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9.教師と生徒

 地面から生えた土の槍は、勢いよく天に向かって伸びていく。いつしかその槍は、周囲の木々のこずえに届かんばかりになっていた。


 そしてアリエスが、その槍に引っかけられるようにして空中に放り出された。


「た、助けて、フィオ!」


 その声に、ばっと地面を蹴って飛び上がる。空中に身を躍らせて、彼をぎゅっと抱きしめた。そのまま、土の槍から距離を取る。よかった、飛行の魔法は問題なく使えたわ。


「だいじょうぶ、アリエス?」


「あ、ありがとうございます……」


 泣きそうになっている彼を、そっと地面に下ろしてやった。それから、目の前にそびえている土の槍を見上げる。


「これ……ぼうそう……ではなさそうね」


 暴走にしては、なんというか……整いすぎている。魔法が暴走した場合って、もっとぐちゃぐちゃのめちゃくちゃになることが多いのだ。


「どちらかというと、まりょくがおおすぎるのかしら」


「……魔力が……?」


 まだ呆然としたまま、アリエスがつぶやく。かすかに震えていたので、仕方なく手をにぎってやった。


 ついでに、触れた手を通じて彼の魔力を確認してみる。確かに彼は、魔力が普通の人よりかなり多いようだった。


「ええ。あなたは、かんたんなまほうをつかおうとした。でもまりょくがおおすぎて、かってにまほうがつよくなってしまった。そんなかんじね」


 見事なできばえの土の槍を見上げて、ふうと息を吐く。これだけ派手な魔法を使える人間はめったにいない。偶然といえ、見事なものだ。


 なるほど、ルーセットが「まだ早い」と判断するわけだわ。たぶんアリエスがもっと幼いころに魔法を使わせて、大騒ぎになったとか、そんな騒ぎがあったのだろう。


 すると隣から、しょんぼりした声がした。


「……ぼく、やっぱり魔法は使えないんですね……こんなことになるなんて……」


 彼の手に、力がこもる。彼はうつむいて、泣きそうに肩を震わせていた。


「ぼくは小さなころに、魔法に失敗したんだって、お父様がそう言っていました……やっぱり、駄目だった……」


 やっぱりね。納得しているわたくしの横で、アリエスはどんどん落ち込んでいく。


「あきらめなきゃ、いけないんですね……フィオ、せっかくきみが、教師を買って出てくれたのに……」


 その悲痛な空気を吹き飛ばそうと、ふてぶてしく口を挟んだ。


「なにをいっているのよ。あたくちをだれだとおもっているの」


 泣く子も黙る、恐るべき『氷雪の魔女』よ……と言いかけて、あわてて口をつぐむ。どうも彼ら親子といると、警戒心が緩んで仕方がない。


「くんれんすればいい、それだけのはなしよ。そしてあたくちは、そのやりかたをしっている」


 自信たっぷりなわたくしの言葉に、アリエスが涙をにじませた目でこちらを見た。その顔に、ゆっくりと希望の色が広がっていく。


「じゃあさっそく、くんれんにうつりましょうか。よわいちからでまほうをつかう、そんなくんれんよ」


「……はいっ!」


 力強くそう答えたアリエスの顔には、さっきのかげりはもうなかった。そのことにほっとしつつ、彼に手ほどきをしていく。


 たまにこういう、やたらと魔力に満ちあふれた人間がいる。魔法の制御が難しくて危ないということもあって、その多くは魔法をほとんど使わずに生きる。


 とはいえ、魔力を調節して魔法を使うこつさえつかんでしまえば、一転して魔法の名手になれる。もっとも、そのこつをつかむのが難しいのだけれど。


 魔法使いや魔女たちのほとんどは、そういった体質の者だ。何を隠そう、このわたくしもその一人だ。


 わたくしも、この暴れ馬のような魔力に振り回された過去があるから、アリエスの気持ちも分かるのよね。


「まずは、じぶんのなかにあるまりょくをいしきする、そこからよ」


 わたくしの指示に従って、アリエスが目を閉じゆっくりと深呼吸する。つないだままの手から、彼の魔力の流れを探る。先ほどまで彼の動揺を映して揺らいでいた魔力の波は、今はもうすっかり凪いでいた。


