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32.一件落着

「ひいいっ、来るなあっ!!」


 玉座の後ろから、ゾーラ王の悲鳴が上がる。どうやらわたくしのこの姿は、ちょっぴり刺激が強かったみたいね。ああ面白い。


 とはいえ、これではまともに話もできないわ。ひとまず、席についてもらいましょうか。


 手を前に差し伸べ、ついと動かす。縮こまっていた王の体がふわりと浮かび、すとんと玉座に落っこちた。ついでに、逃げられないよう足を氷のかせで固めて、と。これでよし。


「わたくしを見てそこまでおびえるということは、やっぱりあなたもぐるだったのね? わたくしを利用するだけして、不要になったとたん消そうとしたあの件について」


 王は答えない。ただ真っ青になって、小刻みに震えているだけで。


「そして今回も、この二人に罪をなすりつけて、それを利用して領土の拡大を試みた。いくらなんでも、やりすぎね」


 そう付け加えてみたけれど、やはり王は何も言わない。


「何か、弁明したいことはある? わたくしだって鬼じゃないから、話くらいは聞いてあげるわよ? ああ、でも、もし嘘をついたら……」


 すっと手を差し伸べると、アリエスに抱かれていたスレインがふわりと浮かび上がる。そのままふわふわと宙を漂っていって、王の膝の上に着地した。


「……あなたも遠慮なく、赤子にしてやるから」


「ま……まさか、これは……スレイン、か……?」


「あら、口がきけるんじゃないの。そうよ、その子はスレインよ。わたくしがやられた分を、きっちりお返ししただけ」


 軽い調子でそう答えて、すっと目を細める。


「……本当はね、まだ腹に据えかねているのよね。わたくしをだましうちにしただけでなく、わたくしの大切な人たちまで手にかけようとしたから」


 静かにこみあげてくる怒りにつられるようにして、かすかな吹雪が玉座の間に舞う。


「わ……わしはただ、願っておっただけじゃ……このゾーラを、よりよい国にしたいと……」


 スレインをしっかりと抱きしめて、王が震える声でそう答えた。


「そのためなら、何をしてもいいと?」


 すかさず言い返したら、王はまた黙り込んだ。


「……長く生きていると、嫌でも色々なものを見るわ。民の上に立ち、多くの者たちを導く者は、時として非道な決断をしなければならないこともある。それも、分かってるつもりよ」


 そうして、低くどすの利いた声でささやきかける。


「でもねえ……さすがに今回ばかりは、見逃せないわ……」


 すると王が、必死に言いつのってきた。


「わ、分かった! もう、そやつらには絶対に手出しはしない! だから、どうか!」


「……つまり、またパスケルから使者がきたら、今度はその使者を同じような目にあわせるかもしれないってことね?」


「いや、もう金輪際、パスケルにちょっかいはかけない!!」


「ううん、まだちょっと足りないわねえ……ゾーラの周囲には、他にも魅力的な国がたくさんあるから……」


「ならばこれからは、周囲の国々と手を取り合い、友好な関係を築きつつゾーラを繁栄させる! これならどうだ!」


 まだわたくしにおびえつつも、王は力強くそう宣言してのけた。ふうん、スレインよりは根性があるわね。


「まあ、それならぎりぎりいいかしら」


 そうつぶやくと、王は露骨にほっとした。しかしあいにくと、話はこれで終わりではない。


「ただ、あなただけおとがめなしというのも、ねえ……スレインとの釣り合いが取れないわ」


 すると王は、スレインをしっかりと抱きしめたまま真っ青になった。そちらはひとまず放っておいて、あごに手を当てて考え込む。


 この王は、小心者だ。でも、スレインがこうなった今、一人では大それたことはできないだろう。だからもう一押し、そうね……わたくしの存在を常に意識して、今の恐怖を忘れられないようにしてやればいいかしら。


「よし、決めたわ」


 明るく言い放つと、王がびくりと身を震わせた。かつかつとそちらに近づいていき、すぐ前に立つ。


「あなたはこれから、周囲の国と手を結び善政を敷く、そんな王になる。そう、誓いなさい」


「も、もちろんだ! この玉座にかけて、誓うぞ!」


 ぷるぷると震えながら、しかし意外としっかりとした声で王は答えた。


「はい、よくできました。けれどもし、その誓いを破ったなら」


 右手を伸ばして、王の額に触れる。ちょうど、スレインにそうしたのと同じように。突然のことに、王は悲鳴を上げることすらできなかった。


「この呪いがあなたの命を奪うわ。忘れないことね」


「の、呪い!!」


「大丈夫よ。いい王様を目指して頑張っていたら、その呪いは何も悪さをしないのだから」


 淡く光る青い紋様が、王の額に浮き出ている。氷で鏡を作ってそのさまを本人に見せてやったら、恐ろしいほど激しく首を横に振っていた。


 受け入れがたいのは分かるけれど、まあ、これくらい苦しんでもらわないとね。


「じゃあ、わたくしたちはそろそろ帰ることにするわ。どうもこの国にいると、いらいらするのよ」


 そう言い放って、後ろに控えていたルーセットとアリエスのところまで戻っていく。二人の背中を支えるようにして、玉座の間の入り口まで歩いていった。


 部屋を出るとき、ふと思い出して振り返る。視線が合ったとたん、王はひいいと情けない声を上げた。


「ああ、そうそう。今度こそスレインを、まともな人間に育ててあげなさいね」


 それだけを言い残して、みんなでその場を立ち去った。




 さあ、あとはパスケルに帰るだけだ。といっても、その前にやることがある。


「……その、こんなことをしていて、いいんでしょうか……」


 シチューをそろそろと食べながら、アリエスが困った顔をこちらに向けてくる。


「いいのよ。スレインのせいで、ごちそうを食べ損ねたんですもの。薬を盛るだなんて、もったいないことをしてくれるったら。ほら、食べたらすぐ出発するから、しっかりお腹に入れておくのよ」


