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8.小さな恩返し

「これ? たべものよ。やさい」


「フィオが教えてくれたんです!」


 わたくしたちが持ち帰った紫の草を見て困惑しているルーセットに、二人そろって答える。


「食べ物……野菜、にしては……初めて見るね。いや、どこかで見たような気もするんだが……」


 明らかにルーセットは、腰が引けていた。もう、案外保守的なのね。


 紫の草は肉厚の葉が何枚も重なった姿をしていて、外側の大きな葉だけを収穫すれば、内側の葉が育ってきてまた収穫できる。


 しかも春から秋の終わりまで、ずっと収穫できる。さらに葉を干しておけば、冬場の保存食にもなる。いいことずくめだ。


 日当たりと水がたっぷり必要で、雑草抜きもこまめにする必要があるけれど、そのあたりをどうにかできればとっても便利な野菜なのだ。


 そういったことをくどくどと言い聞かせてみたものの、彼はやっぱり困ったような顔をしていた。本当にこれを食べてもいいのだろうかと、とまどい続けていたのだ。


 その煮え切らない態度に、かちんときてしまう。


「もう、あたくちはむかし、よくたべてたの! だからだいじょうぶよ!」


 ざるの上の紫の草を数枚ひっつかんで、そのまま台所に突進していく。ざっと洗って水気を切り、刻んで塩と油、それにちょっぴりの酢で和えたらサラダの完成だ。


「ほら!!」


 紫色のサラダが載った皿にフォークを添えて、ルーセットに突き出した。それでもためらう彼の横から、アリエスの小さな手がつうっと伸びてくる。


「あ、とってもおいしいです!」


 サラダを一口食べて、アリエスが顔をほころばせる。年相応の愛らしい笑顔に、ルーセットが目を見張った。


「ほら、お父様もどうぞ!」


 サラダがよほど気に入ったのか、アリエスがフォークに葉っぱを刺して、ルーセットに差し出している。


 それでようやっと覚悟が決まったのか、ルーセットがそろそろと口を開けた。そこにすかさず、ルーセットがサラダをねじこんでいる。


「……本当だ。美味だね」


「でしょう!」


 そうして親子は、二人そろってこの上なく幸せそうな笑みをこちらに向けてきた。声をそろえて、礼の言葉を投げかけてくる。


「ありがとう、フィオ。君のおかげで、一つ新しいことを知った」


「こんなにおいしいものを、食べられるなんて……嬉しいです」


「べ、べつにあたくちは、おなかがすくのがいやなだけで!」


 あまりにも純粋な感情をぶつけられてくすぐったくなってしまい、照れ隠しに声を張り上げる。


「それより、のこりのはっぱもサラダにするわよ!」


 そう言いながら、ざるを手に台所に向かう。親子も軽い足取りで、わたくしのあとをついてくる。


「そうだ、フィオ。このサラダの作り方を教えてもらえないかな? とってもおいしかったから」


「つくりかた、って……みたまんまよ?」


 ルーセットのよく分からない問いに、思わず首をかしげてしまう。何言ってるのかしら、この人。


 すると二人そろって、情けない顔になった。


「いやあ、なぜか私が作ると、どうにもしまらない味になるんだ」


「……お父様のサラダはしょっぱかったり、すっぱかったりするんです」


 ……ルーセットが料理を苦手としていることは、ここ数日で理解していたけれど……まさかサラダすら作れないなんてね。


「わかったわよ、あたくちがとくべつに、おしえてあげるわ! きちんとおぼえるのよ!」


 そうしてわたくしは、両側をルーセットとアリエスに挟まれて、注目を浴びながらサラダを作るはめになってしまったのだった。




 それ以来、アリエスはさらに張り切って畑の世話をするようになった。畑のそばに『アリエス、ルーセット、フィオの畑』と書いた立札を立てて。


 ちなみに彼は、立札の一番最初にわたくしの名前を書こうとした。この畑を作ったのはフィオなのですからと、そう言って。


 さすがに恥ずかしい、というか目立ちたくなかったので、必死に説得して止めさせた。あれは疲れた。


 それはそうと、彼が畑仕事をしているのを見ると、どうにもまどろっこしくて仕方がない。小さな手でせっせと雑草をつんで、小さな手桶に小川の水をくんで何度も往復して。


