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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第21話 お届け物・2

 私は恐る恐る、アレイスさんの家に入った。玄関周りはがらんとしていて、廊下の奥は薄暗い。天井は高く、廊下の壁に壁掛けランプが並んでいるけど、灯りはついていない。


「……アレイスさーん?」


 私は廊下の奥に向かって声をかけた。反応はなく、わずかに私の声が廊下に反響するだけだ。アレイスさんは疲れたと言っていたから、まだ寝ているのかもしれない。勝手に家の中を歩き回るのもよくないし、このまま玄関に資料を置いて帰った方がいいかな。


 監視班から預かった紙の束を取り出して、玄関にあるチェストの上にそれを置こうとした時だった。奥の部屋からガタッと物音が聞こえる。


「アレイスさん?」


 私はもう一度声をかけた。だけど反応はなく、それ以上の物音もしなかった。廊下に目を凝らすと、一番奥の部屋がほんの少し開いていて、中から光がわずかに漏れている。

 アレイスさんは奥の部屋にいるのかもしれない。資料を胸に抱えながら、私は静かに廊下を歩いた。廊下には大きな風景画が飾られている。額縁も立派なものだから、きっとこれは高名な画家の作品なんだろう。


 部屋に近づくとやはり扉は少しだけ開いていた。私はそっと隙間から顔を覗かせ、部屋の中を見る。部屋の中は壁掛けランプの灯りで明るく、中の様子がよく見えた。


 部屋の中を見て私は思わず息を飲んだ。床一面に紙が散らばり、足の踏み場もない。そして部屋の中央に、アレイスさんがいるのが見えた。アレイスさんは床に這いつくばるようにして、床に散らばる紙に何かを書き込んでいた。時折独り言を呟き、別の紙を乱暴に掴むとまた何かを書く。その様子は狂気じみていて、私は見てはいけないものを見てしまったと思い、すぐにその場を離れようとした。


「誰だ!」


 私の気配に気づいたのか、アレイスさんは顔を上げた。ギラギラとした青い瞳と目が合い、私は思わず後ずさる。


「ご……ごめんなさい! 勝手に入ったりして……エルナです。アレイスさんに頼まれた資料をお持ちして……すみません、この資料、ここに置いていきますね!」


 私は慌てて床に資料を置いてその場を立ち去ろうと踵を返した。


「待って、エルナ!」


 アレイスさんは私を後ろから呼び止めた。私は足を止め、ゆっくりと振り返る。さっきのアレイスさんは別人みたいに怖くて、今はあまり彼と話したくない。母が話した「冷酷な人だった」という言葉が頭をよぎる。


「ごめん、エルナ。帰らないで」


 アレイスさんはさっきの怖い顔から、すっかりいつもの顔に戻っていた。


「すみません。呼び鈴を鳴らしたんですけど、返事がなかったので……」

「え、本当に? 全然気がつかなかったよ。少し寝たら回復したから、ちょっと魔術の勉強をしてたんだ……ごめん、僕は夢中になると他のことが目に入らなくなってしまうんだ」


 アレイスさんは眉を下げ、まるで怒られた犬のようにしょんぼりとしていた。


「そうだったんですね、勉強中に邪魔しちゃってごめんなさい。あの、そこに資料を置いたので……私はこれで失礼します」


 疲れて帰ったというのに、アレイスさんは自宅で魔術の勉強をしていた。やっぱり一流の魔術師と言われる人は普段から努力をしているんだな。彼の普段の姿に感心したけど、だったら尚更私がここにいるのは邪魔でしかない。早く退散した方が良さそうだ。


「待って、エルナ! わざわざ届けてくれたお礼もしたいし、良かったらお茶でも飲んでいかない?」

「あー……でも、私もう帰らないと……日が暮れちゃいますし、母も家で待っていますし……」


 思わず小さな嘘をついた。母はまだ仕事中で、恐らく今日も遅くなるはずだ。ギルドを出る時に一応『伝話』で遅くなると母にメッセージを残しておいてある。


「そうなんだ。残念だな……実は君に、ちょっと相談というか、お願いがあったんだけど」

「お願い?」


 アレイスさんは床から資料を拾うとそれを抱え、私に一歩近づいてきた。


「前に、僕の絵を描いて欲しいと言ったことを覚えてる? エルナに僕の絵を描いて欲しくて、それをお願いしたかったんだ。もちろん、相応のお礼はさせてもらうよ」


 彼の話を聞き、驚きで声が出ない。確かに以前、アレイスさんに「僕の絵を描いて」と言われたけど、まさか本気で言っているとは思わなかったのだ。


「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど……でも、絵を描いて欲しいならきちんとした画家にお願いした方がいいと思うんです」


 私は廊下に飾られていた立派な風景画を思い出していた。画家に頼めばお金がかかるだろうけど、アレイスさんの稼ぎなら軽く支払えるはずだ。素人に毛の生えた程度の私が描くより、ちゃんと名のある画家に描いてもらった方がいいに決まっている。


「僕に画家の知り合いなんていないよ」

「え? でも、廊下の絵は……」

「ああ、あれか。あの絵は僕が買ったものじゃないんだ。この家を買った時、前の住人が家具を置いて行ったから、内装もそのままなんだよ」

「そうだったんですか。通りで古めかしい内装だなと……あ、ごめんなさい」


 思わず本音を口にしてしまい、私はしまったと口をつぐんだ。アレイスさんは声を上げて笑う。


「いいんだよ。僕は寝に帰る家が欲しかっただけで、家具や内装にはまるで興味がないんだ。ここは静かで魔術の訓練もしやすい環境だったから、それが気に入って買っただけなんだよ」


 環境が良かったから買った、と軽く話すアレイスさんはやっぱりお金持ちだ。この家はかなり大きいし、庭も広い。きっと凄く高かったはずだ。


「ここで立ち話もなんだから、部屋に入って。そんなに長い話にはならないよ。今お茶を淹れて来るから」


 アレイスさんは私に部屋の中へ入るよう誘った。私は少し悩んだけど、思い切って彼の話を聞くことにした。彼の絵を描きたいと思っていたし、お礼も出してもらえるのなら悪い話ではないかもしれない。

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