6.絶望的なお人よしたち
ルーセットがわざわざ町を出てまで探していたもの、それは老婆の腰痛を癒すための薬草だった。
そのこと自体をどうこう言うつもりはない。人助け、大いに結構。
ただ……親子二人で食っていくには、こんな依頼ばかりでは苦しいのではないか。眉間にしわを寄せながら、ルーセットと老婆のやり取りを見守る。
「ありがとうねえ、ルーセットさん。いつも助かっているのよ。はい、こちらがお礼」
そう言って老婆が差し出したのは、ざるに入った卵が十個。ルーセットは満面の笑みで、それを受け取っている。
……やっぱり、少ないわ。今回の依頼の報酬としては妥当なのかもしれないけれど、今日一日出かけて得たものがあれだけって……。
本当に、大丈夫なのかしら。たまには、もっと大きなまともな依頼もこなしているのよね?
なんというか、ルーセットを見ていると色々不安になる。初対面の子どもを拾ってくるわ、その子に亡き妻の部屋を使わせようとするわ。……たぶんまだまだ、何かやらかしてくれそうな気がする。
あの極悪王子の目をかいくぐるためとはいえ、ちょっと面倒なところに拾われてしまったかも……。
これからどうしようかなと悩んでいるわたくしの目の前で、ルーセットとアリエスは、卵を見ながら子どものように純粋な笑みを浮かべていた。
「……だからどうして、あたくちにたくさんたべさせようとするのかしら?」
その日の夕食時、わたくしは大いに困惑していた。
夕食は、まあまあ粗末なものだった。ゆでたイモに、報酬としてもらった卵をゆでたもの。味付けは塩のみ。
ここまでのあれこれから、彼らは決して豊かではないと気づいていたから、この食事にも別に驚きはなかった。体が小さくなったから、量もそこまで必要ではないし。
わたくしが驚いていたのは、彼らのふるまいだった。
「君はこれから大きくなるんだから、もっと食べないとね」
「そうです。こんなにやせて……しっかり食べて、元気になってください」
二人はそんなことを言いながら、自分の分の食事をわたくしに分け与えようとしていたのだ。ああもう、やっぱりまたやらかしてくれたわ、このお人よし親子は!
両側から突き出される皿をそっと押しやって、思いっきり叫ぶ。
「あたくちはちいさいから、そんなにたべないのよ!」
その気迫に押されたように、二人が身をこわばらせた。その隙をつくように、さらにたたみかける。
「ルーセット! あなたがたおれたら、アリエスはどうやってくらしていけばいいの!」
何も言い返せなかったようで、ルーセットはぎゅっと眉間にしわを寄せてしまった。叱られた子どもみたい。
「アリエス! おとこのこのほうがからだがおおきくなるから、しょくじもたくさんいるのよ!」
困ったような顔で、アリエスが差し出した皿を見る。かなり空腹なのだろう、反対の手でこっそりとお腹を押さえていた。
「なっとくした? だったらおとなしく、じぶんのぶんをきちんとたべなさい」
改めてびしりと言い放つと、ようやく二人は皿を下げてくれた。最初はちょっとためらいがちに、しかしやがて勢いよく、自分の分の食事を口にしている。
「ほんっとうにもう、てのかかるおやこ……」
わたくしも同じように食事を始めながら、ふうとため息をつく。
これはちょっと、見過ごせない。何か対策を取らないと、ゆっくり過ごすこともできなさそう。
はあ、早くわたくしの身にかけられた呪いについて分析して、元の姿に戻りたいのに。
粗末なイモと卵だけの食事は、しかし滋養に満ちた味がして案外おいしかった。
次の日、ルーセットは朝食の後すぐに出かけていった。町をぐるりと回って、今日の分の依頼を見つけにいくのだとか。
わたくしは、アリエスと留守番だ。あれこれ聞きたいことが山ほどあったので、ちょうどいい。
「ねえアリエス、ルーセットはまいにちしごとをさがしているの?」
朝食の後片付けをしながら、アリエスがこくんとうなずいた。
「はい。お父様は毎日、とっても頑張っておられるんです」
「で、あなたがいえのことをまかされているの?」
