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17.平和なひととき

「ほら、フィオ! 君の新しい服だよ!」


 よその畑の手伝いにいっていたルーセットが、夕方帰ってくるなり浮かれ気味にそう言った。両手で、真新しいワンピースを掲げて。


「おかえりなさい、お父様。祭りの服ですね!」


 そしてその服を見たアリエスもまた、ぱっと顔を輝かせた。


 祭りの服。最近は余裕が出てきたから、そういうものを買うことだってできる。だからって、そんな無駄遣いをしなくてもいいのにと、そう思ってしまう。二人のためのものならともかく、わたくしのためのものって、ねえ。


 みんなで一緒にイノシシを狩ってから、ルーセットは積極的に様々な依頼を受けるようになっていた。というか、わたくしたちも彼にくっついていって、稼げそうな依頼を強制的に受けさせていたのだ。


 おかげで、今までに比べてずっと暮らしは楽になっていた。すっかり傷んでいた二人の服を新調して、保存のきく食料や調味料なんかも増やして。


 紫の草を植えている畑を広げて、そこに秋まきの種を買ってまくこともできた。これで冬でも、新鮮な野菜を食べられる。


 そしてもちろん、これらの手柄は全部ルーセットとアリエスのものにしてある。わたくしはあくまでも、ごく普通の子どものふりをし続けていた。


 そのおかげで、町の人たちは「フィオちゃんが来てから、ルーセットがやっと本気になったねえ」とか「アリエスがさらに立派になったなあ」とか、そんなことばかり言っている。


 当の二人はちょっぴり居心地悪そうではあったけれど、二人ともあいまいな返事でごまかしていた。


 どうやら二人は律儀に、わたくしの言いつけを守ってくれているらしい。わたくしが手を貸していることは絶対に内緒にするように、という。


 ……まあ、わたくしも褒められることがあるにはあった。こないだもちょっと切れてるものを買い足しにいったら、「いいこだねえ、おつかい、えらいねえ」と言ってリンゴをもらってしまったのだ。


 とっても複雑な気分ではあったけれど、リンゴを甘く煮て食後のデザートにしたら二人とも喜んでくれたので、深く考えないことにした。


「……で、まつりのふくって、なに?」


 わたくしを置き去りにして、二人はまだはしゃいでいた。ちょっぴり仲間外れにされたような気分で、低くつぶやく。


「ああ、いけない。説明が遅れたね」


「このギルレムの町では、毎年秋にお祭りが開かれるんです」


「素朴だけれど、胸が温かくなる素敵なお祭りなんだ。小さなアリエスを抱っこして初めて祭りに参加したとき、はしゃいでしまってオリジェに苦笑されたものだよ」


 そうして、ルーセットは懐かしそうな顔になる。寂しそうに目を伏せたアリエスの肩を、そっと抱きながら。


 しかしわたくしは、ちょっと別のことが気になっていた。


 アリエスが小さなころに、初めて祭りに参加した。ということは、彼らは元々この町の人間ではなかったということかしら。意外だわ。二人とも、とってもこの町になじんでいるから。


 考えていたら、ルーセットがそっと服を手渡してきた。黄色にオレンジ色に茶色、温かみのある色で飾られたそのワンピースには、落ち葉や木の実を模した布の飾りがあちこちに縫いつけられている。とても可愛らしい。四歳の子どもにはよく似合うだろう。


「実は近所の人たちに、フィオの服を作ってもらえるようお願いしたんだ。もちろん、材料費と手間賃は払って」


「だったら、あたくちがつくったほうが、やすくついたわよ」


 木々から布を作るような高度で大掛かりな魔法は、まだ使えない。けれど布と糸と針さえ用意してもらえれば、服を作るなんてあっという間だ。こう、魔法でちょちょいと針を操って。


 そのことは、ルーセットとアリエスも知っている。だって、この二人の服をつくろってるの、わたくしだし。二人とも一応針仕事はできたものの、どうにもぎこちなかったのだ。一度つくろったところがまた裂けてくるなんてこともあったので、見かねて手を貸した。


「そうだね。でもどうせなら、君を驚かせてみたかったんだ」


「それに、これはぼくたちからきみへの、感謝のしるしでもあるんです」


 二人そろって、そんなことを言っている。しかも、きりりとしたいい笑顔で。こうしてると、男前親子よねえ。


「ええ、おどろいたけれど……かんしゃのしるしなんて、べつにいいのに」


 わたくしはこの家で暮らすようになってから、二人にあれこれと力を貸していた。


 しかしそれは、単に自分が身を隠しつつ快適に過ごすためだった。わたくしはあくまでも『ごく普通の親なし子』のふりをしなくてはならなかったけれど、かといって貧乏な生活は嫌だった。ただそれだけ。


