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27.もう一波乱

 ルーセットは手紙をじっと見つめながら、困り果てたようにつぶやいた。彼とアリエスの二人が、パスケル王の使者に選ばれた、と。


 一国の王が、隣国に使者を送る。そのこと自体は、別に珍しいことだとは思えない。その使者として、貴族が指名されることも。でもこの二人、今は平民なのだけれど……。


「……細かいいきさつは分からないけれど、どうやらエーレストが陛下に私たちを推薦したみたいで……君に色々と経験を積ませようと、そう考えたらしいんだ」


「でもぼくもお父様も、今は平民ですが……」


「……私たち二人をメルエシアの一員とする手続きを既に済ませていると、エーレストはそうも書いているよ……書類上、私たちはまた貴族になっているらしい……」


 ルーセットのその言葉に、二人は同時にがっくりとうなだれる。これはもう断れないぞと、そう悟ってしまったようだった。


 とはいえ、この二人なら王のおつかいくらい、十分にこなせるだろう。長く生きてきて、たくさんの王侯貴族を見てきたわたくしがそう思うのだから、間違いない。


 ただ問題は、別のところにあった。


「……ゾーラのおうきゅう、ねえ……」


 二人に下された使命は、パスケル王からゾーラ王への親書を運ぶ、というものだった。


 ゾーラの王宮。あそこはわたくしにとって、因縁の地。あそこには、あの外道王子がいる。わたくしをだまし、罠にはめたあの男。


 まさかと思うけれど、あの男がルーセットたちに何かするなんてことは……駄目、否定しきれない。ゾーラ王が止めてくれればいいのだけれど。


 ゾーラ王、どんな人だったかしら。あの王宮に滞在している間、数えるほどしか顔を合わせていなかった……今にして思えば、王はわたくしにおびえていたのね。人ならざる時間を生き、様々な魔法を自在に操る、『氷雪の魔女』に。


 ということは、もしかして……わたくしを呪いで赤子にして荒野に打ち捨てるというあの罠、まさかと思うけれど王も一枚かんでいた、かも? 怖い相手を安全に、確実に始末できるなら、ちょっとくらい危ない橋を渡ってもって、そう思ってもおかしくないし。


 ……ああああ、どんどん嫌な予感がひどくなっていく。そういえばあの卑劣王子、我が国には資源が乏しく、困っているのですよとかなんとか、以前そんなことを言ってなかった!?


 対するここパスケル王国は、割と豊かな国だ。農業鉱業林業、いずれも中々の規模を誇る。ゾーラからしたら、喉から手が出るくらいに欲しいんじゃないかしら……。


「あの、フィオはどうしますか?」


 一人頭を抱えていたら、アリエスが心配そうに尋ねてきた。続けて、ルーセットも。


「私たちのつきそいとして、一緒に来るかい?」


「気が乗らないのなら、ここで待っていてもいいですよ」


「そうだね。お隣の奥さんに面倒見てもらってもいいし」


「ジェスの家にお世話になるのもいいかもしれません」


 二人は口々に、そんなことを言ってくる。どうやら、わたくしが何事か悩んでいるのを、察してくれたらしい。


 その気遣いが、泣きたくなるくらいに嬉しい。でもだからこそ、わたくしは彼らについていかなくてはならない。


 何も起こらなかったら、それでいい。でももし彼らの身に何かがあって、そのとき近くにいてやれなかったら、わたくしは一生そのことを後悔する。


「あたくちも、あなたたちといっしょにいくわ。ただ……」


 おそらく、あの最低王子は今のわたくしの状況を知らないはずだ。けれどだからといって、油断はできない。思いっきり警戒しなくてはならないのだけれど、さて、どう説明したものか。


