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23.町の異変

 ギルレムの町を取り囲む、メルエシアの兵士たち。いつもなら町の外の畑で作業をしている人々の姿も、今は見えない。


 いったいどうして、あんなことになっているのか。ぎゅっと眉間にしわを寄せながら、じっと町をにらむ。


 と、町の門の中から、誰かが出てくるのが見えた。ぎっちりと着飾った男性……遠くてはっきりしないけれど、ルーセットと年が近そうだ。


 遠見の魔法を使えれば、もっとよく見えるのだけれど。どうしたものか悩みつつ身を乗り出したそのとき、背後から低い声がした。


「エーレスト……!」


 それは、押し殺したようなルーセットの声だった。えっと……つまりあの偉そうな人が、彼の弟にしてメルエシア現当主のエーレスト、ということ? そんな人が、どうしてここに。


「……なるほど、そういうことだったか」


 やっとルーセットたちの謎が解けたと思ったら、また別の謎が舞い込んできた。ううんとうなっているわたくしを尻目に、ルーセットは一人納得してしまっている。けれどその声は、ひどく苦しげだった。


 どういうことよ、と尋ねるよりも早く、彼はすとんと馬を降りてしまう。そのまま、手近な木に馬をつないでいた。そうして、わたくしたちにも馬を降りるようにうながしてくる。


「私はこれから、エーレストと話してくる。君たちはこの林の中に隠れていなさい。馬から離れた茂みの中にいれば、すぐには見つからないだろうから」


「はなしにいくって、ひとりで?」


「ああ」


「だめよ。エーレストがどんなひとかしらないけれど、いきなりアリエスをさらわせるようなひとよ? あなたがあぶないわ」


「ぼ、ぼくもそう思います」


 びしりと言い放ったわたくしに、アリエスが泣きそうな声で加勢した。


「だから、あたくちをつれていきなさい。さいあく、ちからずくでなんとかしてあげるから」


 その勢いに乗ってそう宣言したら、ルーセットがふっと眉を下げた。


「フィオ……君が強いことは、よく分かってる。だから君には、アリエスを守ってほしいんだ」


 切なげに微笑んで、わたくしの手を取るルーセット。その優しい栗色の目を見てしまったら、もう何も言えなかった。


 だって、大切な息子を危険にさらしたくないという彼の思いが、痛いくらいに伝わってきたから。


 しかしそのとき、アリエスが口を挟んできた。


「……フィオ、お願いです。お父様についていって、お父様を守ってください。ぼくはここで、頑張って隠れていますから」


 彼は素晴らしく整った顔に悲壮感をたたえ、まっすぐな目でわたくしを見つめている。その視線の強さに、身動きが取れない。


 ルーセットとアリエス。互いに互いを思いやって、わたくしの助けを求めている。ならばわたくしは、どうすればいいのか。


「……だったら、みんなでいきましょう」


 少しだけ考えて、そんな言葉を口にする。


 実のところ、これが最適な答えなのかは自信がなかった。今の小さなわたくしで、この二人を同時に守り切れるのだろうか。


 それに、守らなくてはいけないのはこの二人だけではない。ギルレムの町の人々もだ。


 ルーセットは強いけれど、同時に相手をできるのはせいぜい二、三人だろう。


 アリエスが手加減せずに魔法を使えば、戦力になるかもしれないけれど……どこにどう被害が及ぶか分からないので、彼は荒事には参加させられないし。


 そして町の人たちは、そもそも争いごとに向いていない。そのことは、アリエスがさらわれたときのあれこれでよく分かった。


 つまりここで、メルエシアの兵士をまとめて抑え込めるのは、わたくしだけだ。


 ああもう、元の姿だったら、こんなふうに悩まなくても済んだのに。あいつら全員、一瞬で眠らせることだってできたのに。数百年生きてきて、自分の力不足を悔しく思うのは、本当に久しぶり。


