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7.子どもたちの隠し事

 秘密を守れるか。わたくしのあいまいな問いかけに、アリエスは悩むことなくうなずいた。


「……まよわないの?」


「きみはぼくを信頼して、なにかを打ち明けようとしているのですよね? その信頼にはこたえなくては」


「ま、まあ、まちがってはいないけど……」


 本当に、調子の狂う子どもだ。確かに、秘密を守れなさそうな相手には、そもそもこんな質問はしないけれど。どうしてこの年で、そこまで頭が回るのやら。


「……それじゃあ、うちあけるわよ。あたくち、まほうがとくいなのよ」


 そう言ったら、彼がぱあっと顔を輝かせた。こういうところは、見事なまでに年相応だ。


「すごい……いいなあ……」


「あなたは、まほうはつかえないの?」


「はい、学ぶ機会に恵まれなくて……お父様は、まだ早いとだけ……」


 魔法なんてものは、別に珍しいものでもない。平民だって、簡単な魔法の一つや二つ使える。物心ついたら、親に教えてもらう。それが、普通のこと。


 ただわたくしのように、様々な、それも高度な魔法を使いこなしている者は珍しい。そういった者は敬意と恐れを込めて『魔法使い』『魔女』と呼ばれるのだ。


 そうよ、わたくしは本来、こんな田舎町でこんなことをしている存在ではなくて……それもこれも、恐ろしくお人よしの、世話の焼ける親子のせい……いえ、そもそもわたくしを罠にはめたあの外道王子が全部悪いのだった。おのれ、覚えてらっしゃい。


 いけない、考えがそれたわ。ともかく、アリエスは年の割にしっかりしているし、魔法を学びたがっているようなのに、ルーセットは何を考えているのかしら。……また、謎が増えたわ。


 しょんぼりしているアリエスの背中をばんと平手で叩いて、気合を入れる。


「ほら、それよりも、ここからがたいせつよ。よくきいてね」


 すると彼は目を丸くして、わたくしをまっすぐに見つめてきた。これから何が起こるのだろうと、どきどきしながら期待している目だった。


「まほうをつかって、ここにはたけをつくるわ。そうすればあなたたちも、おなかいっぱいたべられるでしょう?」


 アリエスは頬を上気させて、小さくため息をついている。そのさまを想像したらしい。しかしすぐに、きゅっと眉根を寄せている。


「……畑、ですか……でも、何を植えるのですか? 種も苗も、何もないですし」


 言うと思った。ふふんと笑って、すぐそばの草を指さす。周囲の草とは違う、淡い紫色の草。


「これ、きちんとしたつちにうえると、おいしくなるのよ」


 この草は、百年位前にはあちこちで栽培されていた野菜だ。成長も早いし栄養もある優れものだけれど、育てるのが少々面倒なのだ。


 土づくりから水の管理まで、手を抜くとすぐに小さくなって、そのへんの草と変わらない貧相な姿になってしまう。ちょうど今目の前で揺れているような、そんな姿に。


 この草原にあるのは、当時育てられていたものの子孫なのだろう。人間たちに見捨てられて、忘れられて、それでも悠然と生きながらえていた草たち。


 でもわたくしなら、この草の別の一面を引き出せる。というかこんな知識、今さら活用することになるとは思わなかったけれど。


「ともかく、まずはつちをたがやすわよ」


 そう宣言して、右手を挙げる。目の前の地面がぼこりと持ち上がって、そこに生えていた雑草ごとまぜこぜになった。ついでに、紫の草を根っこごと掘り上げて脇によけておく。


 あっという間に、大人が二人ほど、両手足を広げて寝転がれるくらいの小さな畑ができあがった。そこをきらきらした目で見つめているアリエスの袖を引っ張って、今度は川のそばまで歩いていった。


「かわのそばのつちは、いいつちなのよ」


 そう言って、川辺の土を魔法で持ち上げて運ぶ。畑にばらまいて、これでよし。


 それから今度は、近くにある明るい林に向かっていった。


「おちばのしたのつちも、いいつちなのよ」


 落ち葉の下にある腐葉土を、同じように畑に運ぶ。


「きみは、物知りなんですね……」


 その間ずっと、アリエスはぽかんとしていた。それでも、わたくしの言葉を小声で復唱して覚えようとしている。やっぱり彼は、知識欲旺盛なようだった。


「さあ、はたけはこれでよし。いよいよ、くさをうえるわよ!」


 さっき集めておいた紫の草をどんどん畑に植えていく。仕上げに、魔法で水をまいて、と。


「すごい、本当に畑になりました……」


 驚きに目をまたたいているアリエスに、重々しく言う。


「ふふっ、みごとでしょ。でも、あたくちがこのはたけを、それもまほうでつくったことは、ぜったいにないしょよ」


 やけに魔法の得意な子どもがいるなんてことが知られたら、いずれそれは噂になり、あの最低王子の耳に届いてしまうかもしれない。


 そうなったら、この町からも逃げなくてはならない。やっと落ち着けそうなところを見つけたのに、また追われるのは勘弁してほしい。


「……はい、もちろんです。ただ、もしこの畑が誰かに見つかったら、どうしましょうか……」


 考え込むアリエスに、びしりと言い放つ。


「あなたがつくったことにするのよ」


 アリエスがわたくしを見て、目を見開いた。


「このはたけのつくりかたは、もうおしえたでしょう? なにかきかれたら、そのままこたえればいいわ」


「で、でもぼく一人では、これだけの広さを耕すなんて……」


「イノシシがほりかえしたあとがあったから、そこをりようした。そういえばいいわ」


「あの、この紫の草は……」


「なんだかきれいだから、うえてみた。こどもらしい、かわいいりゆうだとおもわない?」


 彼の反論を、次々とつぶしていく。アリエスはまだあわあわとあわてふためいていたけれど、やがて反論が尽きたのかがっくりとうなだれた。


 それを見届けて、また畑に向き直る。黒い土の中に、ひょろっとした紫の草。細長い葉を地面のきわから何枚も生やした、見ようによっては葉物野菜に似ていなくもない草。


「それより、いそがしくなるわよ。これからはまいにち、みずをやりにこないと。ざっそうもぬいて」


 明るくそう告げると、アリエスは一転してぱあっと顔を輝かせた。


「はい、頑張ります!」




 三日後、わたくしたちは収穫した紫の草が山盛りになったざるを手に帰宅した。夏場ということもあって、草はあっという間に育ってくれたのだ。


「おかえり、二人とも。どこにいってたんだい? ……というか、それはいったい……」


 そうして、先に帰宅していたルーセットに思いきりけげんな顔をされたのだった。

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