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28.宿敵との邂逅

 わたくしたちは案内の者に従い、ゾーラの王宮をゆっくりと歩いていた。


 しかしわたくしは、ここの間取りは全部頭に入っている。だってつい半年ほど前までは、この王宮の中を自由に歩き回っていたのだもの。


 このまま進むと、じきに玉座の間ね。隣国の使者を出迎えるのだから、まあ当然……かもしれないけれど。


「あ、あたちはここでまってる」


 玉座の間の扉の前で、案内の者が立ち止まった。すかさず、そう主張する。いつも以上に舌ったらずな声音で。子どもっぽい口調を意識して。


 まさか、いくらなんでも玉座の間で何かしてくることもないだろうし、わたくしが中に入る必要はない。それにわたくしは、使者ではないのだし。


「連れの子も、ともに中に入られるように。陛下は、そうおおせです」


 しかし案内の者は、静かにそう答えた。どうしましょう、心の準備が。


「大丈夫ですよ、フィオ」


 おろおろしているわたくしをなだめるように、アリエスがそっと手を握ってくる。


 王の前でこれはどうかと思うけれど、四歳と六歳の子どもだから、たぶん許されるわね。それにわたくしも、珍しく不安になっていたのも確かだし。


「使者どの、ご到着です」


 扉の両側に控えた兵士が高らかに声を上げ、それを合図としたように扉が開く。


 わたくしは、その中がどうなっているかも知っている。目の前には広いホール、大理石の床に赤いじゅうたん。少し先に階段があって、そのさらに奥に玉座が置かれている。


 玉座に座るのは、中年の王。ちょっと寂しくなった赤い髪を丁寧になでつけて、豪華な王冠を載せている。痩せぎみの、どことなく自信なげな目つきが特徴的な、そんな人。野心はかけらほどもないけれど、国を今までどおり治めることには長けている。


 そして、その隣に立っているのは。


「使者どのよ、よくぞ参った。」


 王の声が、右から左に抜けていく。アリエスとつないだままの手に、力が入ってしまう。


 年のころは二十歳ほど、燃えるような赤毛のすらりとした美男子。自信たっぷりの笑みを口元に浮かべた、凛々しい青年。


 ……おのれ、スレイン……。


 そんな言葉をうっかりもらしそうになってしまって、あわててきゅっと唇を引き結ぶ。


 彼こそ、このゾーラ王国の王太子スレイン、そしてわたくしをだました張本人。できることなら今すぐ、その報いを受けさせてやりたい。


 でもそれだと、この二人にとばっちりが及んでしまう。だから、今は我慢。今回は、この二人を守るためについてきたのだから。


 と、アリエスが手を放し、そっとひざまずいている。ああそうだわ、そうしていれば礼儀正しくふるまえるし、あの男を見なくて済むわね。それにこれが、使者としては正しい態度。


