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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第105話 秘密

 温室にアレイスさんを案内するため、私とアレイスさんは裏庭に回った。


「暗いので足元に気を付けてくださいね」

「大丈夫だよ」


 そう言うと同時に、アレイスさんは手のひらから小さな炎を出した。辺りが明るくなり、けもの道みたいな裏庭へ続く道がはっきりと照らされた。


「わあ、さすが魔術師ですね!」


 魔術師って便利な力を持っているんだなあ。アレイスさんはちょっと得意げに「まあね」と私に返した。


「ここが温室です。ちょっと狭いんですけど……今明かりをつけますね。そうだ、アレイスさん。悪いんですけど、その火を少しだけもらってもいいですか?」

「構わないよ」


 先に温室に入り、入り口に置いてあったランタンを持ってきて、アレイスさんに火をつけてもらった。

 温室の中にランタンを置くと、明かりに照らされた多くの植物が浮かび上がった。人一人がやっと通れる通路の両側に、所狭しと鉢植えが置かれている。


「これを全部、ジェマさんが集めたのかい?」


 アレイスさんは興味津々といった顔で植物に顔を近づけたり、匂いを嗅いだりしていた。


「そうなんです。知り合いの行商人に頼んだり、積み荷についてた種を拾ったり……」

「凄いね、さすが薬師だ」

「母はもともと植物が好きで、昔から何の種か分からないものを育てるのが趣味だったらしいです。薬師は天職だったんでしょうね」

「彼女のような人が、討伐者ギルドに協力してくれるのはありがたいな。おかげで僕の命は助かったわけだしね」

「ええ、本当に……そうですね」


 しみじみと呟くと、アレイスさんは私の前に戻ってきた。


「エルナとジェマさんは、僕の命の恩人だ」

「母はそうでしょうけど、私は別に……お手伝いしていただけで」

「僕にとっては、二人ともそうだよ」


 見上げると、アレイスさんの穏やかな笑顔がそこにあった。

 少しのあいだ、沈黙が流れる。何を話せばいいんだろう。彼の顔を見ていると、ドキドキして何を話せばいいのか分からなくなる。

 本当は今日、彼に気持ちを伝えようと思っていたのだ。でも今言うのはまだ早い気がした。


「……あ、そうだ! そういえばずっと聞きたかったことがあったんです。アルーナ山でドラゴンが現れたとき……アレイスさんは私があの集落にいたことに気づいてましたか?」


 また私は逃げてしまった。あのときのことは聞きたいと思っていたからちょうどいいのだ。

 彼は私の質問に、何故か目を泳がせた。


「ああ……まあね」

「気づいてたんですね! びっくりしたでしょう? まさか私があんな所にいるなんて思わないですもんね」


 彼がドラゴンの炎から私たちを守ったとき、私があの場にいたことに驚いただろう。私はミルデンのギルドにいたはずだったのだ。急遽アルーナ地方行きの飛行船に乗り込んだわけで、その情報が山頂にいた彼の耳に入るはずがない。


 アレイスさんは何も言わず、微妙な笑みを浮かべている。どうしたんだろうと思い、次の言葉を待っているとようやく彼は口を開いた。


「エルナ。君に話しておきたいことがあるんだ」

「話?」


 いつになく真面目な顔をしているアレイスさんが不思議だったけど、私は黙って頷いた。何だろう、無表情のままの彼の顔が少し怖い。アレイスさんは温室の隅にある水がめの蓋を開け、水桶に水を入れて戻ってきた。


「どうしたんですか? 水なんか持ってきて」

「エルナに見て欲しいものがある」


 アレイスさんが何をしたいのか分からない。首をひねりながらアレイスさんが何をするのか見ていた。彼は机の上に水桶を置き、その中に指を一本入れた。


「覗いてごらん」

「え? はい……」


 わけが分からないまま、言われたとおりに水桶の中を覗き込んだ。

 そこに映ったのは――私だ。

 正確には、私を斜め後ろから見ているような光景だった。これは明らかにおかしかった。なぜなら水に映るのは、私の顔でなければならない。私の後ろ姿が映るはずがない。


「これ……どういうことですか?」


 顔を上げると、アレイスさんの目の輝きが消えていた。こわばった表情で私をじっと見るその顔は、今まで見たことのない顔だ。


「これは僕が見つけた、とても古い魔術の一つだ。自分の体の一部を相手に身につけてもらうことで、どんなに離れていても相手の居場所を見ることができる。こうやって水を介してね」

「え……え?」


 アレイスさんが何を言っているのか分からない。体の一部? それを私が身につける? 混乱していた私は、ようやくあることに気がついた。


 彼にもらったリボン。アレイスさんはそれを『お守り』だと言った。そう言えば彼はいつも、リボンをつけているかどうかを気にしていた。

 

 私の指先が急に冷えていくのを感じた。まさか、彼が私にそんなことを?


「……私の、リボンなんですね?」

「そうだ。メイドのミランダに頼んで、リボンを作ってもらったんだ。僕の髪の毛を一本、糸と混ぜて縫い込んだ。君がリボンを身につけているあいだ、君がどこにいるのか知ることができる。だから僕は、君があの集落に向かったのを知っていたんだ。ドラゴンがあの集落に向かおうとしたから、僕は急いでそれを止めようとして……」


「そんなことを聞いているんじゃありません!」


 私は気づけば彼に怒鳴っていた。


「エルナ、聞いてくれ。確かに黙ってリボンを渡したのはまずかったと思う。でも決して僕は、君の私生活を覗き見たりしていない。君が危険な目に遭わないか、嫌な思いをしていないか、僕は心配で……」


「心配!?」


 思わず怒鳴り返すと、アレイスさんは怯んだように私を見た。


「そ、そうなんだ。僕は君のことを見守りたいんだよ。君はとても素直でいい子だから、悪い奴が君に近づくんじゃないかと心配なんだ。僕だけが、君を守ることができる」

「だからって、内緒で私のことを覗き見してたなんて! どうして最初から言ってくれなかったんですか? こそこそと隠れて!」

「だから、こそこそしていたつもりはないんだよ。エルナ、どうしてそんなに怒るんだ? 僕はただ、君に笑顔でいて欲しくて……」


「ひどいです! アレイスさんがこんなことをしてたなんて……最低です!!」


 怒りに任せて、私はアレイスさんに吐き捨てた。アレイスさんはショックを受けた顔をしていて、何かを言おうとしていたけど、うつむいてしまった。


「……ごめん、エルナ」


 ぽつりとアレイスさんは呟き、無言のまま温室を出て行った。私はその場でうずくまり、こみ上げる涙をこらえられなくなった。


 彼をずっと信じていたのに、裏切られた。そのことが悲しくて、私はただその場で泣いていた。


「……エルナ?」


 母の声がして、ゆっくりと顔を上げるとそこには心配そうな顔の母がいた。


「アレイスさんが急に帰るって言うから驚いて……何があったの? 喧嘩でもしたの?」


 母はしゃがんで、そっと私の背中を撫でた。その手のぬくもりで、私はまた涙が出てしまって、すぐに言葉が出てこなかった。

とうとうリボンの秘密がばれてしまいました。重い展開が続いてすみません。少しだけご辛抱ください…!

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