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19.それはあまりに突然に

 その日、わたくしはルーセットと行動をともにしていた。近くの岩山に生える薬草をとってきてほしいという依頼をこなすために。


 薬草つみ自体は、難しいことも何もない。ただこないだの雨で、少し地面が緩んでいた。もしかしたら、落石などあるかもしれない。そう思って、彼についていくことにしたのだ。わたくしなら、彼を万全に守ってやることができるから。


 けれどその判断が間違っていたのだと、わたくしはじきに思い知らされた。




「大変だ、ルーセット! ああ、フィオはここにいたのか、よかった……」


 薬草をたくさんつんで笑顔で町に戻ってきたわたくしたちのもとに、血相を変えた男たちが駆け寄ってきた。


「どうしたんだい? そんなにあわてて」


 ぽかんとした顔で、ルーセットが尋ねる。すると男の一人が深呼吸して、震える声で言った。


「アリエスが、さらわれた!!」


 とんでもない言葉に、自分の耳を疑った。あの子がさらわれた? わたくしたちが留守の間に、何があったというの。いえ、ともかく一刻も早く、連れ戻さないと。


「……何があったのか、聞かせてもらえるかい」


 しかしルーセットの声は、ひどく落ち着いていた。そろそろと見上げると、彼は険しく顔を引き締めて、鋭い目で前を見つめていた。集まっていた男たちが、たじろいでしまうくらいに。


 そうして男たちは、互いに互いの言葉を補うようにしながら話し始めた。


 わたくしたちが町を出たのとちょうど入れ違いになるような形で、やけに身なりのいい男が四人ほど、連れ立って町に来たのだとか。


「地味に見せかけてたけど、あれは仕立てのいい服だった」


「領主様の使いの者にも似てたな。ただ、知らない顔だったが」


 そしてその身なりのいい男たちは、迷うことなく町はずれのほうに歩いていき、わたくしたちの家を訪ねていったのだった。


「あれはなんだろう、怪しいなって、こっそりあとをつけてたんだ」


「そうしたら、家の中からアリエスの叫び声が聞こえてきて」


 町のみんなはあわてて家に入ろうとしたものの、中から飛び出してきた男たちに跳ね飛ばされてしまった。男たちは見た目よりずっと強く、町の者ではたちうちできなかったらしい。


 そして男たちは、ぐったりしたアリエスを抱え、そのまま町から出ていってしまった。


「すまない、ルーセット。俺たちがもっと強かったら……」


「手も足も出なかったんだ……」


 みんなはそう言って、がっくりと肩を落とす。その言葉に、ふと首をかしげずにはいられなかった。


 その謎の男たちが何者なのかは知らないけれど、ここのみんなは普段よく体を動かしているだけあって、力は強い。ただ、戦い慣れてないだけで。


 そんなみんながアリエスを取り戻そうと懸命に戦ったのに、たった四人……一人はアリエスを抱えていただろうから、実質的には三人……の男に、簡単にあしらわれてしまったなんて。


 どう考えても、ただの人さらいじゃないわね。ぎゅっと眉間にしわを寄せていたら、ルーセットのやけに静かな声が耳に飛び込んできた。


「……その男たちは、身なりがよかったんだね?」


 唐突な質問の意味がすぐに分からなかったのか、みんなが同時にこくこくとうなずく。


「そして、やけに強かった。もしかすると四人とも、やけに身のこなしが洗練されていなかったかな?」


 ルーセットはいつも通りの穏やかな表情をしていたけれど、その眼光はとても鋭く、声には張りがあった。みんなはその気迫に飲まれてしまって、ただうなずき続けることしかできないようだった。