 けれどそんな不安を押し込めて、堂々と言い放つ。わたくしが揺らいでしまったら、きっと二人の不安が増してしまうから。


「さあ、そうとなったら、さくせんかいぎよ」


 有無を言わさずにそう決めて、くるりとルーセットに向き直る。


「ルーセット、どうしてエーレストがあそこにいるのか、あなたにはこころあたりがあるんでしょう? それをしっておいたほうがいいとおもうの」


「……確かに、そうだね。これはあくまでも、私の推測だけれど」


 そう前置きして、ルーセットは語り出した。


「おそらくエーレストは、私がすぐにアリエスを奪い返しにくるだろうと、そう踏んでいたのだろう。……それを利用して、罠を仕掛けた……のだと思う」


「わな?」


「ああ。私がアリエスのことをあきらめるように。そしてギルレムの町を離れ、もっと遠くにいってしまうように」


 黙って話を聞いているアリエスの肩に、ぐっと力が入っている。そっと彼の手をにぎって、ルーセットに尋ねた。


「だから、あなたがまちをはなれたすきをついて、まちをふうさした、ってこと? そうすれば、もうあなたはもどれないから」


 するとルーセットは、難しい顔をしてうなずいた。


 なるほど、数にものを言わせてルーセットを追い払い、アリエスに「お前の父はお前を見捨てた」と吹き込む。そうすればアリエスも従順になるだろう。たぶん、そんな狙いがあったのね。


 そのために無理やりアリエスを連れ去って、ルーセットから引き離した。さらにその状況を利用して、ルーセットをギルレムの町から引き離した。まったく、よくできてるわ、この仕掛け。


 でもそうなると……家、無事かしら。あの使者は思いっきりおどしておいたし、まだわたくしの氷が残っているだろうから、多少の抑止力にはなっているでしょうけど……。


 そんな不安を押し殺して、本題に戻る。


「……そこまでは、わかったわ。でもなんで、ここにエーレストほんにんがいるのよ」


 ただ、そこのところがよく分からなかった。目的を達成するためなら、兵士を配置しておけば済むことだし。


 そんなわたくしの疑問に、ルーセットはやはり暗い顔で答えてくれた。


「……たぶん彼は、私にきちんと引導を渡しておきたいんだろうね。メルエシアを追い出された私が、思ったより近くに住み着いたのが気に入らなかったのかもしれない」


 もしそうだとしたら、器の小さな男だ。そんな言葉を呑み込んで、さらにあれこれと話し合う。三人でエーレストのところに向かってからどう立ち回って、どう彼らを引かせるか、そんなことを。


 とはいえ、うまくいく保証はなかった。それでも、前もって考えておくのとおかないのとでは、やはり気分が違う。


 林に隠れたままのわたくしたちの作戦会議は、それからしばらく続いていた。




 そうして、また三人で馬に乗ってギルレムの町に近づいていった。エーレストと兵士たちが、こちらを見て警戒したような表情になっている。


 そうしてエーレストから少し離れたところで、ルーセットは馬を止める。彼一人だけが馬を降りて、エーレストに向き直った。


「エーレスト、どうしてこんなことをしたんだ」


 いつもよりずっと凛々しい声音で、ルーセットがエーレストに尋ねる。


 結局、どうやってエーレストを説得するか、その方法は浮かばなかった。まあ、それも当然といえば当然ではある。


 わたくしとアリエスはエーレストについて何も知らないし、唯一彼を知るルーセットはお人よし過ぎて、他人の説得なんて苦手だし。


 なのでひとまず、ルーセットが正面から当たってみることにした。あちらの思惑いかんによっては、交渉の余地もあるから。


 もしどうしようもなくなったら、そのときはわたくしが大暴れする。そうして無理やりにでも、エーレストたちを退かせる。


 みんなでまとまっていれば、守るのもたやすい。町の近くにいるほうが、町も守りやすいし。


 そんなことを思い出しながらじっと、エーレストを見つめる。


 面差しも体格もルーセットとよく似ているけれど、その表情はまるで違う。エーレストはとても険しく、鋭い目つきをしていた。そうと知らなければ、彼らが双子だなんて気づかないかも。


 そうしていたら、エーレストが冷ややかな声でルーセットに答えた。


「おや、兄上。私が説明するまでもなく、お分かりなのでは?」


「このギルレムの町は、メルエシアの領地ではないはずだけれど?」


「この町を治める領主には、兵士を入らせる承諾をいただいていますよ。この地に根付く者たちには危害を加えない、その約束つきで」


 エーレストの言葉に、ちょっとだけほっとする。つまりこの兵士たちはルーセットを追放するためだけにいるのであって、町の人たちがどうこうされることはない。


「……しかし、こんな場に子連れとは……」


 と、エーレストが眉をひそめた。その目が、馬上のわたくしにまっすぐに向けられている。


「こちらはフィオ、養い子ではあるけれど、私の大切な家族だよ」


 ルーセットの言葉に合わせて、ぺこりとお辞儀をする。このあと暴れるかどうかまだ決まってないし、今は普通の子どものふりをしておこう。今のところは。


「……それより、兄上。どうやって連れ出したのかは知りませんが、アリエスをこちらに返していただきましょう」

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