表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/109

第107話 何か隠してる?

「いらっしゃいませ、エルナ・サンドラ様。本日はどのようなご用件でしょうか」

「はい。ええと、お金を預けたいんです」


 銀行の担当者の前に私と母は座った。天井が高い大広間は声がやけに大きく響くので、思わず小声になってしまった。受付の奥はずらりと机が並んでいて、職員たちが無言でずっと羽ペンを走らせていた。みんな同じ動きをしているのが不思議だ。

 カウンターテーブルの両隣は壁で仕切られていて隣が気にならないし、椅子は大きくて座り心地がいい。担当者は若い女性だけど、テキパキしていて感じがいい人だ。


「――それでは、預けていただくものをこちらへお願いします」

「これです!」


 担当者の前にドンと箱を置き、蓋を開けて中を見せた。担当者は箱の中身を一瞥すると、はっきりとわかるほど顔色を変えた。


「す……少しお待ちくださいませ」


 担当者は大慌てでどこかへ行ってしまった。


「どうしたのかな」

「大金だものね。きっと上司に確認しているのよ」


 母がフンと鼻で笑う顔を見て、急に不安になってきた。お金の出所を聞かれたりするのだろうか。本当に私のお金かと疑われたらどうしよう。


 担当者はお腹を揺らしながら歩く中年男性を連れて戻ってきた。母の読み通り、彼は担当者の上司だという。


「サンドラ様。失礼ですが一度、こちらの大金貨を確認させていただけますかな?」

「はい……どうぞ」


 男性は椅子に腰を下ろし、「ふう」と息を吐きながら、拡大鏡を手にして大金貨をじっくりと調べ始めた。そうか、偽のお金かもしれないと疑われているんだ。私はどう見てもお金がなさそうな見た目だし、討伐者でもない。ただのギルド受付嬢が、こんな大金を持っているのを変だと思われても仕方がない。


 私は心の中でハラハラしていたけど、結局お金は本物だということが分かったみたいで、無事にお金を預けられることになった。これで何かあったときにも自由にお金を引き出せる。すぐに必要になることはないだろうけど、何かあったときのためのお金があるというのは心強かった。



 

 手続きが終わり、外に出た私はやっと緊張が解けた。肩も凝ったようで体が重い。私は思い切り伸びをした。


「疲れたー! これでもう安心だね」

「そうね、お疲れ様。さて、私はこのまま薬師ギルドに行くわね」

「え、今から?」


 私はこのあとのんびりするつもりだったけど、母はこのあと普通に働くつもりらしい。呆れたけど、母らしい。


「だってこれくらいで休んでなんかいられないでしょ。やりかけてる仕事もあるし、毎日見ないといけないものもあるし……それじゃ、夜には帰るから。ご飯は一人で食べてね」

「分かった。頑張ってね」


 母は私を残してさっさと行ってしまった。いきなり一人残された私は、さて、どうしようかと迷う。まだ夕食には早いけど、夜猫亭にでも行こうかな。


 そう決めて歩き始めたところで、ふと立ち止まった。アレイスさんとあの店で鉢合わせしたりしないだろうか。

 少し気になったけど、気を取り直して私は夜猫亭へと向かった。



 ♢♢♢



 夜猫亭は大通りから一本外れた道にある小さな酒場だ。看板猫の『エボニー』は周囲を散歩中だろうか。それとも『周囲を監視中』だろうか。エボニーは見た目は猫だけど、実は魔獣なのだ。エボニーは夜猫亭のダナさんを見守るため、周辺を巡回しているはずだ。

 

 店に到着して、まだ開いてなかったらと心配になったけど、扉はあっさりと開いた。


「こんにちは……」


 店の中に客はいなかった。カウンターの中にはヒューゴさんがいて、私を見ると驚いたように目を丸くした。


「あんたか、こんな時間にどうしたんだ」

「ひょっとしてまだ開いてないですか? だったらまた今度に……」

「いや、構わない。エールでいいか?」


 店に来たのがちょっと早すぎたのかもしれない。申し訳ないなと思いつつ、私はカウンターに座った。


「ダナさんは?」

「買い物に行ってる。もうすぐ戻るだろう。何か食うか?」

「そうですね、今は何があります?」

「羊肉の煮込みならすぐに出せるが」

「お願いします!」


 今日は羊肉の煮込みがあるなんてついてる。エールと共に出された羊肉の煮込みは、深いお皿にたっぷりと盛り付けられていて、一緒にパンも添えてある。見るからに時間をかけて煮込んだもので、食欲をそそる香りが漂ってきた。


「柔らかくて美味しい!」

「そうか」


 ヒューゴさんは相変わらず素っ気ない返事だけど、その口元は少しだけ緩んでいたから、多分喜んでいると思う。


「そういや、ドラゴンは再び眠りについたそうだな」

「そうなんです。討伐隊の皆さんが頑張ってくれたおかげで」

「大した被害も出なくて何よりだ。市場の品揃えもようやく元に戻ったから、こうしていい肉も手に入ったしな」


 酒場を開いているヒューゴさんにとって、ドラゴンの被害次第では店を開けられなくなる恐れがあった。こうして街の暮らしが元通りになり、ヒューゴさんも安心しているのだろう。


「アレイスの魔術で助けられたらしいな」

「誰に聞いたんですか? よく知ってますね」

「……噂になっていたんでな」

 

 アレイスさんが集落を救った話は、もうヒューゴさんの耳にまで届いていた。誰に聞いたのかと言いかけたそのとき、扉が開いてダナさんが買い物から戻ってきた。


「あら、エルナ。いらっしゃい!」

「ダナさん。少し早いんですけどお邪魔しちゃいました」

「いいのよ、そんなこと気にしなくて! ちょうどよかったわ、今ね……」

「姉さん」


 ヒューゴさんは急に低い声を出した。ダナさんは肩をびくっとさせ、何か言おうとしていたのをやめてしまった。


「……エルナ、ゆっくりしていってね!」

「はい、ありがとうございます」


 ダナさんはそそくさと店の裏に行ってしまった。さっき何を言いかけたんだろうか? 気になったけど、ヒューゴさんの顔はいつもより険しくて、なんだか聞いてはいけない雰囲気だ。


 気まずいまま食事を続けていると、お客さんが徐々に増え、店内は次第に賑わい始めた。ダナさんもすぐに戻ってきて、二人ともいつもどおりだった。食事を終えて外に出ると、空は薄暗くなっていた。完全な夜がやってくる前に、家に帰ろう。


 ふと視線を感じて振り返ると、夜猫亭の二階の窓から黄色い目玉が見えた。あれは看板猫のエボニーに違いない。


「またね、エボニー」


 聞こえるわけがないと思いながらエボニーに向かって声をかけ、私は家路に着いた。

次回はアレイス視点のお話になります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