 あわててちょこんと膝をつき、耳を澄ませる。ルーセットが親書を王に差し出し、また下がってくるのを気配だけで感じていた。ふうやれやれ、どうにか終わりそうね。


 と思ったら、王がいきなりとんでもないことを言い出した。


「ところでそちらは、そなたの子か?」


 とたん、視線が集まるのを感じる。王に兵士たち、それに、あの男。嫌だわ、見られている。注目されている。とっても不快。


 いっそこの場で、全員まとめて凍らせたい。今のわたくしでも、それくらいはできる。でも我慢よ、我慢。そんなことをしたら、大騒ぎになってしまう。


「はい。アリエスとフィオ、どちらも私の大切な子どもにございます」


 そうしていたら、ルーセットのそんな声がした。その優しい声に、ふっと心が落ち着いていく。


「ふむ。顔を上げるがよい」


 できればこのまま、下を向いていたいのだけど。そう思いながらも、そろそろと顔を上げる。


 思いのほか優しい目で、王はわたくしたちを見ていた。そのことにほっとしつつ、まっすぐに王を見つめ返した。


「利発そうな、よい子どもたちだ。大切にせよ」


「はっ、ありがたき言葉」


 王とルーセットは、そんなことを話している。……かしこまったルーセットって初めて見たから、違和感が尋常ではない。意外に似合っているけれど。


 というか彼って、きちんとするとぐっと男前になるのよね。……こんなことでも考えていないと、あいつに見られているという嫌悪感に耐えられない。


「しかし、使者が子連れでやってくるとは」


 などと考えていたら、スレインの楽しそうな声がした。とっさに、また顔を伏せる。どうか、不慣れな状況にとまどっているように見えてほしいなと、そう思いつつ。


「おや、そちらの子は人見知りか。無理もない。玉座の間に立ち入るなど、初めてだろうから」


 よし、うまくいった。と思ったら、彼はさらに言葉を続けた。二人とも、こちらに来るといい、と。


 毛虫の巣に手を突っ込むような気分で、アリエスの背に隠れるようにしながらそちらに歩いていく。


 手を伸ばしても届かないくらいのところで、アリエスがぴたりと足を止めた。王族に対する接し方としては、これで正解。招かれたといっても、近づきすぎは駄目だから。


 さすがアリエス、こんなところもきちんとしてるのね……などと思っていたら、スレインとばっちり目が合ってしまった。


「フィオ……といったか」


 名を呼ばれて、ついアリエスの背中にさっと隠れてしまう。


 わたくしの本当の名は『氷雪の魔女』レティフィオ。あの荒野でルーセットと出会って、ついその名前の一部を答えたけれど……今にして思えば、もっと本名からかけはなれた偽名にしておけばよかったわ。


 深呼吸してから、そろそろと顔だけを出してスレインの顔をじっと見返してみた。すると、彼の笑みが深くなった。


「……将来は、ほれぼれするような美女になるのだろうな」


 気持ち悪い!! こんな小さな子どもを、どういう目線で見てるのよ!! というかそれなら、アリエスは将来あんたなんかよりずっとずっと男前の紳士になるに決まってるんだから!


 そんなことを考えて気をそらしながら、今度はアリエスに話しかけているスレインをじっと見守る。どうやらスレインは、純粋に興味がわいてわたくしたちに声をかけただけのようだった。


 ひやひやしたけれど、なんとかなりそう。アリエスの腕にしがみついたまま、こっそりと深いため息をついた。




 どうにかこうにか謁見を終えて、今度は客室に案内された。親子連れということもあって、みんなで一続きの部屋をあてがわれていた。


 これなら、安心して休めそう。ソファにぐったりと座り込むと、アリエスが声をかけてきた。


「大丈夫ですか、フィオ? さっきから、落ち着かないようですが……」


「……だいじょうぶ。たぶん」


 既に頭の中では、スレインを三、四回は氷漬けにしている。どうにかこうにか踏みとどまれたのは、ルーセットとアリエスのおかげだ。二人に感謝しなさいよ、馬鹿王子。


 そうやって我慢していたせいで、とにかく疲れていた。あと、わたくしの正体がばれやしないかと警戒していたせいで。


「さすがの君も、緊張したのかな」


「そういうことにしておくわ」


 いや、ルーセットの言うとおり、わたくしは確かに緊張していたのかもしれない。


 わたくし一人なら、遠慮なんてしない。スレインを容赦なくぶちのめして、ついでに王宮を少々破壊して、『氷雪の魔女』の恐ろしさを思い知らせてやる。甘く見られた分、しっかりと。


 小さくなったって、使える魔法が多少制限されていたって、それでもわたくしは、そこらの人間よりずっと強いのだから。


 でも、わたくしはそうしない。わたくしは、この二人を無事にギルレムまで送り届けたいと、あの町でまた一緒に暮らしたいと、そう思っているから。


 そのためなら、慣れない我慢も、子どものふりも、やりとげなくては。そんな意気込みのせいで、がちがちになっていた。


「……ふたりとも、ありがとう」


 自然と、そんな言葉を口にしていた。


「あたくちのわがままをきいてくれて、きづかってくれて……あたくち、がんばるから」


 こんなことを言われても、二人は全く理解できなかっただろう。普通の人間なら、いったい何を頑張るのか、そう尋ねてきていただろう。


 けれど二人は何も言わずに、笑顔でうなずくだけだった。わたくしが、何か隠しているのを察したうえで。……こんな二人だから、なおさら守りたい。


 ……とはいえ、もう用事は済んだのだし、あとは一泊して帰るだけ。スレインも妙な動きは見せなかったし、全部わたくしの取り越し苦労だったみたい。


 ちょっと肩の力を抜きかけたそのとき、入り口の扉がノックされた。やってきたのは、わたくしたちをここまで案内してきた使用人だ。


 彼はわたくしたちの顔を順に見て、それからうやうやしく言い放った。


「スレイン様より、伝言がございます。『ささやかではあるが、歓迎の宴を設けた。どうか気軽に、顔を出してもらいたい』と」

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