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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第20話 お届け物・1

 アレイスさんの秘密を知った後も、私はそのことを心にしまって、表向きは何も聞いてないふりをして過ごしていた。

 アレイスさんが依頼を受けに来た時はちょっと緊張したけど、顔には出ていなかったはずだ。私はいつも通りに彼へ依頼を紹介し、魔物退治に向かう彼を笑顔で見送った。


 そして数日経ち、アレイスさんが依頼を終えて帰って来た。私は「お帰りなさい!」と笑顔で彼を出迎えたけど、アレイスさんはなんだか元気がない。


「ただいま、エルナ」

「……大丈夫ですか? お疲れのようですけど」

「いや、疲れているわけじゃないんだ。毒を受けて、回復の為に体力を消耗しちゃったから、凄く眠くてね」

「えっ! 毒を受けたんですか?」

「心配ないよ。もう毒は抜けているし、大したことはないんだ」


 アレイスさんは少し恥ずかしそうに微笑む。私が見た所、顔色が悪いわけではないので毒が抜けているのは本当だろう。とりあえず大丈夫そうなことに私はホッと胸を撫で下ろす。


「それでは、早速報酬の手続きに入らせてもらいますね」

「あー、そのことなんだけど……エルナ」

「何ですか?」

「報酬は次回受け取るから、先に帰ってもいいかな? ちょっと疲れたから早く家で休みたいんだ」

「分かりました! では次回受け取れるようにしておきます」


 私は魔物の毒を受けたことがないけど、毒を受けた討伐者は手当てが遅れると亡くなることもあり、とても危険なのだ。薬師ギルドが作った解毒薬はあるけど、解毒をすると本人の体力もかなり消耗する。一刻も早く家に帰って休みたいのは本当だろう。


「あ、しまった……監視班にアルーナ湖の辺りを調べるよう頼んでおいたんだった。僕が依頼から戻るまでに資料をまとめてもらうようお願いしていたけど、もう出来上がっているのかな」


 アレイスさんは急に思い出したような顔で呟いた。監視班は周辺の異変について調べる役目がある。私は以前アレイスさんに言われたことを思い出していた。アルーナ湖に出没する赤熊が山の方から『まるで何かから逃げるように』移動してきているのではないか、と彼は話していたのだ。


「アルーナ湖の赤熊って、この間アレイスさんが受けた依頼の件ですよね……?」

「ああ。何か気になるから、急いで調べてもらってるんだ。もしも他の天敵……例えば『ドラゴン』の目覚めが近いのなら、近くの環境に異変が起こるはずだから」

「私、今から監視班に確認してきましょうか?」

「悪いね……いや、待てよ。そうだ」


 アレイスさんは顎に手を当てて何か考える仕草をしていたけど、ふと思いついたように私の顔を見た。


「どうしたんですか?」

「エルナ、君にお願いがあるんだけど」


 私が首を傾げると、アレイスさんは周囲を気にして声を潜めた。


「監視班の資料を、後で僕の家まで持ってきてもらえないかな」

「えっ、私が!?」

「できるだけ早く資料が欲しいんだ。内緒で資料をもらう約束だから、他の人には頼めないし。エルナなら信頼できる。僕の家の場所は分かるよね?」

「そ……それは分かりますけど……」


 私は困惑しながら答える。確かに討伐者の情報はギルドにあるので、調べれば彼が住む家の住所は分かる。でも個人的に彼の家を訪ねるというのは、少し抵抗がある。


「勝手なことを言ってるとは思うけど……お願いできないかな?」


 困ったような顔で私を見るアレイスさんに、私はつい「分かりました」と答えてしまった。これまでも忘れ物をした討伐者さんに届け物をしたことはある。もっとも、近くの酒場にいるはずだから持って行ってくれと頼まれ、仕事帰りのついでに届けただけだけど。


「ありがとう。監視班のビルに言えば資料を渡してくれるから。遅くなっても構わないから、今日中に頼むね」

 

 アレイスさんは眠そうな顔のまま、ギルドを出て行った。なんだか妙なことになってしまった。とにかく、アレイスさんは早く監視班の資料が欲しいと言っているのだから、私はそれを彼に届けてすぐに帰ればいい。


 その日の仕事を終えた私は、監視班に立ち寄ってビルさんから資料を受け取った。監視班の情報は基本的に討伐者にも公開されるけど、全てが公開されるわけじゃない。例外として大きな危機が迫っている時などは、討伐者と監視班が協力しあって情報を共有することはある。

 つまり、アレイスさんと監視班はアルーナ湖の異変を『大きな危機』と捉えているのだ。それは『ドラゴンの目覚め』が近いことを意味する。何十年も眠りについているドラゴンは、人が近寄らない山の奥地にいるとされている。ドラゴンはずっと眠っているわけではなく、時々目を覚ますことがある。その時期は予測できないけど、ドラゴンの目覚めが近くなると周囲に異変が起こる。人々はその兆候を捉え、目覚めが近くなれば避難をするなどの対応を取らなければならない。


 そしてドラゴンが実際に目覚め、周囲に危険を及ぼす可能性が高まれば、討伐者ギルドは周辺のギルドから応援を募り、大討伐団を結成してドラゴン討伐に向かうことになる。これが、私の父が亡くなった十年前の戦いだった。


 ミルデン周辺では、もう百年近くドラゴンが目を覚ましていないので、いつ目覚めてもおかしくない状態だと言われていた。私達は日々生活をしながら、どこかでドラゴンが目覚める恐怖を感じているのだ。覚悟はしているけれど、このまま目覚めないで欲しいと思ってしまう。


 私はドラゴンのことを考え、不安な気持ちになりながらギルドを出た。アレイスさんの家は私の家と反対側の地区にある。私のような平民が暮らす住宅地とは違い、大きな家ばかりが立ち並ぶ地区だ。ここに住むのはお金持ちの討伐者ばかりで、成功した討伐者が競い合うように家を建てている。


 ようやくアレイスさんの家に着いた私は、煉瓦造りの大きな庭付きの家を見上げた。外壁の煉瓦はちょっと剥がれていて古い造りだけど、立派な一軒家だ。


 私は深呼吸をした後、思い切って玄関の扉についたベルをカランと鳴らした。しばらく待っても反応がなく、どうしようかと思いながら扉に手をかけると、意外にも鍵がかかっていない。


 私は恐る恐る、アレイスさんの家に足を踏み入れた。

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