「そうです。掃除も洗濯もおつかいも、もうちゃんとできるようになりました」
……できる家事の中に、『料理』が、入ってない。
昨日の夕食と今日の朝食で、理解した。ルーセットはたぶん、料理ができない。かろうじて、煮るか焼くかして、塩をふるだけならなんとか、といった状況だ。しかもそれですら、ちょっと煮崩れたり焦げたりしている。
そして当然ながら、アリエスも料理ができないようだった。というか彼の場合まだ六歳だから、一人で料理をさせるのは危ないのだけれど。
「でも、まいにちたいへんじゃないの? もっとたくさんごはんをたべたいとか、そうおもわない?」
まさか正面から「この家って貧乏なの?」と尋ねるわけにはいかない。だから、そんなふうに問いかけてみた。
するとアリエスはぽっと頬を赤く染めて、恥じらうようにうつむいてしまった。ああやっぱり、この子、ご飯が足りていないんだわ。
やっぱりこれは、見捨てられないわよね……わたくしが居候しているせいで、彼らの暮らしが余計に厳しくなってしまうのだろうし。緊急に、お金か食料が必要だ。
わたくしも、一応金目のものは持っている。ドレスと一緒に身につけていた、あの装飾品だ。隠れ家にはまだ似たようなものがあるし、一つや二つ手放すこと自体は問題ない。
しかしあれは高価すぎて、こんな田舎町では売れそうにない。というかあれを売ったら、そこから足がついてあの外道王子に見つかったりしかねないし。
仕方ないわ、こうなったら別の作戦でいきましょう。アリエスの手伝いをしながら、わたくしはそう決意していた。
「フィオ、こちらでどうでしょうか?」
片付けと掃除を終えたわたくしは、アリエスに頼んだのだ。このあたりに、あまり人が来なくて、日当たりのいい草原はないか、と。
すると彼は、町の裏手にある小高い丘、その向こう側にある草原に連れてきてくれた。ルーセットたちの家からは、さほど遠くない。
「時々、ここにやってきて、一人でのんびり本を読んだりするんです。ぼくの好きな時間です」
アリエスは嬉しそうに、そんなことを教えてくれた。けれどわたくしの頭には、さらなる疑問がわきおこっていた。
本って、なかなかの高級品じゃない。あの質素な家に、そんなものがあったのね。そしてアリエスはわずか六歳で、本を読めるようになっている、と。
ううん、やっぱりこの子、どこかの貴族のお坊ちゃんにしか見えないわ。もっとも、着ているのは平民そのものの服だけれど。
そういえばルーセットのあのおっとりとした態度、空気を和ませて周囲の者の敵意を根こそぎ奪うようなあの雰囲気にも覚えがあるわ。
貴族の中に、たまにああいう雰囲気をまとっている者がいる。その多くは愛情たっぷりに育ち、何一つ不自由することなく成長した人間だ。あと、ちょっぴり世間知らずな者も多い。
となるとこの親子ってまさか、元貴族だったり……? でもそれなら、なんだってこんな町の片隅で、あんなに質素な暮らしを?
ああもう、どんどん訳が分からなくなっていく。
「……フィオ? 大丈夫ですか?」
アリエスの声に、我に返る。彼はとても心配そうに、わたくしの顔をのぞきこんでいた。
「ええ。ちょっと、かんがえごとをしていたの」
いけない、まずはここに来た目的を果たさないと。あたりを見渡して、状況を確認する。
まわりに障害物もなく、日当たりは良好。すぐ近くに、きれいな水をたたえた川が流れている。川の水が栄養を運んでくるのだろう、土は意外と肥えている。
しかも、そばの丘がいい感じに目隠しになってくれていて、ここでごそごそしていても町からは見えない。最高。
そして、草原を埋め尽くす、わたくしの膝くらいまである草の中に……ふふ、あったわ。雑草のふりをしている、淡い紫色の細長い草。
よし、全部そろったわ。これなら、思いつきを実行に移せる。ただその前に、一番重要なことを確認しておく必要があった。
不思議そうな顔でわたくしを見守っていたアリエスに向き直り、にっこりと笑いかける。
「アリエス、あなたはひみつがまもれるかしら?」