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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第104話 食事会

 週に一度の『休息日』――今日はアレイスさんを招いた食事会の日だ。

 この日は母の仕事が休み。私は休息日など関係ない仕事だけど、この日のために休みを取った。

 

 なぜなら朝から、母の料理作りを手伝うためだ。母は今日の食事会のために、とても張り切って準備を進めていた。どんな料理を出すか考え(食材を買いに行ったのは私だけど)どんなお酒が合うか考え(お酒を買いに行ったのも私)テーブルセッティングにも力を入れた(テーブルの上に飾る花を買いに行ったのも私だ)


 母がこんなにはしゃいでいる姿を見るのは久しぶりだ。アレイスさんのことを嫌っているのかと思っていたので、母がアレイスさんを招きたいと言い出したときは驚いた。アレイスさんと母は以前、一度王宮で会っていて、そのときの印象が最悪だったそうだけど、もう今は気にしていないようだ。


 アレイスさんに食事会の招待状を出したときは、少し緊張した。彼は一人で過ごすのが好きな人のようだし、恋人でもない私の母に招待されるなんて、どう思われるだろうと心配だった。

 でも彼からの返事はすぐに届いた。ドキドキしながら手紙を開くと『食事会を楽しみにしている』と書いてあったのでホッと胸を撫で下ろした。


 台所からはいい匂いがする。ダイニングテーブルには綺麗なテーブルクロスをかけている。花瓶に花を飾り、お皿とカトラリーを人数分並べる。我が家は独立したダイニングルームがなく、リビングと繋がっている。母の鉢植えが窓際に並び、本棚には母の本がぎっしり。私が子供のころに父から買ってもらったオルゴールとか、誰にもらったのか忘れた木彫りの鳥とか、ごちゃごちゃとしたインテリアはアレイスさんの豪邸とはかなり違う。きっと彼の家で食事会をした方がサマになるんだろうけど、それじゃ意味がない。


「エルナ、アレイスさんがもうすぐ来る頃よ。そろそろ着替えたら?」

「もうそんな時間? 急がなきゃ!」


 台所から顔を出した母は、エプロンを外しながら私に言った。急いで二階に上がり、自分の部屋に飛び込む。今日はオシャレをするつもりだ。食事会が決まったあと、古着屋に行ってワンピースを買った。正直言って痛い出費だけど、私はいつも職場と家の往復ばかりで、華やかな場所に着ていく服をほとんど持っていない。学校の卒業パーティーで着たワンピースはあるけど、あれは派手すぎてあまり気に入っていない。


 古着屋で選んだのは、紺色のワンピースだ。形が綺麗なので一目見て気に入って買ったけど、帰って母に見せたら「地味じゃない?」とため息をつかれた。母の好みに合わせると、私に似合わない派手な色になってしまう。母は、娘は一番派手な色で目立った方がいいと考えるような人だ。母の助言は聞き流すことにした。


 髪型をどうしようかと悩んだけど、結局いつも通りにポニーテールにして、リボンは夜空色を選んだ。これが一番落ち着くし、私らしい気がする。

 アクセサリーは、母から就職祝いにもらった指輪とネックレスを着けた。母の友人の宝飾ギルド職人が作ってくれたもので、シンプルな形だけど細かい装飾が入っている。これを身に着ければ、少しは華やかになるかな。


「あら、またその髪型? 代わり映えしないわねえ。せっかくオシャレしたのにもったいない」


 着替えを終えて一階に下りると、母が私を見て呆れたように笑った。


「これでいいの! お母さんも早く着替えたほうがいいんじゃない?」

「ああ、そうね。エルナ、アレイスさんが来たらお願い」


 母が着替えに向かって少ししたあと、玄関の呼び鈴がなった。きっとアレイスさんだ。急いで出よう。



 ♢♢♢



 アレイスさんは私が見たことのない服を着て、ワインをお土産に持ってやってきた。体にぴったりと合ったジャケットの下には、同系色のベストと皺ひとつない真っ白なシャツを着ていた。身のこなしも上品で、いつも素敵だけど今日の彼は思わず見とれてしまうほどだ。