「だれもみてないし、みずやりもくさとりも、あたくちがまほうでぱぱっとすませるわよ?」


 畑から少し離れたところに腰を下ろしてそう声をかけても、アリエスは首を横に振るばかり。


「いえ、ぼくたちが口にするものですから、自分の手で世話をしないと」


「まじめねえ。でもそれなら、やっぱりあたくちもてをかすべきでしょう?」


 そう言ったら、彼は満開の花のような笑みを向けてきた。


「フィオには、この草のことを教えてもらいました。それだけでじゅうぶんです」


 そう言って、彼は空になった手桶を下げて小川のほうに歩いていく。その背中を見送って、むうと小さくうなった。


 暇だ。もちろんこうしている間も、あの極悪王子にかけられた呪いについて分析を続けている。たぶんそのうち、呪いを解除する方法も編み出せるとは思う。


 ただそれとは別に、魔法の練習もしておきたかった。さっさとこの体に慣れて、元のように色んな魔法を使いこなせるようになっておきたい。


 畑の世話は、堂々と魔法を使ういい口実だったのだけれど。


 そう考えていたら、少し離れたところにある林が目についた。畑が駄目なら、あそこなんかどうかしら。こっそりと魔法の練習をするにはちょうどよさそう。


 あ、そういえば。アリエスが魔法を教えてもらえない謎も、まだ解けていないわね。


「ふう、やっと水やりが終わりました。……フィオ? 林に、何かあるのですか?」


 額の汗をぬぐいながら近づいてくるアリエスに、なんでもないのよ、と言いかけて止まる。


 そうだわ、いいこと思いついた。わたくしが彼に魔法を教えてやれば、わたくしは見本と称して魔法を使いまくれるし、アリエスは魔法を覚えられるし、ちょうどいい。


「……ねえ、アリエス。まほう、おぼえたくはない?」


 すると彼は目を見張り、かなり迷ってから口を開いた。


「……覚えたい、です。でも、お父様がまだ早い、って……」


「それは、いいきょうしがいないから、ではなくて?」


「かも、しれません」


「だったら、あたくちがあなたのきょうしになるっていうのはどうかしら?」


 畑を作る際にわたくしが使ってみせた魔法は、どれも初歩のものでしかない。けれどごく普通の民の中で、ここまで魔法を使いこなす者はそうそういない。


 ……つまり今のわたくしは、中々に魔法が得意な四歳児という、珍しい存在なわけで……絶対に、ばれないようにしなくちゃね。


 そんなことを考えている間にも、アリエスはもじもじしていた。どうしようかな、と迷っている顔だ。この感じ、あと一押しってところかしらね。


「……あたくち、ほかにもまほうがつかえるの。ないしょにしてくれるのなら、あなたのおてほんとして、いろいろみせてあげてもいいのだけれど……」


「お、お願いします!」


 よし、誘惑成功。にやりと笑いそうになるのをこらえながら、林を指さす。


「それじゃあ、あそこでれんしゅうしましょう」




 で、林の中で、いくつか質問をして。


 やっぱりアリエスは、賢い子だった。普通の平民ならまず知らないような、魔法についての基礎知識をきちんと身につけている。平民って、なんとなくで魔法を使ってることが多いのに。


 となると、あとは実際に使ってみるだけだ。


「うん、ちしきはじゅうぶんよ。ひとまず、なにかまほうをつかってみて」


 そう指示を出して、少し考える。


「そうね……つちのまほうがいいわ。めのまえのじめんを、ちょっとだけもちあげるの」


 初心者の魔法は、たまに暴発することがある。ここが林の中だということを考えると、火や風の魔法は危ない。


「は、はい……」


 いつになくおどおどした表情で、彼が目を閉じる。そうして、意識を集中した。


 彼の目の前の地面が、ゆっくりと持ち上がる。……ってちょっと待って、嘘でしょ、何よこれ!


 地面はさらに盛り上がり、土の槍のようになっていた。アリエスの服がその槍先に引っかかり、空中に放り上げられていく。


「フィ、フィオ!」


 泣きそうな顔で手を差し伸べている彼と、目が合った。

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