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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第108話 魔術師アレイスは逃げる

 小さな酒場『夜猫亭』の二階には、酒場の主人であるヒューゴとその姉、ダナが二人で暮らしている。

 エルナが酒場にやってきた日は、普段より客が多く賑わっていた。ようやく客がいなくなり、店を閉めると、ヒューゴは細くて急な階段をゆっくり上って二階へ向かった。


 ドアを開け、ヒューゴが顔を覗かせた先にいたのは、看板猫エボニーを膝に乗せたアレイスだった。


「アレイス。エルナがさっきまで来ていたぞ」


 アレイスは窓辺に椅子を置き、ぼんやりと窓の外を眺めながらエボニーを撫でていた。外は暗闇で、見つめたところで何が見えるわけでもない。遠くにぼんやりと光る『魔石灯』や、近所の家の明かりが見えるだけだ。


「……そう」

「呼ぼうと思ったが、お前が『誰にも言うな』と言うから、黙っておいたぞ」

「ありがとう、助かるよ」


 力のない声で、アレイスは呟く。表情のない横顔を見ながら、ヒューゴは眉間に皺を寄せた。


「いい加減、エルナと話したらどうだ。お前のしたことは確かに悪いが……その目的に悪意がないとお前が思うなら、きちんと謝って彼女に理解してもらえ」

「ご忠告、感謝するよ」

「……遅くなったが夕飯を用意してある。下に降りてこい」

 

 何を言ってもアレイスは頑なだった。ヒューゴはため息をつき、ドアを閉めた。


 アレイスはエルナにリボンの秘密を打ち明けたが、エルナは激怒し、拒絶した。そのことにショックを受けたアレイスは、そのまま夜猫亭に押しかけて、そこで寝泊まりをしていた。寝るのはリビングのソファの上。それ以外の時間は部屋に閉じこもっていた。

 夜に突然押しかけてきたアレイスに、ヒューゴとダナは困惑しながらも受け入れた。アレイスは一日中ぼんやりとしていて、看板猫エボニーの世話をする以外は何もしていなかった。


 これではギルドが居場所を突き止められないのも当然だ。あれから五日経ったが、アレイスはまだ家に戻ろうとしない。


 一階の酒場では、後片付けをしているダナが戻ってきたヒューゴに、心配そうな顔で話しかけた。


「アレイスさん、大丈夫?」

「知らん。ほんの一晩と思ったら、いつまでここにいるつもりなんだ。エルナの話をしても表情一つ変えやしない」

「困ったわね……やっぱり、あのとき無理にでもエルナに話すべきだったかしら」


 ダナはカウンターの上に置かれたアレイスの夕食を見ながら呟いた。二人とも、アレイスはすぐに帰ると思っていたので、そのまま居ついてしまった彼に困惑していた。


「無理やり引き合わせても、またこじれるかもしれん。無理矢理追い出してもいいが、あいつは一人だからな……」


 二人が話していると、アレイスが一階に降りてきた。


「長居をして悪かったよ」

「アレイス!」


 話を聞かれていたことに、ヒューゴは気まずそうな顔をした。


「明日には家に戻るつもりだよ」

「そ、そうか……」


 アレイスはカウンターに腰かけると、羊肉の煮込みを食べ始めた。ヒューゴとダナが店の片づけをしている横で、アレイスはもくもくと料理を口に運んでいた。


 ずるずると二人の好意に甘え、夜猫亭に長居してしまったことに、彼自身申し訳ないと思ってはいた。エルナに嫌われたショックで、そのまま家に帰る気分になれなかったアレイスの頭に浮かんだのが『夜猫亭』だった。一晩だけ、あと一日だけ……そう繰り返すうちに、あっという間に日が経っていた。


