどと派手に物が落ちるような音が聞こえた。やっぱりアレイスさんはあそこにいる。

 そこは台所だった。アレイスさんは何故か椅子の上に立ち、食器棚の上にある箱を開けて何かを探しているようだった。床にはいくつか物が転がっている。


「アレイスさん、どうしたんですか?」

「あ! ごめんね待たせちゃって。この前メイドに買ってきてもらった茶葉がどこかにあるはずなんだけど、見つからないんだ」


 アレイスさんは珍しく焦った顔をしていて、私はつい吹き出してしまった。だから彼はいつまでも戻ってこなかったのだ。見るとかまどでちゃんとお湯を沸かしていて、テーブルの上にはポットとカップも用意してある。


「メイドさんがいるんですか?」

「数日おきに来てもらって、掃除とかやってもらってるんだ。前に茶葉がなくなったから買ってきてもらったはずなんだけど……おかしいな」


 と言うことは、ちゃんとメイドさんに掃除をしてもらっているうえであの散らかりようなのか。もしかしてアレイスさんは、私が思うより完璧じゃないのかもしれない。彼は欠点などない人だと思っていたから、そう思うとなんだか親しみが湧いてくる。


「私も一緒に探しますよ」

「悪いね……僕が無理矢理引き留めたのに」


 アレイスさんはしょんぼりした顔で椅子から降り、床に落ちた物を拾っていた。


「気にしないでください。ところで……ひょっとして探している茶葉って、これですか?」


 私は調理台の片隅にちょこんと置かれた、陶器の入れ物を彼に見せた。


「あ! これだ! なんだ、そんなところにあったのか……」

「きっと果物が入った籠に隠れて見えなかったんですね」

「本当だね、ちっとも気がつかなかった」


 私とアレイスさんは目を合わせ、お互いに笑った。



 ♢♢♢



 部屋に戻り、私が片付けたテーブルの上に紅茶を置き、私達は向かい合って座った。


「なんだか綺麗になっているね。ひょっとしてエルナが片付けてくれたの?」

「はい。適当に畳んで、そこのチェストの上に置いておきました」

「何から何まで、悪いね……片付けるのはどうも苦手で」

「だと思いました」


 私は苦笑いしながら紅茶を飲んだ。アレイスさんが淹れてくれた紅茶は、意外と言っては失礼だけど美味しい。いい茶葉を使っているのもあるだろうけど、さすがにお茶くらいは自分で淹れているのだろう。


「美味しいお茶ですね」

「本当? 良かった。僕は今日、君に酷いところばかりを見せているから、少しは失点を取り返せたかな。良かったらこの茶葉は君にあげるよ」

「そんな、悪いですよ」

「遠慮しないで。資料のお礼……って言ったら安すぎるかな」

「そんなことないですよ! それじゃあ、遠慮なく……」


 私がようやく頷くと、アレイスさんはホッとしたように私に微笑んだ。今日はアレイスさんの意外な姿を沢山見た気がする。あの時引き返さずに、思い切って家に入って良かったかもしれない。


「実は、この家に人を招いたのは初めてなんだ。こんな散らかった部屋で申し訳ない。他の部屋は殆ど使ってなくて、普段からこの部屋で寝泊まりしてるんだ」

「えっ、ここで寝てるんですか!? どこで!?」

「このソファだよ」


 きょとんとしながらアレイスさんは答える。服の山の上で寝ているなんて、この人は私の想像以上に変わっている。


「寝室では寝ないんですか?」

「メイドにもその方がいいって言われるんだけど、ギリギリまでここで調べものをしたり勉強したりしてると、いつの間にかここで眠っちゃってるんだよね」

「私、どんなに疲れていても這うようにベッドに入りますよ。ベッドじゃないと眠れなくて」

「それが普通だよ。僕は幼い頃からこんな生活をしているから、慣れちゃっただけさ」


 アレイスさんは遠い目をして、紅茶を一口飲んだ。幼い頃、というのは王宮魔術師時代の話だろうか。私は彼にそのことを聞こうかと思ったけど、彼が話してないことを私が言うべきじゃない。アレイスさんは私が彼の過去を知っていることを知らないのだから。


「それで、絵のことなんだけど……画材は全てこちらで用意させてもらうよ。急ぎじゃないから、君の都合がいい時にここに来て絵を描いて欲しいんだ。絵の大きさは、この資料より一回り大きいくらいかな」


 アレイスさんは、私が渡した監視班の資料を持ち上げて見せた。あまり大きい絵は描いたことがないから、このくらいの大きさならなんとかなりそうだ。


「分かりました。絵が仕上がったらどうするんですか?」


 私はずっと気になっていたことを聞いてみた。自分の肖像画が欲しいだなんて、変わったお願いだと思ったのだ。


「僕の大切な人に贈るんだよ」


 笑顔を浮かべながら答えるアレイスさんに、私は思わず動揺してしまった。


 「そ……そうですか。奥様とか、恋人とか?」


 そもそも彼は二十六歳で、一般的にはとっくに結婚をしていてもおかしくない歳なのだ。でもこの家には一人で暮らしているというから、結婚はしていないということなのだろうか。たとえ妻がいなかったとしても、恋人くらいはいるに違いない。アレイスさんの見た目は誰もが思わず見惚れるほどの美しさだ。女性達が彼のことを放っておくわけがない。


 アレイスさんは何故か私の顔を、吹き出しそうな顔で見つめている。そしてとうとう我慢できなくなったように笑い出した。


「……何ですか?」

「いや、ごめん。君がなんだか誤解しているみたいだから」

「べ……別に誤解なんてしてませんけど」

「大切な人というのは、僕の祖父母のことだよ。もう何年も会っていなくてね、僕の顔を忘れてしまわないように、絵を贈ろうと思ったんだ。この前、君が受注書を盗んだ少年の絵を描いたと聞いたときに、君に頼もうと思いついたんだよ」

「……そうだったんですか。光栄です」


 私は表情を変えないよう、冷静を装って答える。


「この際だからきちんと言っておくけど、僕は独身だし、恋人もいないよ。ここに住んでいるのは僕一人で、たまにメイドが掃除しにくるだけだ」

「分かりました。もうあの……大丈夫です」


 私は彼の目が見られない。これじゃ、まるで私がアレイスさんに嫉妬しているみたいじゃないか。アレイスさんとは気まずい関係になりたくない。このまま『ちょっと仲のいい素敵な人』でいて欲しいのだ。いつまでも、私の憧れであって欲しい。

 

 恋とか愛とか、私にはよく分からない。毎日穏やかに過ごして、受付嬢の仕事を頑張って、討伐者達が無事に依頼を終えて帰ってこられるよう見守りたい。仕事が終わったらちょっと美味しいものを食べ、夜はお風呂に入って朝までぐっすり眠りたい。


 それが私の幸せなのだ。目の前にいるこの素敵な人に、惑わされちゃいけない。

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