 わたくしたちは、王宮の厨房にいた。まかないのシチューを少し分けてもらって、厨房の大机で三人並んで食事にしていたのだ。


「確かに、何をするにも腹ごしらえは大切だからね。うん、おいしいよ、これ。さすが、王宮のまかないだなあ」


 困惑しっぱなしのアリエスとは対照的に、ルーセットは幸せそうな表情でシチューをせっせと食べている。


「……ルーセット、あなたってもしかして、大物なのかしら……?」


「そうかな?」


「そうよ。こんな状況だというのに、やけに平然としているし。アリエスの反応が普通よ」


 ためらいがちに食事をしていたアリエスが、ちらりとルーセットを見ながらうなずいている。その頭をなでてやって、ルーセットに笑いかけた。


「……まあ、荒野でぽつんとしていた正体不明の子どもをためらいなく拾うくらいだし、今さらね」


「私はいつでも、自分のやりたいようにしているだけだよ。自分の中の良心に従っているだけで」


「……やっぱり、変わってるわ。あ、褒めてるのよ」


「ありがとう、フィオ」


「……そこでためらいもなく、そっちの名前で呼べるというのも中々よね。わたくしのこと、恐ろしくないの?」


 今さらこんなことを聞くのもおかしいと思いつつ、尋ねずにはいられなかった。元の姿に戻ってからのわたくしは、かなり非常識な暴れ方をしているという自覚があったから。


 さっきまでは緊張で気づかなかったかもしれないけれど、遅れて恐怖がこみあげてくることもあるかもしれない。


「怖い? どうして?」


 しかしルーセットは、きょとんとするばかり。こちらが拍子抜けだわ。


「そうですよ。あなたはとっても強くて、優しくて……」


 そうしたらアリエスまでが、そんなことを言い出した。


「優しい? わたくしはたった今、王と王太子を呪ってきたところよ?」


「でも二人とも、命は取りませんでした。やり直す機会を、きちんと与えました」


「私も、あれくらいが妥当だったんじゃないかなって思うよ。あの二人を野放しにしておいたら、いずれ多くの血が流れただろう。君はそれを、未然に防いでくれたんだ。自分一人が、悪者になることで」


 ……お人よしのふたりは、これでもかというくらいに、わたくしに好意的な見方をしてくれていた。わたくし、そこまで深く考えていなかったのだけれど。腹が立つから暴れていただけで。


 どうにもむずがゆいものを覚えながら、厨房を見渡す。


 突然現れたわたくしに恐れをなした料理人たちは、みんな厨房から出ていってしまった。ここにいるのは、わたくしたち三人だけ。


「あのね、ここだけの話なのだけれど」


 笑顔でそう言って、二人のほうに身を乗り出す。二人も目を見張って、こちらに顔を近づけてきた。思いっきり声をひそめて、短く告げる。


「実はね、王の呪いは見せかけのものなのよ」


 すると、二人は同時に首をかしげた。どうにもあどけない表情に、笑いがもれてしまう。


「魔法で、それっぽい紋様を刻んだだけだから。とはいえ、ちゃんと呪いっぽく見えるよう、手は加えてあるけれど」


 ……というか、『私はぽんこつ王です』って、古い言葉で書いただけなのよね、あれ。もし誰かの手によって解読されたら、その人、笑いをこらえるのに苦労するでしょうね。


「そもそも、あそこまで細かい条件をつけた呪いなんて、わたくし知らないもの。じっくり時間をかければ、編み出せないこともないけれど」


 呪いは魔法と違って、もっと強大な効果を、もっと長い間及ぼすものだ。当然ながら、編み出すのも使うのも、かなり大変ではある。


「かといって、ここに残ってあの王を見張るなんて絶対にごめんだし」


 そう付け加えたら、またしても二人はそろって苦笑した。


「どうか、このことは内緒にしてね。でないとわたくし、今度こそこの王宮を氷漬けにしないといけなくなるから」


 冗談めかしてそう言うと、二人はおかしそうな顔でうなずいた。


「もちろんだよ。……しかし君も、粋なことをするね」


「はい。ちょっと、尊敬しちゃいます」


「二人とも、おだてても何も出ないんだからね」


 ここがあのゾーラの王宮だなんてことを忘れそうになるくらいに、穏やかな時間だった。




 腹ごしらえと支度を終えて、大急ぎで馬車に向かう。


 パスケルからついてきていた御者に今のわたくしの姿を見られないよう、少しの間だけ眠ってもらい、その間にこそこそと馬車に乗り込んだ。


 王宮から十分に離れるまでは、念のためこちらの姿でいたかったけれど、次に馬車を降りるときは、そろそろ子どもの姿に戻る必要がありそうだった。だから、こんな手の込んだことをしたのだ。


 窓の外に小さくなっていくゾーラの王宮を見ながら、ぽつりとつぶやいた。


「さて、そろそろきちんと話しておいたほうがよさそうね。……わたくしの過去と、ゾーラとの因縁について」

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