「そうしたら、まりょくをすこしだけあたくちにちょうだい。いい、ほんのすこしだけよ」


 すると、彼はつないだ手からほんの少しだけ魔力をこちらによこしてきた。手がぽうと温かくなるのを感じる。


 ……あらやだ、この子ったらかなり筋がいいわね。わたくしのときは、ここまで三日かかったんだけど……なんだか悔しい。


「いまのとおなじかんじで、ほんのちょっとだけまりょくをそとにおしだして、まほうをつかうの」


「……ぼく、できるでしょうか?」


「できるわよ。のみこみははやいから」


 そう答えたら、彼はぱあっと顔を輝かせた。


「ありがとう、フィオ! きみのおかげで、希望が見えてきた気がします……これでもっと、お父様の役に立てます……!」


「ふふ、ほんとうにあなたたち、なかがいいのね」


「はい!」


 ルーセットとアリエスは親一人子一人、支え合って生きてきた。


 ギルレムの町の人間も、この親子のことを気にかけているようではあった。けれど、みんなそこまで生活に余裕があるわけでもないようだったし、二人は暮らしていくだけでかつかつだった。


 だからこそ、家事を六歳のアリエスが担当するなんてことになっているのだけれど。


 そしてアリエスは、もっともっと父親の役に立ちたいと思っている。どうにもけなげで、微笑ましい。そして、そんなふうに思える相手がいるということが、うらやましく思えてしまった。


「それじゃあ、ほんかくてきにれんしゅうしてみましょうか。しっぱいしてもあたくちがどうにかするから、きがるにね」


「はい、頑張ります!」


 それからアリエスは、とても真面目に練習を続けていた。わたくしは自分の魔法の練習をすることも忘れて、懸命にアリエスを励まし、助言を続けていた。


 そうして夕暮れどき、彼は指先に小さな炎をともすことに成功した。


「できました……ぼくにも、できた……」


 ぽろぽろと喜びの涙をこぼしながら、彼は魔法の炎をじっと見つめていた。




 その日の夜、あとは寝るだけという時刻になって、ルーセットがそっと衝立の向こうから顔をのぞかせた。


「ありがとう、フィオ」


「どうしたのよ、あらたまって」


 わたくしはすっかりお気に入りになってしまった木箱にすっぽり入り、ルーセットから借りた本を読んでいた。あちこちの地域の伝承を集めた、幻想的な物語の本なのだけれど、これが意外と面白い。


 ルーセットはそんなわたくしを笑顔で見つめて、小声で言った。


「君が来てから、アリエスが子どもらしくなったんだ」


「……どういうこと?」


 その言葉に、思わずアリエスの部屋のほうに目をやる。アリエスはわたくしと違って本当に子どもだから、今はもうぐっすりと眠っているはず。まして今日は、たっぷりと魔法の練習をして疲れているだろうし。


「あの子はあのとおりしっかりしているし、私がいたらないせいで苦労ばかりかけている。そのせいか、どうにも子どもらしくなくて……ずっと心配だったんだ」


「いたらないって、じかくはあったのね」


 そう指摘すると、彼は目を細めて苦笑した。


「本当に君は、遠慮なくものを言うね。幼さゆえ……というわけでもなさそうだ。君のそのサファイアの目には、高い知性の輝きがあるから」


 幼子にかけるものとは到底思えない褒め言葉にこっそりと目をむきつつ、別のことが頭に引っかかっていた。


 今、彼はサファイアって言ったわね。そんなもの、平民たちは存在すら知らないのに。きらきらの青い石だ、くらいのもので。


 ……前から薄々感じてたのだけれど、この親子……やっぱり育ちがよさそうだ。ただ、アリエスはこの家で生まれ育ったみたいだし……さて、何があったのかしら。


 考え込んでいたら、彼はすっと身をかがめ、ひざまずいた。そうして、近くから顔をのぞき込んでくる。


「本当に、不思議な子だ。こんなに小さいのに、アリエスの姉のようにも見える。それも、年の離れた、世話焼きの姉だね」


「……へんなこと、いわないでちょうだい」


 つんと顔をそらしつつも、ちょっぴりくすぐったいものを感じていた。胸がむずむずして、温かくなるような、そんな感覚だ。


 奇妙だけれど、嫌ではない。少しだけ考えて、そのまま言葉を返した。


「……まあこれからも、きにかけていくわ。アリエスのことも、あなたのことも」


 そうしたら彼は、とても嬉しそうに笑った。本当にもう、調子の狂う人だ。




 そんなふうに、ルーセットは便利屋の仕事、わたくしとアリエスは人目をしのんで畑の世話と魔法の練習、という日々を過ごしていた。


 相変わらずルーセットは料理ができないので、最近ではわたくしが料理担当になっていた。ルーセットにも口止めした上で、魔法でぱぱっと。ああ、葉っぱをいちいち手でちぎらなくていいって、楽。


 紫の草は順調に育ち、わたくしたちのお腹を満たしてくれていた。また何か植えてみようかな、そう思ったある日のことだった。


「ちょいと、ルーセットはいるかい!?」


 そんな声とともに、近所の主婦たちがぞくぞくと押しかけてきたのだった。

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