第13話 子供の考え
受注書を盗んだラウロという子供の似顔絵を描き、私は母に頼んで薬師ギルドに絵を貼り出してもらっていた。母は仕事中だというのにギルドを抜け出し、慌てた様子で私にラウロが見つかったと知らせにきたのだ。
「ギルドにエルナの描いた絵を貼っていたらね、あるお客さんがこの子を知っているって話したのよ! 名前も『ラウロ』で間違いないって!」
「間違いないの?」
「ええ、間違いないわ。あの絵を見てすぐに分かったみたいよ。ほら、やっぱり絵を描いて正解だったでしょう? 私の言った通り!」
母は得意そうに胸を張る。横で話を聞いていたアレイスさんは、絵の話を聞いて不思議そうな顔をしていた。
「エルナが似顔絵を描いたの?」
「そ……そうなんです。少年の手がかりを得ようと思って……」
「凄いじゃない、それでその子が見つかったんだから。エルナは絵が得意なんだね?」
「そういうわけじゃ……小さい頃に少し描いてただけで……」
「それなら今度、僕の絵も描いて欲しいな」
「アレイスさんの!? べ、別に構わないですけど……」
アレイスさんに絵のことを知られるのは恥ずかしい。自分の頬が熱くなっているのを感じ、思わず手で頬を冷やす。母はアレイスさんの顔をじっと見ると、急に気づいたような顔で声を張り上げた。
「アレイス……ひょっとしてあなた、魔術師のアレイスさん?」
「ええ、そうですが」
「やっぱり! ミルデンに凄い魔術師が来たって、うちの薬師ギルドでも話題になっていたのよ。何か作って欲しい薬があったら何でも相談してちょうだい! 王都産にも負けない薬を私が作って見せますから」
「それは助かります。今度ギルドへお伺いしますね」
「任せて! そう言えばアレイスさんご存知? 今王都で話題になっている薬が……」
このままだと母とアレイスさんの長話が始まりそうな雰囲気なので、私はとりあえず話に割って入った。
「とにかく、私はアレイスさんの依頼を進めてくるから。お母さんはここで待ってて。アメリアさんにラウロのことを報告したいから、一緒に来て欲しいの」
急に忙しくなってきた。でもアルーナ湖の問題と、ラウロの手がかりが見つかったことで私の心は少し軽くなっていた。
♢♢♢
ミルデン支団長のアメリアさんとの面会は、私がアレイスさんを見送ってからすぐのことだった。母と一緒に支団長室の中へ入った私の顔は緊張でこわばっているけれど、母は全く緊張している様子がない。それどころか、母は支団長室の豪華な内装に興味津々で、視線をあちこち動かしている。
「討伐者ギルドにご協力いただき、感謝いたします。ジェマ・サンドラさん」
「とんでもない! ミルデンに暮らす私達は協力し合わなければなりませんもの。それに、私の娘がこのことで責任を感じているようですから、母として何か力になれればと思ったのです」
アメリアさんはじっと母が話す様子を見ていた。そして母の話が終わると眉を下げて、今にも泣きだしそうな顔で微笑む。
「……久しぶりね。あなたが元気そうで良かったわ。ジェマ」
「アメリアこそ。支団長として頑張っている姿、娘からよく聞いているわよ」
二人は笑いながらお互いに近寄り、固いハグをした。そうだ、この二人は父が討伐者だった頃からの知り合いだったのだ。父が亡くなった後、母は討伐者ギルドから距離を置いたからアメリアさんとの交流も無くなった。二人がこうして会って話すのは久しぶりだろう。
私は二人が抱き合い、笑顔を浮かべている姿を見て嬉しくなった。母はきっと討伐者ギルドを訪ねることに抵抗があったに違いない。それでも私にラウロのことを一刻も早く伝えたくて、わざわざギルドまで来てくれたのだ。
「それで……その『ラウロ』がどこの誰なのか、詳しく教えてくれる? ジェマ」
「ええ。ラウロは『荷馬車通り』にあるアパートで、姉と二人で暮らしている子供だそうよ。両親は亡くなって、年の離れた姉がラウロの面倒を見ているそうだけど、暮らしは厳しいみたいで……ラウロは金になる話を探していたんじゃないかって」
「やっぱり、受注書を盗んだのはお金目当てね。それで、ラウロは今どこに?」
「それが、ここ数日姿を見かけないらしいの。もしかしたら『闇の市場』へ向かったんじゃないかしら」
母の話を聞いたアメリアさんの表情が曇る。闇の市場はミルデンから馬車で三日ほどかかる『ストームクロウ』という港町にある。自由都市と呼ばれていて住民の出自は問わない所なので、あちこちから怪しい人間が集まってくる。その為いつの間にか『闇の市場』なんて揶揄される場所ができてしまった。闇の市場では魔物の素材や怪しい薬など、表に出せないものなら何でも揃うと噂されている。ここへ行けば、受注書の情報が欲しい『異端討伐者』もいるはずだ。
「ラウロはまだ子供でしょう? 馬車代もかかるし、あんな所まで一人で行くかしら」
アメリアさんは腕組みしながら呟く。私もアメリアさんと同じことを考えていた。荷馬車通りは文字通り、荷馬車を運転したり荷運びをしたりする仕事をしている人達が暮らす区画で、はっきり言えば貧しい人達だ。姉と二人暮らしの少年が、三日もかかる長旅の資金を捻出できるとは思えない。
でも……私は迷いながら二人の話に口を挟んだ。
「……あの、もしかしたら彼は、歩いて闇の市場に行くつもりじゃないでしょうか」
「歩いて!? まさか。ストームクロウまでは山道を越えて行かなきゃいけないのよ? 子供の足では到底たどり着けないわよ」
母は私の意見に眉を吊り上げる。
「でも、子供だからこそ無茶をするのかもしれません。お母さん、覚えてる? 私が小さい頃、虹の根元に行くといっておやつのベリーだけ持って一人で出かけたこと」
「ああ! 思い出したわ。そんなこともあったわね」
昔の話を思い出した母は笑い出した。私がそんなことをしたのは七歳の時で、ラウロよりは幼い時だった。子供の目から見た虹は、小麦畑のすぐ向こうにあるように見えた。だから私は庭で採れた小さなベリーの実を袋いっぱいに詰め込んで、虹の根元まで行こうと一人で出かけてしまった。結局いつまで経っても虹の近くには行けなくて、歩けなくなった私は小麦畑のど真ん中でうずくまった。ちょうど農民が通りがかり、荷車に乗せてもらって家に帰ったことを思い出す。
「確かに、子供の考えで無茶なことをする可能性はあるわ。彼が何か事件に巻き込まれる前に、すぐに衛兵に頼んで、ラウロを探してもらわないと。ジェマ、エルナ。二人ともありがとう。後は私に任せて」
アメリアさんは急に慌て出し、私達は追い出されるように支団長室を出た。後はラウロが無事に見つかることを祈るだけだ。




