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第2話 いつもの朝

 私の家は『ミルデン』という町にある。住宅街にある一軒家は小さいけれど住み心地がいい。外壁はツタで覆われていて、猫の額ほどの庭も家の中も、どこもかしこも植物だらけだ。これは私の母が薬師だから。母はちょっと珍しい植物が手に入ると、家に持ち帰ってどんどん育ててしまう。裏庭には小さな温室もあって、そこは私でも気安く足を踏み入れられないほどの植物で溢れている。


 朝食はいつも同じメニュー。近所のパン屋で買ったパンと、野菜がたっぷりと入ったスープ。前日から煮込んでいるからほとんど野菜が溶けてしまっているけど、味は悪くない。


 朝食にあまり時間はかけない。さっさと食べ終えたら出かける支度をする。私の部屋は二階にあって、中は狭い。仕事場では制服があるから、外出着は適当なものを着る。今日は丸襟のブラウスとフレアスカート。最近は暖かいから上着はいらない。化粧は人前に出るからしっかりとする。かといって派手すぎず、親しみが持てるような色合いを選ぶ。

 鏡に映る、夕焼けみたいなオレンジ色の瞳は父と同じ色で私のお気に入りだ。頬にほんのりオレンジ色のチークを入れれば、健康的で明るい印象になる。栗色の長い髪を一つにまとめ、高い位置でポニーテールにした後、飾りのリボンを結ぶ。髪をまとめた方が動きやすいから、いつも私はこの髪型だ。


「こんなもんかな」


 鏡を見ながら頷き、ベッドの上に放り投げておいた鞄を持って部屋を出る。階段を駆け下りるように一階へ。出かける前に私は必ずやることがあるのだ。


 リビングルームのチェストの上には、笑顔の父を描いた絵が置かれている。絵の横には数多くの勲章も一緒に飾られている。手のひらくらいの小さな額縁に入った笑顔の父に、私は挨拶をする。


「お父さん、行ってきます」


 挨拶を終えると、私は玄関の外に出た。ふと思い出し、裏庭へと向かう。そこにはガラスの壁が眩しい小さな温室がある。扉を開けて中を覗くと、案の定そこには私の母がいた。


「私、もう出かけるけど。そろそろ支度しなくて大丈夫?」

「やだ! もうそんな時間だったの!?」


 植物に囲まれていた母は、私に声をかけられるまで気づかなかったみたいだ。やっぱり声を掛けて良かった。母は植物の世話をしていると、たまに時間を忘れて夢中になってしまうことがあるから。


「じゃあ、私行ってくるね」

「行ってらっしゃい、エルナ! 私も急いで支度しないと」


 焦りながら母は私に手を振った。母は薬師ギルドに所属していて、町の人や討伐者ギルドの為に薬を作る仕事をしている。家ではのんびりしているけど、仕事はできる人でギルドの信頼も厚い。でも残念ながら、今日の母は遅刻かな。




 討伐者ギルドまでは徒歩で向かう。住宅街を抜けると商店が並ぶ大通りに出る。通りは朝から活気があって賑やかだ。いつも同じ道を通り、同じ人とすれ違う。石畳が割れている所があるから、躓かないように気をつける。パン屋の看板がちょっと傾いているのが気になっている。荷馬車から荷物を下ろしている商人は道を塞ぐように荷物を置くので、邪魔だなあと思いながら隙間を通り抜ける。

 いつもの道、いつも変わりのない出来事。大体いつもと同じ時間に討伐ギルドへ到着する。街の中心にある広場を抜けて、坂道を上った先にある大きな建物が、私の職場だ。


 ふと空を見上げると、ちょうどギルドの飛行船乗り場から飛行船が飛び立っていったところだった。楕円形の船底と、朝日に照らされた大きな翼が輝いているのが見える。


「……わあ……」


 思わず私は飛行船を見ながら呟いた。あの飛行船は、主に討伐者しか乗ることができない。大人数が乗るものじゃないから、そんなに大きいものではない。それでも近くから見上げると凄い迫力だ。ワイバーンの翼を模した形のものがついていて、ワイバーンの心臓と呼ばれる魔石の力で飛ぶらしい。飛行船は討伐者が迅速に魔物の居場所まで移動する為に使われているものなので、私のような受付嬢には縁のない乗り物だ。他に乗ることができるのは、貴族や王族くらいのものだろう。


 あの飛行船に乗って、各地を飛び回る討伐者に憧れたこともある。だけど私は討伐者じゃなく、ギルドの受付嬢になった。母は私が討伐者になることに反対だった。私に危険な思いをして欲しくなかったらしい。母の気持ちも分かるから、私は討伐者になることを諦めて、ギルドで働く道を選んだ。でもこの仕事が嫌なわけじゃない。討伐者達に感謝されると嬉しいし、彼らの役に立ったと少しでも思えたら、やりがいも感じる。


 これでも、自分の仕事には誇りを持っているのだ。私は飛行船を見送った後、ギルドの中に入って行った。これからいつもの仕事が始まる。

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