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ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~  作者: 弥生紗和
第3章 受付嬢エルナの勇気

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第102話 生と死

 うっすらと空が白み始めた。

 夜明けだ――私は窓に目をやり、すぐにアレイスさんに視線を戻す。


 どれだけの時間、彼は苦しんでいただろうか。ようやく熱が落ち着いてくると、今度は寒いと呟いてガタガタと震えだした。母とレイチェルさんがアレイスさんのシャツを脱がせ、別のシャツに着替えさせているあいだ、私は彼の体を見ないように慌てて部屋を出た。こういう状況だから仕方ないけど、やっぱり気まずいものだった。

 アレイスさんのシャツは汗でぐっしょりと濡れていて、このせいで彼の体が冷えていたようだ。着替えさせたあとに毛布をかけ、今度は彼の体を温めた。

 だんだん彼の顔色が元に戻ってきた。体も徐々に動かせるようになっていて、時折もぞもぞと毛布の下で体を動かしたりしたあと、アレイスさんは眠りについたようだ。


 アレイスさんは薬に勝ったのだ。

 

 私と一緒に付き添っていた母とレイチェルさんは「もう大丈夫」と私に微笑んだ。レイチェルさんは少し休むと言って病室を出ていき、母も疲れたのか別のベッドに横になって眠ってしまった。


 彼の顔は穏やかで、静かに寝息を立てている。よかった――私はようやく肩に入っていた力が抜け、そのまま彼のベッドに突っ伏した。少しだけ目を閉じて休もう。


 

 

 ほんの少しだけ目を閉じるつもりが、いつの間にか眠ってしまったようだ。頭の辺りに気配を感じ、ふと目を覚ますとアレイスさんの手が、私の頭を撫でているのが分かった。


 顔を上げると、こちらに顔を向けて微笑むアレイスさんと目が合った。


「おはよう、エルナ」


 アレイスさんに言いたいことはたくさんあった。でも私は言葉がうまく出てこなくて――


「おはようございます、アレイスさん」


 私はうまく笑えているだろうか? アレイスさんは目を細め、ずっと私の頭を撫でていて、これじゃどっちが看病していたのか分からない。


 窓からは、朝日が差し込んでいる。とても長い一日は、こうして終わったのだった。



 ♢♢♢



 夜が明けたギルドに、嬉しいニュースが飛び込んできた。一晩中ドラゴンと戦っていた討伐隊は、ドラゴンを弱らせることに成功し、ドラゴンは再びアルーナ山で眠りについたそうだ。今回は奇跡的に、近くの集落や村への被害が少なかったという。山の周辺は炎で焼かれ、灰になってしまったけれど、とにかく人々が無事でよかった。


 ドラゴンを倒せなかったため素材が手に入らず、調査班の人たちは少し落胆しているようだ。ギルドにとっても、素材を売ってお金に替えることができなかったことは痛いだろう。でもドラゴンの炎で燃やされた灰は、大地を豊かにすることから農地での需要が非常に高い。灰だけでもいい値段で取引されるそうだから、少しはギルドも潤うと思う。

 それにしても、ドラゴンを弱らせるだけでこれだけの人員と時間を要するなんて、やはりドラゴンというのは魔物のなかでも別格の存在だ。アルーナ山のドラゴンは再び眠りについたので、私たちはまた長い時間をドラゴンと共に生きることになるだろう。

 束の間の平和でしかないかもしれないけど、私たちはずっとそうして生きてきた。




 アレイスさんは今日だけ診療所で過ごしてもらうことになった。私は母と一緒に、すっかり明るくなった外に出た。


「本当は薬師ギルドに一旦戻らないといけないんだけど、疲れたからもう家に帰るわ」


 母はあくびを噛み殺しながら言う。


「その方がいいよ。もう戦いは終わったんだもん」

「何言ってるの。ドラゴンとの戦いが終わったあとが大変なのよ? これから怪我人も戻ってくるんだから、薬師ギルドは大忙しよ」

「あ、そうだよね……」


 戦いが終わったことで全て終わったような気がしていたけど、現地の討伐隊には怪我人もいるはずだ。避難者もミルデンに集まっているし、私たちがやることはまだまだあるのだ。


「このあとも忙しくなるんだから、エルナも今のうちに休んでおきなさいよ」

「分かった。ねえお母さん、お腹空かない? 市場で何か食べて行こうよ」

「あら! いいわね。市場で食べるなんて久しぶりだわ!」


 母は急に元気を取り戻し、坂道をどんどん下って先に行く。私は慌てて母の背中を追いかけた。



 ♢♢♢



 朝の市場はいつもの喧騒よりも、少しだけ静かに見える。ドラゴン討伐の影響がここにも出ていて、野菜や果物などの食料品は品薄になっていた。料理人のヒューゴさんが話していたとおりだ。

 市場の一角には、軽食を食べられる屋台も出ている。朝はどこも手軽に食べられるものを出している。これから仕事を始める職人や商人の姿が多い。


 私と母はある屋台に入り「チーズと蜂蜜の薄焼きパン」を頼んだ。椅子などはなく、カウンターの上で立って食べる形だ。鉄板の上で薄く焼いた生地に山羊のチーズを乗せ、上から蜂蜜をとろりとかける。最後に二つ折りにして、包み紙に入れて渡される。熱々のうちに食べないといけない。


「あつっ!」

「熱い、でも美味しいわ……!」


 口を火傷しないように必死で食べる薄焼きパンは、徹夜の疲れも吹き飛ぶほどの美味しさだった。あっという間に食べ終わり、一緒に頼んだ冷たいハーブティーを飲みながら、ようやく一息つく。


「お母さん」

「なに?」


 私が改まって話しかけたせいか、母は眉をひそめながらハーブティーを飲んでいる。


「アレイスさんのために、大事な薬を使ってくれてありがとう」


 母はプッと吹き出して、コップをカウンターの上に置いた。


「太陽の花はまた咲かせるからいいのよ。一度成功させたわけだから、育て方は分かっているしね。それよりもまだ試作段階の薬を、なんのためらいもなく受け入れたアレイスさんの勇気が凄いわ。薬が本当に効くのか、私も半信半疑なところがあったから」

「もしも、効かなかったら……アレイスさんはあのまま?」

「そうね。効かなければあのまま回復せずに死に至る。薬の効果が悪い方に出れば、アレイスさんの命を奪う。あれは僅かな可能性に賭けたの。アレイスさんも、私もね」


 母は遠くを見ながら呟いた。あの時は必死だったから、そこまで考えられなかったけど、アレイスさんは死の淵ぎりぎりのところに立っていたのだ。彼が「死神が来ている」と漏らした言葉は、本心から出たものだろう。


 今さらだけど、私は体の奥底から恐怖が沸き上がった。ほんの少し何かが違っていれば、アレイスさんはもうこの世にいなかった。


 生と死は隣り合っていて、ドア一枚隔てた先にそれはある。私は幼いころ、教会の聖女にそんな話を聞いたことがある。だからいつ死を迎えてもいいよう、後悔しない生き方をしなければならないのだと。


 母の話を聞いた私は、一刻も早くアレイスさんに会いたくなった。彼が早く元気になりますように。

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