「……分かった。ありがとう。ここからは私がどうにかするよ。あの子の父親として」


 そうつぶやいて、ルーセットは大股に家に向かっていく。どうやら彼だけは、何か心当たりがあるらしい。けれどそれを、わたくしたちに明かすつもりはないようだった。


「まってってば、ルーセット!」


 どんどん小さくなっていく背中を、あわてて追いかける。ぽかんとした顔のみんなを、その場に残して。


 しかし子どもの足では、速足の大人に追いつくのは難しい。ああもう、魔法で飛べばすぐなのに。


「まちなさいよ……きゃっ!」


 必死に走っていたら、いきなりルーセットが立ち止まった。勢い余って、その足にぶつかってしまう。


「なんで、こんなところでとまって……」


 困惑しながら横に一歩動いて、家の中をのぞきこむ。そうして、ルーセットが立ち止まってしまった訳を理解した。


 家の中は、すっかり荒れてしまっていた。いつも三人で囲んでいた食卓、そこの椅子は倒れ、テーブルの上に置かれていた小さな置物は床に落ちて砕けていた。


 一瞬はっとして、すぐに家の中に駆け込む。幸い、オリジェの部屋は荒らされていないようだった。そのことにほっとする。


 しかし台所を見て、胸がぎゅっと苦しくなった。どうやらアリエスは、料理をしながらわたくしたちの帰りを待っていたらしい。


 つんで洗った紫の草、こないだみんなで一緒に作ったベーコンの薄切り、お隣の奥さんがおすそわけしてくれた夏野菜のピクルス、昨日アリエスと一緒に集めたクリの実。


 そういったあれこれが、台所の作業台の上にぶちまけられていた。床に転がったクリの実を拾ったわたくしの手は、怒りに震えていた。


 どこの誰だか知らないけれど、絶対に許さない。彼らの幸せで穏やかな日々をこんなふうに踏みにじるなんて。絶対に、報いを受けさせてやるんだから。


 ぎゅうっとクリの実を握りしめていたら、背後でかたん、という音がした。振り向くと、自室に入っていくルーセットの姿が見えた。


 そろそろと追いかけて部屋の中をのぞいたわたくしの目に映ったのは、手早く荷物をまとめている彼の姿だった。どうやら彼は、旅支度をしているようだった。


 彼は部屋の入り口でぽかんとしているわたくしを優しいまなざしで見つめ、いつもと同じおっとりとした口調で言った。


「フィオ。君はここで待っていてくれ。大丈夫、アリエスは私が必ず連れて帰るから。それまで、家を頼んだよ」


「だから、まちなさいよ! あなた、アリエスがどこにつれていかれたのか、あてがあるの!?」


 ろくに説明もしないまま、ルーセットは荷物を背負い、わたくしの隣を通り過ぎていく。そうして、玄関の扉に向かっていく。腰に下げた剣が、かちゃりと小さな音を立てていた。


「……ああ。そしてアリエスは、無事だ。けれど早く、助けてやらないと」


「だったら、あたくちもいくわ。あたくち、こうみえてつよいのよ? しってるでしょ?」


 力を隠していないと、普通のふりをしていないと。普段自分に言い聞かせているそんな言葉は、どこかに消えてしまっていた。


 アリエスを無事に助け出すためには、万全を尽くすべきだ。それに、ルーセットを一人で危険にさらしたくもない。


 わたくしは体が小さくなって魔法も制限されているとはいえ、そんじょそこらの人間に後れを取りはしない。これだけの戦力は、そうそういない。


「いや、これは私たちの問題だからね。それに君にもしものことがあったら、アリエスが悲しむ」


「それをいうなら、あなたにもしものことがあったら、アリエスはもっとかなしむわよ!」


 わたくしたちがそんな押し問答をしていたそのとき、玄関の扉の向こうがやけに騒がしくなった。みんなのどよめく声と……馬の足音? なんだか嫌な予感がするわ。


 ルーセットが身をこわばらせ、わたくしを背後にかばう。そうしてそろそろと、玄関の扉を開けた。


 家の前には、明らかに貴族の家の使用人だと分かる身なりの男性が立っていた。たっぷりとしたマントを羽織っていて、体は半ば隠れている。その隣には、毛並みのいい馬。


 アリエスをさらっていった連中も、貴族に関係する者のようだった。でもこちらは、また様子が違っている。


 さっきわたくしたちに事情を説明してくれた町の人たちが、遠巻きにこちらを見ていた。みんな、そろって困惑した顔になっている。


 そうこうしている間にも、さらにたくさんの人たちが、何事かと集まってきている。そんな人たちの注目を集めながら、その男性は言い放った。


「ルーセット、我が主からの伝言を持ってきた」

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