「エルナ、素敵なワンピースだね。よく似合っているよ」

「ありがとうございます。母には地味だって言われちゃったんですけど」


 アレイスさんは、玄関で出迎えた私の恰好を早速褒めてくれた。


「どこが地味? エルナにぴったりだ。リボンとも合っているし、いいと思うよ」

「そう言ってもらえると、選んだ甲斐がありました。アレイスさんも凄く、その……素敵です」

「本当? そう言ってもらえるなら、選んだ甲斐があったかな」


 私とアレイスさんはお互いの顔を見て笑い出す。これで少し緊張が解けた私は、アレイスさんを中に案内した。



 テーブルの上には、母が腕によりをかけて作った料理が並んでいる。

 野菜と薄切りのリンゴ、チーズを乗せたサラダに蜂蜜入りのドレッシングをかけた。

 鶏肉とカブを煮込んだスープ。

 メインの肉料理は、鶏肉と香草を白ワインでホロホロになるまで煮込んだもの。

 付け合わせでジャガイモのチーズ焼きもある。これは我が家でしょっちゅう作る私の大好きな料理だ。


「美味しいです。これは全部ジェマさんが作ったんですか?」

「そうなの。豪華な料理じゃなくて申し訳ないけど」

「何を言うんですか。どれも美味しくて、他じゃ食べられないですよ」


 母が朝から張り切って作った料理だけあって、本当に美味しい。でも、どれもいわば家庭料理で、高級レストランの料理に比べると素朴なものばかりだ。アレイスさんが気に入ってくれるか不安だったけど、彼は全部の料理を美味しいと言って平らげた。


「王都の貴族の口に合うか心配だったけど、そう言ってくれて一安心ね」


 母がお酒に酔った顔で呟くと、アレイスさんは気まずそうな笑みを浮かべた。


「僕が王都を出てから、もう何年も経っています。過去の話ですよ」

「そうは言っても、向こうではいいものばかり食べていたんでしょう?」

「ちょっと、お母さん!」


 母は少し酔いすぎだ。余計なことを言い出さないよう、私は慌てて母をいさめる。


「いいんだよ、エルナ……幼いころは確かに、そうだったかもしれませんね。でも王宮魔術師となり、王宮で暮らし始めてからは、食事の面では今と変わりませんでした。むしろ今よりも質素でしたよ」

「へえ、そんなものなの?」

「ええ。我々は王宮で働く者として、贅沢をしないよう言われ、食べるものも決まっていました。豆や茸、根菜に少しの肉……メニューもいつも同じで、全員で横並びのテーブルに座り、無言のまま食べるんです。お酒ですら、特別なときにしか飲めない決まりがありました。とはいえ、こっそり飲む者もいたようですが」

「なんだか教会の聖女みたいな暮らしねえ。私だったらすぐに逃げ出しちゃうわ」


 母はそう言ってワインをぐいっと飲み干した。


「王宮魔術師って、規律が多いんですね」

「そうだね。これは誤解されがちなんだけど、王宮で暮らしていると言っても、僕たちは王族じゃないからね」


 アレイスさんは私に微笑む。彼は王宮での暮らしのことを話そうとしない。私もあえて聞こうとは思わなかったので、こうして以前の暮らしぶりを聞くのは新鮮だった。




 食事も終わり、そろそろ紅茶でも淹れようかと思っていたときだった。


「せっかくなんだから、少し二人で話をしてきたら? 私が紅茶の準備をしておくから」

「え? でも……」


 戸惑いながらアレイスさんを見ると、アレイスさんも困ったように笑っていた。


「私がいたら遠慮して話せないでしょ? そうだ、アレイスさんにうちの温室を見せてあげなさい。珍しい植物もあるし、きっと気に入るわ」

「お母さん!」


 母は私に含みのある笑みを浮かべている。どうしようかと思い、アレイスさんに視線を送ると、彼は私に頷いた。


「それじゃ、ジェマさんのお言葉に甘えることにします。エルナ、温室に案内してくれる?」

「は……はい……」


 私はアレイスさんと席を立った。

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