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3.久しぶりの人里

 そうしてルーセットと二人、並んで荒野を歩く。


 彼は手持ちの布を裂いて、わたくしの足に巻きつけてくれた。「さすがに靴の予備は持っていないから、すまないがこれで我慢してくれ」と、そう言いながら。


 靴も何も、わたくしは風の魔法で自分の体をちょっとだけ浮かせておくことができる。つまり、裸足でもなんの問題もないのだ。


 歩きながらこっそりその魔法を試してみたら、今までと同じように使えた。どうやらうまく使えなくなっているのは、規模の大きな魔法だけらしい。日常のちょっとした魔法なら、問題なさそうだ。


 そうやってせっせと歩いていたら、隣のルーセットが安心したように息を吐いた。


「しかし、国境の荒野で子どもを拾うなんて、思ってもみなかったな。無事に保護できてよかったよ」


「……こっきょう?」


 わたくしは、ここがどこか分からない。自分の位置を調べる魔法も習得してはいるものの、さっきこっそり使ってみたら失敗した。つまり、ルーセットから聞き出すほかない。


 小首をかしげたわたくしに、彼は朗らかな笑顔で答えてくれた。


「そう。私と息子が暮らしているのは、あの森があるほう、パスケル王国だよ。そして私たちの背後側には、ゾーラ王国があるんだ」


 ゾーラ王国。その言葉に、背中がむずむずするのを感じた。そこは、ついこの間までわたくしが暮らしていた場所。あの性悪王子がいる国。


 でも、ということは……あの屑王子からは、いったん離れられるのね。ちょうどよかったわ。それなら、身を隠すのにもよさそう。


「このあたりは、ひたすらに不毛の荒野が続いているからね。君がもう少し荒野の奥に行ってしまっていたら、危ないところだった」


 ルーセットがそこまで語ったところで、ふと気になった。


「……きかないの? あたくちがどうしてあそこにいたのか、って」


「もちろん、それは気になるよ。でもどうやら、君はそのことについて話したくないのだろう?」


 無言でうなずくと、彼は歩きながらわたくしの頭にぽんと手を置いた。


 なれなれしい……と言いたいところだけれど、今のわたくしは幼児なのだし、そういう扱いをされるのは仕方がない。ただ、どうにも背中がむずむずする。落ち着かない。


「だから、尋ねはしない。ただ、君が話したくなったら、いつでも聞くからね」


「……そうさせてもらうわ」


 まったく、こんな子どもにそこまで気を使うなんて。妙な男。


 ふうとため息をついて、別のことを尋ねてみる。


「ここは、なにもないこうやなのでしょう? だったら、あなたはどうしてここにきたの?」


「ちょうど、そこの森で探し物をしていてね。大体集め終わったし戻ろうかな……と思ったそのとき、君の声が聞こえてきたんだ」


 彼はためらうことなく、そう答えた。背中のリュックを指し示しながら。


 どうやら、嘘を言っている様子はない。というか、集めていたものって十中八九薬草ね。借りているこのチュニックに、ほんのり匂いが移っているから。


 なるほど、彼は人さらいではなく、本当にただのお人よしだったというわけね。


 ほっとしつつ、せっせと足を動かした。隣のルーセットが歩調を合わせてくれていることを、どうにもむずがゆく思いながら。




 森を抜け、その向こうの草原を歩いていくと、遠くに町の姿が見えてきた。その間ルーセットは、ずっとわたくしを気遣い続けていた。


「ふう、無事に戻ってこられたね。フィオ、ここがギルレムの町だよ。私の家まで、もう少しだから」


「ふうん……」


 彼の言葉を聞き流し、町並みに目をやる。背丈がすっかり低くなってしまったせいで、町がやけに大きく見える。


 思えば、こうやって人里にくるのも久しぶりだ。


 あの最低王子に招かれたときは、面倒だったから王宮まで魔法で飛んでいった。それからはずっと王宮に滞在していたから、普通の民の暮らしている普通の町に足を踏み入れたのは……ええっと、五十年ぶり、くらいかしら。