「ごちそうさま。美味しかったよ」


 ヒューゴに礼を言い、アレイスは二階へ戻った。



 ♢♢♢



 翌朝、宣言どおりにアレイスは自宅へと戻ることにした。


「迷惑をかけて悪かったね」

「別に構わないさ」

「そうよ、気にしないで」


 酒場の外まで見送りに出てきたヒューゴとダナは、最後まで優しかった。アレイスは軽く微笑んで頷いたあと、ちらりと建物に目をやった。


「いつかお礼に、もっと立派な酒場を僕が建ててあげるよ。広くて歩きやすい階段もつけてさ」


 夜猫亭の階段は狭く、膝が悪いヒューゴが歩きにくそうにしていることにアレイスは気づいていた。ヒューゴは迷惑そうに顔を歪めた。


「俺はこの建物が気に入って買ったんだ。余計な気を回すな」

「……そうか。ならいいけど」


 アレイスは苦笑いを返し、二人と別れて自宅へ戻った。

 

 

 

 メイドのミランダは、アレイスがいない日でも勝手に入って掃除をしていくので、家の中は綺麗な状態だった。

 自分の部屋に入ると、片付いた机の上に何通かの手紙が置いてあった。これは郵便屋が持ってきた手紙を、ミランダが置いたのだろう。ミルデン支団からの手紙がいくつかあったが、その中に一通だけ、明らかに違うものがあった。封筒を裏返し、封蝋を見たアレイスの表情が曇る。これは彼の家である『ロズヴァルド家』の紋章だ。


 アレイスは眉間に皺を寄せながらハサミで封を切り、手紙を開いた。


 手紙の送り主は彼の兄であるシリル・ロズヴァルドだった。

 ロズヴァルド家の次男であるシリルは、アレイスと年齢が近く、アレイスにとって唯一の理解者と言える存在だった。アレイスが家を出てからも、シリルだけはずっと、彼のことを気にしていた。シリルの友人である近衛騎士のジュストに頼み、アレイスを連れ戻させようとしたのも一度や二度ではない。

 もっとも最近は、アレイスを無理に連れ戻させることは諦めたようで、近況を探るくらいのものだ。そんな兄が突然手紙を送ってきた理由に、アレイスは心当たりがあった。


「――やっぱり、ドラゴンか」


 手紙に目を落としながら、アレイスは呟いた。

 アルーナ山でのドラゴン討伐の話は、当然ながら王都にも広まっていた。アレイスが討伐隊に参加したことは、いずれ王都で暮らす家族にも知られるだろう。これはアレイスも覚悟の上である。

 

 討伐隊に参加しただけならよかったが、アレイスはその類まれなる才能で、ドラゴンの炎をたった一人で防いだ。

 集落の人々は彼のおかげで命が助かり、討伐者ギルドでは「アレイスは英雄」と称えられた。討伐者ギルド総本部は王都にあり、いずれ彼は総本部から褒賞を与えられるために呼び出されるだろう。

 もちろんアレイスは褒賞を断るつもりだった。彼にとっては多くの褒賞も周囲からの賞賛もどうでもいい。しばらくのあいだは騒がしいだろうが、放っておけばいずれ静かになる――そんな風に思っていた。


 兄の手紙にはやはり、先日のドラゴン討伐のことが書いてあった。総本部に来るときには、ぜひ自分とも会って欲しいと兄の気持ちが書いてある。アレイスは小さくため息を吐き、続きの文を読んだ。


『――このままでは王都に戻りづらいだろうと考え、ミルデンに迎えを出すことにした。ジュストもお前に会うのを楽しみにしているだろう。早くお前からいろいろな話を聞きたいよ。

 ――愛するアレクシスへ。シリルより』


「まさか……」


 顔を上げたアレイスの瞳は動揺で激しく動いた。この手紙がいつ届いたのか分からない。王都からの手紙は、汽車でストームクロウで運ばれ、そこから郵便屋がミルデンまで持ってくる。二、三日もあれば届くはずだ。急ぎの手紙なら、直接飛行船で運ぶやり方もあり、それなら一日で届くだろう。

 つまり、ジュストがもうミルデンに着いていてもおかしくないのだ。


 アレイスの嫌な予感は当たった。その日の夜、玄関の呼び鈴が何度も鳴らされた。渋々玄関に出ると、そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた近衛騎士のジュストだった。


「戻ってきたか! アレクシス。どこに行っていた? 宿で時間を潰していたが、退屈で仕方がなかったぞ」


 ジュストはあっけにとられているアレイスを押しのけるように、家に入った。

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