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22.過去の因縁

 朝日に照らされた草原を、ルーセットの操る馬に乗って運ばれる。すぐ後ろのアリエスが、わたくしが落ちないようしっかりと支えてくれていた。


 そんなアリエスの後ろから、ルーセットの静かな声がする。


「……賢い君は気づいているかもしれないが、私たちは貴族の血を引いているんだ。あの、メルエシアの血を」


 予想通りだったので、特に驚きはしなかった。だって彼らは、平民らしからぬ気品と教養を有していたから。無言のまま、話の続きを待つ。


「私はほんの数年前まで、メルエシア伯爵家の跡継ぎだった。とはいえ、その座にあまり興味はなかったんだ。オリジェとアリエス、親子三人で穏やかに暮らしていければ、それでよかったから」


 彼の声は、どことなく寂しげだった。


「ただ、私のそんなあり方が、双子の弟のエーレストの逆鱗に触れていたみたいなんだ。やる気のない人間が家を継ぐ、そのことが許せなかったのだろうね」


 世の中には、そういう人間もいる。ルーセットみたいに身分にも栄誉にこだわりのない人間や、エーレストのように地位や権力を大切にする人間。


 どちらが上とか下だとか、そういったことはない。ただ、そんな二人が同じ日に生を受けた兄弟だったことは、悲劇的な不運だった。そう思う。


「彼は私をはめて、家から追い出した。そのこと自体は、どうでもよかった。……そのせいでオリジェとアリエスに苦しい暮らしをさせてしまったことは、後悔しているけれど」


 ルーセットの声が、暗く沈んだ。貴族として生まれ育って、ふわふわとした優しい世界しか知らなかった彼が、いきなり平民として外の世界に放り出されたのだ。その苦労は、想像に難くない。


「そうして私たちは、ギルレムのあの家で暮らし始めた。でもたったの一年で、オリジェが亡くなって……それから三年、私たちは町の人たちに支えられながら、どうにかこうにか生きてきた」


 あの町は、決して豊かではない。わたくしが教えたあの紫の草に、みんなして飛びつくくらいに。でも、困っている人を受け入れる温かさがある。突然現れたわたくしを、あっさりと受け入れてしまうくらいには。


「だが私たちを追い出して以来、エーレストは一度も私たちに接触してこなかったんだ。どうして、今頃になってこんなことを……」


「ぼく、メイドたちが噂話をしているのを聞いてしまいました」


 すると、アリエスが口を挟んできた。どことなく気まずそうだ。


「なんでも当主様は、お子ができない体質だったらしいんです。当主になられてから、そのことが判明したとかで……」


 一番後ろで、ルーセットが息を呑む気配がした。アリエスはぼそぼそと、かぼそい声で続ける。


「ぼくを小さなうちに親から引き離して鍛えなおし、生みの親のことを忘れさせる。そして、当主様の息子として家を継がせる……そういうつもりだったみたいです」


 その言葉に、思わずあんぐりと口を開けてしまう。つまりエーレストは、ルーセットたちを叩き出しておいたににもかかわらず、メルエシアの血を引く子どもが必要になったからって、有無を言わさずにかっさらったのね。


「……さいていね」


 ぐっと眉を寄せて、低くつぶやく。


「あたくち、そのエーレストとかいうおとこ、いっぱつなぐってやりたいわ」


 貴族の世界ではままあることだ、それは分かっていても、どうにも腹が立って仕方がなかった。


 ……自分以外の人間を軽く見て、自分の都合だけで振り回す。このやり口に、嫌というほど覚えがあったから。おのれ、あの最低王子め……。


「そうねえ、こおりのかべをつくって、そのうえからさかさづり、とか! ごめんなさいってないてあやまるまで、ぶらさげておくのよ!」


 いらだちまぎれにそう言ったら、すぐ後ろからきょとんとしたような声がした。


「氷の壁……あの、ずっと気になってたんですけど、昨夜の氷の階段は……」


「あれが、あたくちのほんきよ」


 とまどいがちに切り出してきたアリエスに、堂々と答える。


「でも、ふだんはこんなちから、いらないでしょう? だから、ひみつにしてたの」


 これはちょっぴり嘘だ。力を隠そうとしていたのには、別の理由がある。でも、これでいい。この苦労してきた優しい親子に、余計なことを知られたくないし。


 軽く肩をすくめ、ずっと気になっていたことを口にした。


「それにしても、やけにうまくいったわね? てっきり、もっとけいびのひとがたくさんいて、おおさわぎになるかなって、そうおもってたんだけど」


 わたくしが存分に手を貸したから、というのもあるけれど、それにしてもあまりに簡単にアリエスを奪還できてしまった。そのことに、ずっと拍子抜けしていたのだ。


 メルエシアの人間がもっと邪魔をしてくるかと思っていた。最悪一戦交えることになるかもと、覚悟はしていたのだけれど。


 というか、捕らえた子どもがいなくなったら、屋敷の中を、そして外を存分に調べるわよね? でもさっきから追っ手どころか、人の気配一つしない。


 彼らにとってアリエスがそこまで重要じゃなかったか、あるいは他にやることがあって人手が割けないか……駄目、考えてもちっとも答えが出ない。


 ただ、何となく嫌な予感がする。こう、背筋がぞわぞわするというか。


「そうだね。ただ、私はあのメルエシアの屋敷で生まれ育った。あの塀を越えられることも、客人がどのあたりに滞在するかということも、全部知っていたんだ。もしもの場合に備えて、アリエスにあの光る木の実を持たせていた」


 はきはきと語るルーセットの声は、心持ち誇らしげでもあった。


「その知識と君の魔法のおかげで、あの局面を無事に乗り切れたと、私はそう思うんだ」


 そんな彼に、そろそろと指摘してみる。


「あなたがぬけみちをしってるのなら、エーレストもしってるんじゃないかしら?」


「たぶん、それはないよ。私は子どものころからちょくちょく屋敷を抜け出して外の野原でぼんやりするのが好きだったけれど、エーレストはとても真面目だったから」


 ……ちょっとだけ、エーレストに同情したかも。おっとりで権力に興味がなくておまけに脱走癖のある兄が、先に生まれたってだけで当主の座を約束されていたら、ねえ。


「だからきっと、彼らはまだ屋敷の中を懸命に探しているんじゃないかって思うんだ」


「だとしたら、見つかる可能性は低い……ですよね」


 ルーセットの言葉に希望を見出したのか、アリエスがちょっぴり明るい声で答える。


「私もそう思うよ。今私たちは、少し遠回りしてギルレムの町に戻っているから、なおさらだ」


 そうしてわたくしの後ろで、二人が話し出す。まだちょっと不安があるものの、懸命にお互いを励まそうとしている、そんな感じだ。


 わたくしも、二人の話に乗ってやりたかった。そうね、だいじょうぶよねと、相槌を打ってやりたかった。


 けれど、わたくしの胸の中のもやもやは、どうにも消えてくれなかった。二人に顔を見られていないことにほっとしながら、すぐ後ろの会話にじっと耳を傾けていた。




 そうして、林の木々の向こうにギルレムの町が遠くに見えてきたとき。


「おや……おかしいな?」


「お父様、たくさんの人が……あの人たち、メルエシアの人です……」


 ルーセットがとまどいながら馬を止め、アリエスがそろそろと身を乗り出している。そしてわたくしは一番前で、低くうなっていた。


 わたくしたちの目の前にあるギルレムの町、普段はのどかな田舎町は、どう見ても兵士でしかない連中に取り囲まれていたから。

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