「ゾーラには、ちょっと……その、ルーセットとであうまえに、いろいろあったから。できれば、いきたくないなあ、って……」


 どうしても気まずくなってしまって、ついつい視線をそらす。


「でも、あなたたちふたりだけでいかせるのも、しんぱいなの」


 そう宣言して、肩にかかった髪に触れた。きらきら銀色の髪が、一瞬で真っ黒になる。


「こうやって、おさげにあめば……あたくちだって、すぐにはきづかれない……とおもうのだけど。どうかしら?」


「ええ。印象が、がらりと変わりました。ちょっと幼くなったようにも思えますが、素敵です」


「君には黒髪も似合っているね。とても可愛いよ」


 わたくしの事情には少しも触れず、二人はにっこり笑ってわたくしの髪を褒めてくれていた。


 ほんと、おかしな親子。明らかにただものじゃないわたくしをそばに置いているだけじゃなく、その過去について聞き出そうともしない。


 ……だからこそ、彼らのそばは居心地がいいのだけれど、ね。




 そんなやり取りから、数日後。わたくしたちはメルエシアの屋敷の一室で、間の抜けた声を上げていた。


「いつの間に、こんなものを用意してくださったんですか……」


「我が弟ながら、見事な手際だねえ……」


「よういしゅうとう、ね。というかどうして、あたくちのぶんまであるのよ」


 旅立ちの支度を整えてギルレムの町を出たわたくしたちは、まずメルエシアの屋敷に向かった。というか、エーレストが迎えの馬車を出してくれていたのだ。おかげで、とっても楽に移動ができた。


 わたくしたちはみんな、平民としての服しか持っていない。そんな格好で、王の前に出るわけにはいかないのだ。


 だからエーレストのところで、適当に大きさの合いそうな服を借りようと思ったのだけれど……わたくしたちがたどり着いたそのときにはもう、新調されたそろいの衣装が三着、そこには用意されていたのだった。


 そうしてわたくしたちは、その上等な衣装を前に、ぽかんと立ち尽くしていた。


「いずれ必要になると思って、仕立てさせておいたのです」


 わたくしたちの反応に満足したのか、エーレストが得意げにそう言った。


「兄上は、私と体格はほぼ同じですから。先日立ち会ったときの感覚からしても、そう痩せも太りもしていなかったようですし」


「あの、でもぼくの寸法は……」


「目算で、ある程度は合わせてある。ところどころ仮縫いのままにしてあるから、あとで微調整させよう」


 アリエスの疑問にも、エーレストはすらすらと答えている。


「あたくち、そもそもししゃじゃないんだけど」


「だが君も、二人についていくだろうと思ってな。私の使者をあっさり退けるほどの腕前だ、きっと兄上やアリエスの護衛を買って出る、そう判断したのだ」


「うっ……それは、そうなんだけど」


 悔しい。エーレストに言い負かされた。反論できない。だって、そのとおりなんですもの。


 わたくしたち三人が何も言えなくなったのが嬉しかったのか、エーレストはとっても上機嫌で、お針子たちに寸法合わせを言いつけた。そうしてそのまま、部屋を出ていく。


「……なんだか、エーレストが生き生きしているね……昔はあんな子じゃなかったんだが」


 困ったようにぎゅっと眉を下げて、ルーセットがため息をつく。ただ彼も、どことなく楽しそうではあった。


「こんな上等な服、初めてです……」


 そしてアリエスは、目を真ん丸にして衣装に見入っていた。三着そろいの、豪華な衣装。


 目の覚めるような青に、金と銀が差し色として入った、わたくし好みの色合いだ。お気に入りのあのドレスに、ちょっとだけ似ている。


 ……大丈夫よね。これを着たわたくしを見て、あの悪徳王子が真実に気づく……なんてことにはならないわよね。また自信がなくなってきたわ。


 ゾーラにいる間だけでも、態度を少し改めたほうがいいかもしれない。きちんと、四歳の幼子に見えるように。


 なんだか、頭が痛くなってきたわ。でもわたくしがしっかりしないと。


 笑顔で歩み寄ってくるお針子たちに、どうにかこうにか笑みを返す。けれどわたくしのそれは、ちょっぴり引きつっていたと思う。




 そうして、ばたばたと準備も済んで。


「へえ、ここがゾーラの王宮なんだね」


「メルエシアの屋敷も大きかったですし、パスケルの王宮も立派でしたが……ここも、とっても素敵ですね……」


 笑顔のエーレストに見送られてパスケルの王宮に向かったわたくしたちは、そこで王からの親書を受け取って、馬車を乗り換えた。


 とびきり豪華な馬車で旅をして国境を越え、さらに進み……ついに、ゾーラの王宮が見えてきてしまった。


 感心したような顔で窓の外を見つめる二人。しかしわたくしは、どうにも気が気ではなかった。


 ついに、あの最悪王子と顔を合わせる。それも、まだ本来の力を取り戻せていない状態で。ルーセットに拾われたときは、こんなことになるなんて思いもしなかった。


 でも、ここで気後れしている場合ではない。何があるか分からないのだし、わたくしがしっかりしなくては。


 今は黒いおさげをそっと手に取ってため息をつきながら、どんどん近づいてくる王宮をきっと見すえた。

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