 足元には、レンガがびっしりと敷き詰められている。大通りとはいえ、ここまでしっかりと道が整備されているのは珍しい。さほど大きな町でもないのに。


 それに家々も、古くはあるもののよく手入れされている。全体的に落ち着いた、居心地のよさそうな町だった。


「はは、気になるかい? このギルレムの町は、歴史ある町なんだよ。昔々、ここには別の国があってね……」


 ルーセットの説明を聞いているうちに、思い出した。そういえばこのへんに昔、小さな国があったわ。周囲の国に飲み込まれる形で消えたけれど、都はこんな形で残っていたのね。


 ちょっとしんみりしながら、彼に続いて歩く。と、すれ違う人たちが次々と足を止めて、わたくしたちに声をかけてきた。


「おいルーセット、その子はどうしたんだ?」


「あらまあ、ひどい格好じゃないか!」


「ねえあなた、大丈夫?」


 そんな声に囲まれてしまって、無言のまま目を白黒させる。わたくしのことを心配してくれていることは分かるのだけれど、押しが強すぎる。ルーセットだけでなく、みんなお人よしなのかしら。この町って、平和なのね。


 わたくしは長く生きてきて、色んな場所を見てきた。誰も弱者に手を差し伸べる余裕なんてなくなってしまった場所も知っている。そんなところで、人間がどう生きているのかも。


 しかしここギルレムの住人は、そういった悲惨さとは無縁のようだった。……まあ、そうでなかったら、お人よしでのほほんとしたルーセットなんて、あっという間に食い物にされて終わりよね。


「彼女はフィオ。保護者とはぐれて行く当てがないらしいから、しばらく私のところで預かろうと思うんだ」


 わたくしに殺到する町の人間たちをさりげなく押しのけて、ルーセットがにっこりと笑う。と、町の人間たちが納得したようにうなずいた。


「ああ、アリエスならちゃんと面倒を見られそうだし、ちょうどいいかもな」


 アリエスというのは、ルーセットの息子だ。ここに来る途中、ルーセットからあれこれと話を聞かされた。とても賢くて、しっかりした子なのだとか。


 ただ、アリエスの年齢については、まだ聞いていない。でも、ルーセットや町の人たちの反応からすると……十歳は超えているのかしら。というか今のわたくし、いくつくらいに見えているのかしらね。


「それはそうとして、やっぱり服は必要だろう。まさか、アリエスのおさがりを着せるつもりじゃあ……」


 ふっくらした中年女性が、そう言ってルーセットをじろりとにらむ。ごまかすように視線をさまよわせた彼を見て、女性は深々とため息をついた。


「まったく、あんたが男手一つでアリエスちゃんを育ててるのは偉いと思うよ。でもねえ、女の子の育て方は、あれこれ違うんだ。教えてやるから、ちょっとおいで!」


 彼女はそう言ったかと思うと、あっという間にルーセットを引きずっていってしまった。二人の姿が、人ごみの向こうに消えていく。ちょ、ちょっと待って、わたくしはどうすれば?


「あーあ、行っちゃったよ。仕方ない、彼女は俺たちで送っていくか」


「大丈夫よ、フィオちゃん。お姉さんたちが、ルーセットおじさんの家まで連れていってあげるからね」


 若い女性が、微笑みながら手を差し出す。その隣では、若い男性がちょっぴり気取った態度でたたずんでいた。なるほど、こちらは恋人同士かしらね。初々しくて可愛らしい。


 女性に手を引かれ、男性に先導されながら町の奥のほうに進んでいく。脇道に入ってしばらく進んだ先、町のはずれにある家の前で二人は立ち止まった。


「おーいアリエス、いるか? ルーセットさんのお客さん、連れてきたんだが」


 男性が扉に向かって呼びかけると、分かりました、という言葉に続き、扉が開いた。


 そこから姿を現したのは、一人の少年だった。おそらく六歳くらいだろう、ルーセットと同じ金の髪をしているけれど、目は鮮やかな緑色だ。


「お客様、ですか?」


 とても礼儀正しく答えた彼は、あきれるくらいに愛らしい、先が恐ろしくなるような美少年だった。

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