「そう言わずに、私たちの思いを受け取ってほしいんだ。君が来てから、毎日がとても楽しくて、豊かになった」


「きみに出会えて、本当によかった。ぼくたち、きみのおかげで幸せなんです。こんなお礼しかできませんが……受け取ってもらえると、嬉しいです」


 とまどうわたくしに、二人はさらにそんなことを言いつのってきた。ちょっと目頭が熱くなってきたのをごまかすように、つんと顔をそらす。


「そ、そうね、そこまでいうならうけとってあげるわ。……その、ありがと」


 ぎこちなく礼を言ったら、二人はそれはもう嬉しそうに笑い合っていた。ほんとにもう、たったこれだけのことにそんなに喜べるなんて。お人よしなところは、相変わらずね。


 改めて、ワンピースに目を落とす。それはやっぱり、驚くほど小さくて、胸を打たれるほどに愛らしかった。




 そうして、祭りの当日。町の中央の広場に、着飾った人々が集まっていた。わたくしもあのワンピースを着て、同じような飾りのついた服を着たアリエスと広場をぶらぶらしていた。


 ルーセットは大人の男たちと一緒に、舞台の準備をしている。しばらくしたら、その舞台で色々と出し物が行われるらしい。


「よう、アリエス、フィオ。今日も一緒か。お前たち、仲いいな」


 と、幼い声が聞こえてきた。そちらを向くと、やはり同じように着飾ったジェスとメル、それにマーティが顔をそろえている。


 そんな彼らに、アリエスはちょっぴり恥じらった様子で答えた。


「あ、みんな。ぼくたちは同じ家で暮らしていますから、一緒に回るのは当然です。それに、フィオにはいっぱい説明したいことがあるんです」


「あたくち、このおまつりははじめてだから。アリエスにいろいろおしえてもらってるの」


「だったら、俺たちみんなで回ろうぜ!」


 ジェスがそう言いだし、メルとマーティが期待に満ちたまなざしでこちらを見てくる。


「……どうしますか、フィオ?」


「あたくちはかまわないわよ。おおぜいのほうが、たのしいかもね」


 アリエスが一緒に回りたがっているのを感じて、そう返す。すると彼は、ぱっと顔を輝かせた。


「それじゃあ、みんな一緒に行きましょう」


 とたん、きゃあと歓声を上げてメルが抱きついてきた。そのまま、みんなでふらふらと歩き出す。


 田舎の町の祭りというだけあって、こぢんまりして素朴なものだった。


 女性たちは持ち寄った食材で料理を作ってふるまい、男性たちは舞台の仕上げをしたり、追加の食材やら薪やらを運んできたり。


 そして子どもたちや手の空いた者は広場をぶらぶらして、料理に舌鼓を打ったり、何となく集まってお喋りをしたり、そんなふうに過ごしていた。


「これ、俺の母ちゃんの得意料理なんだ! 食べてみろよ!」


 ジェスが得意げな顔で、大鍋の隣のテーブルにわたくしたちを連れていく。そこにはジェスに似た面差しのがっちりした女性がいて、笑顔でわたくしたちを出迎えてくれた。


「おや、アリエスちゃんにフィオちゃんも連れてきてくれたんだね。ほら、おあがり」


 彼女はそう言うと、木の器にシチューを盛って差し出してくれた。


 どうやらジェスたち三人はもうこれを食べたようで、わくわくしながらわたくしとアリエスの反応をうかがっている。


 顔を寄せて、匂いをかいでみる。……確かにこれ、とってもいい匂いがするわ。それから慎重に一口食べて……。


「あら、おいしい……」


「おばさん、また腕を上げたんですね! すごいなあ……」


 思わずまじまじと器の中を見つめてしまうわたくしと、顔を輝かせるアリエス。そんなわたくしたちを見て、女性は大きく笑み崩れた。


 どうせ田舎町のシチューでしょと、なめてかかっていた。これ、かなりおいしいわ。


 高価な香辛料は使ってないし、たぶん食材もそのへんで手に入るものばかりだろうけど……まろやかで奥深い味のスープ、食べ応えがあるのにすっと噛み切れる具……どうやったら、こんなものが作れるのかしら。分からないわ。


 あっという間に食べ終えて、隣のアリエスを肘でこづく。


「アリエス、これのつくりかた、おそわってよ」


「ははっ、フィオちゃんはそんなに気に入ってくれたのかい? 嬉しいねえ。だったら今度、みんなでうちに遊びにおいでよ。そのときに、じっくり教えてあげるからさ」


 自分の母の料理が褒められたからか、ジェスはとても誇らしげだった。メルも微笑みながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。


 もう一杯くらい食べたくはあったけれど、他の人の分も残しておかなくてはならない。それに、他にもおいしそうな料理は山のようにあった。


 五人一緒に、あちこちの大机を回り、次々とつまみ食いしていく。こんがりと焼いた肉、さっぱりした野菜のピクルス、白身魚を蒸したもの。


 そのつどさりげなく作り方を聞いて、アリエスに覚えさせる。というかハーブの使い方なんかについては、わたくしもいい勉強をさせてもらった。あの高山の隠れ家に戻ったら、自分でも作ってみようかしら。


 お腹がいっぱいになってきたところで、マーティの母特製の果物飴をもらいにいった。こっちも、適度な甘さがいい感じ。この町って、料理上手が多いのかも。


 おいしいねと言いながらお喋りしていたら、広場中に楽しげな声が響き渡った。


「さあ、出し物が始まるぞ!」

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