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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第1章 ギルド受付嬢の日常

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第18話 冷酷な魔術師・1

 ラウロが見つかり一度は逮捕されたけど、アメリアさんが言う通り二日で釈放されたようだった。これで受注書の事件は一件落着となった。私に対する処分もなしだ。ギルドの出入りも今まで通り誰でも自由にできる。

 ラウロのことはお姉さんがきちんと言い聞かせると言っていたらしい。盗みはよくないけど、そもそもお姉さんを助けようと思ってしたことだから、お姉さんも複雑だろう。私の家は父が遺してくれたお金があったし、母は薬師だから生活には困らなかった。でも私だってラウロのようになっていたかもしれない。そう思うと、なんだかラウロを責める気分にはなれなかった。


 今日は仕事終わりに一人で『夜猫亭』を訪れることにした。相変わらず店の中は空いていて、窓辺に夜猫亭の看板猫エボニーが寝そべっていた。夜猫、という店の名前にぴったりな、長毛の黒猫だ。


「こんばんは、エボニー」


 エボニーに声をかけたけど、エボニーは大きな耳をぴくりと動かしただけだ。エボニーはいつもこんな感じなので、私は特に気にしない。いつものように、カウンターの端に座る。


「エルナ、今日は『チキンのシチュー』があるけど、お腹すいてる?」

「お腹ぺこぺこ! それにします」


 店主のダナさんは笑顔で「待ってて」と言い、席から離れた。カウンターの奥には彼女の弟で料理人のヒューゴさんがいて、相変わらず仏頂面でカップにエールを注いでいる。


「ほら、エールだ」

「ありがとう!」


 ヒューゴさんからエールを受け取り、私はそれを一気に喉に流し込む。今日一日の疲れと共に、エールが私の中に流れ込んでいった。相変わらず、ここのエールはとても美味しい。


 ダナさんが私の前にチキンのシチューを置く。骨付きの肉は柔らかく煮込まれていて、ナイフを入れるとほろりと崩れた。


「うーん、美味しい!」


 一口頬張り、私は思わず独り言を呟く。私に背を向けて作業していたヒューゴさんは私の声に振り向いた。ヒューゴさんは愛想が悪いけど、料理の腕は絶品なのだ。きっと前にいた町でも評判の料理人だっただろうな。彼なら外の世界のことを色々と知っていそうだ。


「そうだヒューゴさん、ストームクロウって行ったことあります?」

「……ストームクロウ? まあ、あるけど」


 なんでそんなことを聞くんだ、と言いたげな顔でヒューゴさんは私を見た。ストームクロウは色々な所から人々が集まる自由都市だ。でも自由であるがゆえに、ストームクロウは治安があまりよくないと言われている。ギルドの人達もあの町には行かない方がいいと言うし、私自身もあまり行って見たいと思わない。


「……ストームクロウって『闇の市場』があるって言われてますよね。ヒューゴさん、知ってます?」

「ああ、あそこか。何でも手に入るって言われてる市場だろ? 盗品、毒物、なんでもありだ」

「行ったことあるんですか?」


 私の質問に、ヒューゴさんは何故か含みのある笑みを浮かべた。


「昔の話だよ」

「あるんですか! どういう所なんですか? 異端討伐者も出入りしてるって聞いたことあるんですけど」

「そいつらのことは知らねえよ。別に、普通にしてりゃ取って食われることもないさ。あそこには色んなもんが売ってるってだけだ」

「そりゃ、ヒューゴさんなら怖い場所も行けるでしょうけど」

「どういう意味だよ」

「いえ、別に」

 

 じろりとヒューゴさんに睨まれ、私はごまかすようにエールを飲んだ。


「何だ、行きたいのか? 闇の市場に」

「そういうわけじゃ……ただ、どんな所か知りたかっただけです」

「やめとけ。あんたみたいな世間知らずのお嬢さんが行くような所じゃねえよ」


 フンと鼻で笑い、ヒューゴさんは作業に戻ってしまった。世間知らずだなんて、酷いことを言うなあ。ヒューゴさんは見た目よりも怖くない人だと思うけど、やっぱりこうして話してみると、彼とは壁があるのを感じる。



 ♢♢♢



 家に帰ると、母はまだ帰宅していなかった。母は今日、アメリアさんと一緒に食事をする約束をしていると言っていた。先日アメリアさんが母と会いたがっていたけれど、もう会う約束をして出かけているのは驚きだ。アメリアさんと母は随分長く会っていなかったから、今頃思い出話に花を咲かせているんだろう。


 のんびりとお風呂に入り、風呂上がりにリビングを覗くと母が帰ってきていた。母はソファに腰かけながら居眠りをしている。


「寝るならベッドで寝た方がいいよ」

「わっ、びっくりした!」


 私が声をかけると、母はパッと目を開け驚いた顔で私を見た。


「お帰り。アメリアさんとの食事、楽しかった?」

「ただいま。久しぶりに会って随分話し込んじゃったわ。ワインも少し飲み過ぎちゃった……」


 母は楽しそうな顔で、アメリアさんとの再会について私に話した。若い頃のアメリアさんは今よりも気が強くて問題児だったとか、新しい回復薬を作る為に一晩中二人で薬師ギルドに籠っていたとか、母の語るアメリアさんは私の知らない顔ばかりで新鮮だ。


「そうそう、アメリアとも話してたんだけど。ほら、この間会った魔術師がいたじゃない? 黒髪で、綺麗な顔した男の人」

「ああ……アレイスさんのこと?」

「そうそう、そのアレイスさん。私やっぱり、王宮で彼のことを見た気がしてアメリアに尋ねたの。そしたらね、アメリアにはここだけの話にしてくれって言われたんだけど……」


 そう言って母は、他に誰もいないにも関わらず私に顔を寄せて声を潜めた。


「やっぱり彼と私、王宮で会ってたわ。彼は王宮魔術師よ」

「それ、本当なの?」


 私は驚いて母に聞き返した。アレイスさんと母が以前会っていたということも驚きだが、アレイスさんが王宮魔術師だったという事実も驚きだ。だとすると、彼は貴族の血を引く高貴な魔術師だということになる。


「でも、昔の彼は今と随分印象が違ったわ。冷たくて、思いやりのない人だった」


 母は眉間に皺を寄せながら私に話した。

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